第6話 魔獣車とフィオリーナの新遺跡
待機列の先には、鋼鉄の車体に大きな魔獣が繋がれた魔獣車が、静かに息を吐きながら待機している。その背は鎧のような鱗で覆われ、出発を待つように足踏みをするたび、地面がかすかに揺れている。
魔獣者の様子を見ながら列に並んでいると、魔獣車の護衛である冒険者の男・ウィリアムがカエデたちに近寄ってくる。雑務も兼ねているのか料金の徴収のためであった。
ウィリアムはカレントラで働く中堅の冒険者で、仕事を選ばずきっちりこなす真面目な男である。カエデとも何度か冒険をともにしたことがあった。
元々大柄な体格で軽装鎧の上から、さらに御者風のお仕着せを羽織っているためか、どうにも窮屈そうな風貌となっている。
「ウィリアムさん、今日は護衛の仕事なんだ。」
「おぉ、カエデ。今日もフィオリーナ迷宮に用事か。」
「まあそんな感じ。今日は学者さんの護衛なんだ。こちら、依頼主のセルジウスくん。」
ウィリアムがセルジウスを見つめると、にっと口角を上げる。
「セルジウスさん、カエデは間抜けな所もあるが仕事は確かだ、うまく手綱を握ってやってくれ」
カエデはウィリアムの冗談に反応し、むっとした表情を見せる。
「間抜けって何ですか! 私、ちゃんとやってるからね!」
彼は大きく笑いながら肩をすくめる。
「そう怒るな。お前の腕は信頼してるさ。ま、念のために気を抜くなよ。」
セルジウスが2人分の料金を支払いながら「ええっと……頑張ります。」と困惑した様子で苦笑すると、ウィリアムは大きく笑い声を上げた。
「はは! よし、料金は確認できた。 研究も、冒険も楽しく安全にな。」
そういって軽く手を降ると、後ろに並んでいる別の旅客の元に足を進めていく。彼を見送ると二人は魔獣車に乗り込む。車内は少し薄暗く、座り心地が良いとは言えないが、地べたよりは随分ましといった程度の椅子が何列か備え付けられており、そこに座った。
しばらくして御者が出発を知らせると、魔獣車がゆるやかに出発し始める。
魔獣の一歩一歩に合わせるよう揺れていた車体も、街道にで少しずつ速度を上げていくと、ゆったりとした揺れに収まっていく。
「何度乗っても不思議な感じだなぁ。早いのに快適なんだもん。」
「そうですね。以前、中央地域、レクステリアの王都に訪れた際、馬車に乗りましたが、随分と苦労しました。」
「へぇ、王都ではまだ馬車が動いてるんだね。なんでだろう」
「あぁ、それはですね……」
セルジウスの説明を要約すると、東方と違い使役に適した魔獣があまり生息していないこと、王都ではすでに馬車が普及しており、街道などの調整が難しかった事など。
「まぁ、そういった理由で普及が遅れているようです。」
「なるほどねぇ。」
そして、間に何度か駅での休憩を挟みつつ、2日ほどで迷宮の前哨地・フィオリーナの街に到着した。フィオリーナは迷宮探索を目的とした冒険者で賑わっており、宿屋や武具店が立ち並ぶ街並みには、カレントラとは違いどこか荒々しい活気が満ちていた。
「では、今日は宿で休憩をとって、明日から遺跡に向かいましょう。」
翌日、迷宮に向かう冒険者たちと同じように、カエデたちは出発した。周囲の冒険者たちも慣れた様子で、緊張感の中にもどこか穏やかさがあった。
「カエデさん、目的の遺跡はこの小道の先です。」
カエデはそれに一つ頷き、セルジウスのあとを追いかける。街道からそれ、獣道とも呼べないような森をかき分けるように進んでいく。
そのまましばらく草木に覆われた道を進み続けていると、突然空気が冷たく張り詰め、周囲の音が消えたように感じられた。
目的の遺跡、冒険者が多く立ち入るフィオリーナ迷宮から1~2km程度離れた森の中。まるで隠されているかのように、それはあった。
石造りの入口は時間の経過からかところどころが風化し薄汚れていたが、今まで発見されていないのが奇妙に思えるほど不思議な存在感があった。
そして、その入口にはカエデでは読めない、古代の文字が刻まれていた。
「入口の文字が変わっている。」
セルジウスがカバンから取り出したメモと見比べると誰に言うともなく、そう呟いた。
「以前は"勇気ありし者とその欠片、ここに眠る"とだけ記されていたのですが……」
彼が入口に描かれた文字を睨むように解読しながら口に出してく、考えもそのまま口に出てしまっているのか、独り言のようにも聞こえる。
「"勇気と知識を持つ者たち"、"勇気の目覚め"、"超えよ"、警告? それとも何かの助言だろうか。」
「うーん、それって危ないのかな?」
カエデに声をかけられ、ハッとしたように表情を正す。
「わかりません、文字の変化も、中で何が起こるのかも。」
彼はこの変化が危険なものであるかどうかを見極めるように目を閉じて何かを考えている。それを見て、カエデはあっけらかんとした態度で言い放った。
「でも、入ってみないと何もわからないよ。」
彼は驚いたように目を見開いたあとに、眉間にシワを寄せる。カエデの発言にも一理あると納得したのだろう、表情のこわばりは取れていないが、何度か自問自答するように小さく頷いている。
「そうですね。……できる限り、遺跡の中のものには触れず、不用意な行動は避けるようにしましょう。」
カエデはセルジウスの目をじっと見つめて一つ大きく頷くと、遺跡に足を踏み入れた。
――毒が溜まりやすい地形でもないし、罠の仕掛けられているような構造でもないね。
カエデはシグルドとの授業を思い出しながら、慎重に進んでいく。
地下水が流れ込んでいるのか、かすかに水の滴るような音が聞こえ、遺跡の中は少しの湿気とカビのような臭いが漂っていた。
壁面に彫り込まれている模様が、カエデの移動に合わせて薄っすらと光を放ち、迷宮を照らしている。
「これ、私たちの近くだけ光ってるね。たぶん魔力に反応してるんだ。」
「あまり見たことがない仕掛けです。……この模様は、やはり1000年前の時代のものに近いな。なにかの儀式のための施設? 墳墓のようなものだろうか。 もしくは……」
セルジウスはぶつぶつと考えをつぶやきながら歩みを進めていく。
慎重に、少しずつ奥へと進んでいくと、少し手狭な小さなホールへとたどり着いた。
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