第9話 警戒と奇妙な小部屋
壁には、入口から変わらずに光る模様が延々と刻み込まれている。時折古代の文字のような物が刻まれるようになっており、セルジウスは一つ一つをメモに取りながらぶつぶつとつぶやいでいる。
「"勇気"、"美徳"、"経験"、"力"……文章というよりは、何かの祈りや呪いの装飾だろうか?」
「セルジウスくん、足元にも注意してね。気をつけてるけど罠の見落としとかあるかもしれないから。」
カエデが前を歩きながら、足元を慎重に確認していると、通路の奥から次第に空気が冷たくなっていくのを感じた。
「なんだか、雰囲気が変わってきたね。」
カエデが小声で呟くと、後ろでメモを取っていたセルジウスも顔を上げ、通路の先を見つめた。
「確かに。……慎重に進みましょう。」
「通路が広がってきた。何かあるかも。」
カエデの言葉の通り、通路の先には小さな広間が広がっており、中央には一対の柱が立っており、その中腹が立体で彫り込まれた像となっている。
ひとつは全身鎧をまとった巨大な人物像、もうひとつはそれと対峙するように剣を構えた小柄な像だった。
カエデはそれを見ると興奮した様子で何度もセルジウスと像を交互に見る。
「おお! これぞ、まさに発見! って感じじゃない!?」
セルジウスが冷静さを保つように大きく深呼吸すると、真剣な眼差しでカエデを見つめる。
「カエデさん、ここは危険です。見た目からして中は罠の宝庫、下手に動かないように……。」
セルジウスが注意を促すが、その言葉の裏に彼自身の興奮も感じられる。広間を前に、学者としての探究心が抑えきれないのだろう。セルジウスは冷静を装いながら、深呼吸をひとつしてカエデに向き直った。
「罠が発動した場合、出入り口が閉ざされる可能性が高いです。」
セルジウスは慎重に部屋の中央を見据えながら、カバンから魔物の死体を取り出し、部屋の中に投げ込んだ。しばらく待っても反応はなかった。
「死体の侵入では、反応しない、か。……カエデさん、ここに残ってください。人間の侵入で反応する装置かもしれません。」
カエデは一瞬、何を言われたのかわからないといった様子で、何度か瞬きを繰り返す。
「え? それなら私が入ったほうが良いんじゃない? 戦闘の技術もあるし。」
その言葉に大きく首を振り、どう説明するかを考えるように目を閉じる。
「この像は"勇気"と"知識"を試すための象徴かもしれません。二人で入らなければ罠が起動しない、そんな仕組みが隠されているのかも。」
「うーん? つまりどういう事?」
「もし作動しない場合、先に部屋の内部を調べたいと考えています。」
カエデが考え込むように振り子のように何度も首をかしげる。
釈然としていないままなのか、不満げに口を歪めながら返事をした。
「……もし、罠が作動したら私も突入するからね。」
その言葉に、セルジウスが曖昧に微笑んだ。
「そのまま、一人でも生還してほしい所ですが。納得はしてくれなさそうですね。わかりました。」
そう返事をして、セルジウスが部屋の前に立ち、もう一度大きく深呼吸をした。
彼の額にはうっすらと汗が浮かび、慎重に左手の指先から部屋に入れていく。
セルジウスは慎重に部屋へと足を踏み入れた。一瞬、息を飲んだが、罠が作動する気配はなかった。
彼は一度振り返ると、カエデに向けて声を掛ける。
「まだ、罠が発動する可能性はあります。調べてみるので、少し待っていて下さい。」
セルジウスは慎重に部屋を調べ、壁に刻まれた古代文字へと目を通す。数分後、ようやく通路に戻り、カエデに向かって呟く。
「……装置が作動しないと、調べることが出来ないようになっていました。」
彼の説明を要約すると、やはり、二人で入らなければ装置は作動しないようで、壁には判別できない古代文字が刻まれていたそうだ。
装置の起動に伴って浮かび上がる仕掛けだと考えられるが、起動時に何が起きるかまではわからない。
「謎解きか、戦闘か。像が動き出す。とかだったら私に任せてね!」
「それだけなわけが!……いや、それが一番楽かもしれませんね。私にとっては。」
「ちょっと、セルジウスくん?」
「冗談ですよ。さぁ、部屋に入りましょう。」
意図的な軽口だったのだろう、先程よりも緊張しているように、カバンを握る力が強くなっていた。
カエデもそれに気がついたのだろう。腰に下げられた剣を強く握った。
「うん。……じゃあ、入るよ。」
二人が部屋に踏み込むと、沈黙していた二体の柱像が、動き始める。
像の関節が軋み、何百年も動かなかった事を示すような鈍い音を立てて動き出し、同時に、壁面に刻まれていた古代文字がはっきりと光り始める。
その瞬間、カエデは一瞬息を呑み、剣を握りしめた。巨大な像がバキバキと音を立てながら、片腕で大剣を振り上げていく。
「やっぱり、そういう展開ね!」
カエデが即座に抜刀し、戦闘態勢を取る。しかし、像はカエデたちを無視するかのように相対したままだった。
一瞬の沈黙の後、その大剣が小柄な像に向かって振り下ろされた。小像が持つ剣に激しくぶつかり石柱が軋む音が響く。
「同士討ち? 敵じゃないってこと?」
カエデは少しだけ拍子抜けといった表情をして、周囲の様子を伺う。まだ何か隠された罠などがないか警戒しているようだ。
少しの間が空き、小像が彫り込まれた柱に小さなヒビが入っていく。
恐ろしいことに気がついたという様子で、ギリギリとぎこちなくセルジウスの方に顔を向ける。
「ねえ。これってもしかして、柱が折れたら生き埋めって感じ?」
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