第7話 試練と戦いの始まり

「行き止まり?」

 カエデがそう言うと、通路よりも空間が広がったためだろうか。声がじんわりと反響した。

 セルジウスは壁や天井、かすかに壁面を破り生えている草などを次々と見回している。


「そうですね。少し調べてみましょう。罠で全滅するわけにはいきません、カエデさんは助けを呼べるように通路の近くへ。」

 そう言って、奥の壁面へと進むと手早く罠の確認を行い、慎重に壁面に触れていく。


 カエデは彼の言葉に頷きつつも、少し不満げだった。自分が助けを呼ぶ役目となることに、冒険者としてのプライドが少しだけ傷ついたようだ。

 けれど、彼が慎重に調査を進める様子を見て、何も言わずに通路のほうへ足を向けた。

――けど、行き止まりに見えるところって、ゲームとかなら大抵仕掛けがあるものだよね。


 そう思いながら、カエデは視線を周囲に走らせる。通路を進む途中、壁面の模様がかすかに光を放ち、目の端に引っかかった。

「あれ?」


 カエデが立ち止まり、模様をじっと見つめた。それは、単なる装飾のようにも見えるが、よく見ると他の模様と異なり、ほんの少しだけ色が濃くなっている部分があった。

――うーん。この模様、以前に習ったような……授業のメモに何かヒントがあったかも。


 そう思ったカエデはメモを見るために、本当にごく自然に、無意識に書記魔法を開いた。それが魔法であるという事を忘れているように。

「カリムベントール。」


 その瞬間、遺跡全体に強い揺れが広がり、地鳴りのような音とともに、壁全体がゆっくりと動き始めた。岩が擦れる音が空間に響き渡り、まるで遺跡そのものが目を覚ましたかのようだった。

 入口を塞ぐように大きな岩の扉がせり上がり、同時にカエデの眼の前の壁が扉のように開いた。

「や、やばっ! 私、なにかしちゃった!?」


 揺れが収まってきた頃に、驚いたセルジウスがカエデの方に駆け寄ってくる。

「ちょっと! 何をしてるんですか! あ、ああぁ! 出口が……。」


 愕然とうなだれたあとに、ばっと顔を上げるとカエデを睨む。

「魔法の行使に反応する罠もあるんです! 不用意な事は避けようと言ったじゃないですか!」


 カエデはセルジウスの怒りに少し怯み、謝りつつも書記魔法のページを捲っていく。

「ご、ごめんなさい! 書記魔法って、なんというか魔法って感じがしなくて。それに、気になることもあって……」

 迷宮の罠や模様、仕掛けなどのページを開く、先ほど見ていた模様と一致するものは見当たらなかったが、魔法の使用に反応する罠と似ていることがわかった。

 そして、そのメモの近くにまとめていた迷宮の分類を流し見ていると、今の状況を示すような内容に目が留まった。

 "隠し通路の開放と出入り口の閉鎖が連動した。試練と呼ばれる迷宮もある。"


「ちょっと予定とは違うけど、これが正解、だったのかも。」

 カエデは「試練」について授業で習った内容をセルジウスに告げながら、新たに開いた通路に刻まれた文字を指差す。

 セルジウスはまだ納得がいかないように少し眉を吊り上げながら、文字を読み上げていく。

「"勇気と知識は示された、試練と願いを託す"……なるほど、怪我の功名と言ったところでしょうか。」

 セルジウスは「勇気と知識……この遺跡は魔法を使う者を試練の対象として選ぶ仕組みなのかもしれないな。」などと独り言を続けている。


「でしょ? ときには大胆さも必要なのよ。」

「結果的に! ですよ。慎重さが大事なことに変わりはありません。反省して下さいね!」

「……はーい。」


 重くなった空気を振り払うように、セルジウスが一度咳払いをした。

「ともかく、先に進んでみるしかないようです。」


 そのまま、新たな道を警戒しつつ進んでいくと、壁に壁画が刻まれた小部屋に突き当たった。

 小部屋の右側には、そのまま奥へと続くだろう道がある。


 数多の魔物や人間。そして中心には全身鎧を身にまとった人物が、人々の数倍の大きさで描かれている。取り囲む人々は、彼を敬うように、または恐れているようにも見えるような、祈りを捧げるポーズで記されていた。

「うーん。文字は入口にあったものと同じですね。"勇気ありし者とその欠片、ここに眠る"。」

「壁画に描かれている巨大な人物が、"勇気ありし者"なのかな。」

「そう考えるのが自然に思えますね。……畏敬の念の表現として大げさに記されたものなのか、はたまた絵の通り巨大だったのか。」


 刻まれた壁画と文字について意見を交わしていると、ふっと、ほんのわずかに風の流れが変わり、カエデは反射的に剣を抜いた。

 その直後、ガシャガシャという金属のような音が奥の道からかすかに聞こえてくる。

「……セルジウスくん、私の後ろに下がって。敵が来るよ。」

 セルジウスが無言で頷き、カバンから短剣を取り出しながらカエデの一歩後ろに移動する。


 おぼろげに響いていた金属音が、確かな足音となって小部屋に反響する。その音が、地面の揺れが、迫りくる敵が一体や二体ではない事を彼らに知らせていた。

――足音のリズムから多分、ひと形、ゴブリン? スケルトン? ……落ち着け、付与魔法はまだ。相手の種類が分かるまで。もう少し、もう少し。


 カエデが足音の距離から概算した到達時間を指で示しセルジウスに伝える。

――3……2……1……!


「来るよ!」

 カエデの声と同時に、部屋にはスケルトンがなだれ込んでくる。鎧の胸当てのようなものをまとい、その手には小さな斧、トマホークやハチェットのような手斧を持っている。

 数は合計7、8体。

 カエデが敵の種類と数を確認すると、今までも何度も繰り返して憶えたシグルドの授業を回想する。

 "スケルトンやゾンビのようなアンデッドには、炎の属性が有効だ。"

「フリムスブリデント・ファール!」

 即座にカエデの剣からは、周囲を焦がすような熱が広がっていく。


 "敵が人の形をしているならば、初代王の剣……中央騎士流の剣術が最も効果的であろう"

 剣を両手で握り、正中線からまっすぐブレないよう、正面に向けて中段で構える。

 構えを終えた時点でも、まだ十分に敵との距離は確保できていた。日々の鍛錬の成果か、迅速な、そして的確な準備だった。


 そうして、戦いが始まった。

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