第10話 謎解きとカエデの知識

 戦闘を警戒し硬直していたセルジウスが、ばっと顔を上げる。

「柱が折れるまでが制限時間! という事は、壁に書かれた古代文字が!……読めない!?」

 セルジウスは焦りに顔を歪ませながら周囲をぐるぐると見回し、何かをつぶやきながら拳を自分の額にコンコンとぶつけている。

「思い出せ、道中に何があった? ヒントがあるはず。……カエデさん! 身体強化で剣を支えて、時間を稼ぐことは可能でしょうか!?」


「勿論! エリムス・ラマンレゲント・グラール!」

 カエデの手足に、大地に由来する力強い魔力が満ちていき、大剣の動きを止めるように組み付いた。両腕に力を込め必死に押し返すと、柱へと広がるヒビが少しだけ遅れていく。


 その様子を見てから、セルジウスはメモや資料を並べ必死に思考している。

「これは古代文字じゃないのか? そもそも何故、文字として読めないんだ? 時代が違う? 字形の反?……いやどれも違う!」


 身体強化で支え、逃がしていた大剣の力がカエデの足元へと流れ、床がビシビシとひび割れていく。

「これ、多少は稼げそうだけど! 床が抜けちゃうかも!」


 その声にセルジウスが反応し、カエデの方に視線を向ける。同時に、並び立つ二本の柱像が目に入ったようだ。

「……知恵と勇気、何故、柱が像になっているんだ? 時間制限だけならもっと簡単な仕掛けがあるはずだ。」

 はっと顔を上げると二体の像に視線を向ける。正確には、像が見ている先に視線を向けていた。


「カエデさんもう少しだけ耐えて下さい!」

 そう言うとセルジウスは柱をよじ登っていき、巨像の目の位置から、その視線の先を辿った。


「やっぱり! 柱の陰になっている部分が正しい文章なんだ。"勇気、恐れ無く、孤独にも突き進む力"」

 その内容を確認すると柱から飛び降り、今度は小像の位置から文章を読み上げる。

「"勇気、慈しみ、並び立つ友を癒やす力"、勇気とは何かを問われているのか?」

 柱に抱きついた姿勢のまま、しばし考え続ける。


「……すみません! カエデさん、私にはどちらが正しいのかが、わかりません!」

 悔しそうにセルジウスが告げると、カエデが全身に力を入れながら質問について思考する。

――どっちが勇気か? う、うーん、どっちも勇気って感じがするけど……。えーい! 勇者としての直感は……


「"慈しみ、並び立つ友を癒やす力"が勇気だ!」

 ……カエデの叫びが、部屋に虚しく響き渡った。

 柱も、部屋も全く反応がなく、大剣の力が緩むこともなかった。ミシミシと音を立て沈んでいく床の感触がカエデの足に伝わってくる。


「あ、あれ? もしかして、間違えた?」

――なんだか猛烈に恥ずかしくなってきた。よく考えて。慈しみ、友、癒やす。……あれ? 感情、対象、効果。これって、詠唱魔法の構造に似てる?


 そう気がついたカエデは、支えていた大剣から手を離し、巨像に視線を合わせて両手を向け詠唱を始める。

 


 < Merc yor'in ignt eal noce. >

 魔力を込めて、癒やしの魔術を巨像に向けて注いでいく。

 すると少しずつ大剣を握る力が緩んでいき、その剣が地面に落ち、そして砕けた。


 パラパラとした剣の砕ける音が収まったころに、小像が、ゆっくりと剣を掲げ入口と反対方向の壁に振り下ろすように動く。

 まるで壁が切り裂かれたように、ゆっくりと左右に開き、奥へと続く未知が出来た。


「セルジウスくん! やった! 正解だよ!」

 カエデが一度ぴょんと跳ねて、手を挙げると、セルジウスがその手に合わせるように軽くはたく。パンという気持ちの良い音が広間に反響した。

「え、えぇ! カエデさん! やりましたね! ……でも喜び以上に、謎が増えました。」


 セルジウスが先程の付与魔法の威力上昇の時よりも、もっとじっとりとした視線をカエデに投げかける。

「カエデさん、今のって古代魔術ですよね! やっぱりあなた、何者なんですか!?」


「……ごめん、セルジウスくん。今は、それは言えないんだ。」


 その返答を聞くと、セルジウスが大きなため息をついて、2、3度大きく頭を掻いた。

「あー! わかりました。学者として非常に気になる所ですが、今は! 聞きません!」

 そして、「生きて帰れたら、いつか教えて下さいね。」と微笑みながら続けた。


「うん。……いつか、ね。」

――いつか、か。言えるのかな、私が勇者の一人だって事。


 小像により開かれた通路を進んでいくと、セルジウスが突然足を止めた。

「"知識は示された、眠りし勇気ありし者の右腕、勇気を示せ。"……カエデさん!」

 セルジウスが振り向きざま、声を弾ませる。その瞳には新たな発見への驚きと興味が宿っていた。

「ここは勇者の剣が眠る遺跡かもしれません!」


 一拍置いてから、興奮を抑えきれないよう声を張り上げたまま、セルジウスは言葉を続けていく。

「古代の婉曲表現で、右腕は剣を事を指すことが多いんです! つまりこれは勇者の剣が眠っている可能性を示していてですね!」


 カエデもその興奮にあてられたように、瞳を輝かせる。

「勇者の剣! 選ばれし物にしか抜けないようなアレね!」

「はぁ、そんな伝承があるんですか? ……あなたへの疑問が増えていきますね。」

 カエデは、その言葉を聞いて曖昧に微笑むことしか出来なかった。


 やはり勇者について知らなすぎることも問題が多いだろう、とシグルドへの不満を新たにしていた。同時に、彼が言っていた「最も危険と考えられること」という言葉を思い出す。

――先生……。勇者にまつわるなにか。あるかもしれないです。


「……つまり、重要度と、危険度が。高まったとも言えるのかな?」

 カエデの視線が刻まれた文字へ向かう。楽観的な彼女が不安げにしていることが気になったのだろう、セルジウスも真剣な表情にった。

「そうですね。"知識は示された、勇気を示せ"……か。この遺跡も終わりが近づいていると思います。」

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