第5話 準備と新たな冒険の始まり
「勿論、受けるよ! そのために鍛え直してきたんだから!」
カエデが力強く頷きながら返事をすると、セルジウスはぱっと表情を明るくした。
「ありがとうございます!では、準備と打ち合わせのためにそこの屋台の椅子をお借りしましょう。」
彼はちょうどいい店を見つけると、カエデを椅子に案内して料理を注文しに行った。
「フィリップさん、そこの豚の串焼きとパンを2つずつ。それと、ハーブ水も2つお願いします。」
「おー、セルジウス、なんだ女の子なんか連れて。デートならもっと華やかなとこに行けよ!」
フィリップと呼ばれた店主のおじさんは、顔なじみなのか、セルジウスに気安い態度で接客している。
注文された料理を、木皿とカップに盛り付けると「仕事じゃねえんだからこんな堅苦しい所じゃなくてさ」といいながら料理を渡した。
「仕事なんです! あんまり変なことばかり言ってると客が減りますよ!」
セルジウスがカエデに近づくと申し訳無さそうに眉を下げる。
「すみません、変な話を聞かせてしまって。フィリップさん腕は良いんですが少々下品なんです。」
彼が広場の簡素なテーブルに料理を並べる後ろで、フィリップの「誰が下品だ! 聞こえてるぞ!」という声が聞こえてくる。
「あはは、セルジウスくんのせいじゃないでしょ。それよりこの料理とっても美味しそうだね!」
豚の串焼きの表面は高温の炭火で焼き上げられたのか、パリッとした焦げ目がついており、突き刺された串の間からはしっとりと脂がしたたり落ちていた。
――あっちの中世ぐらいにも見える世界だけど、嬉しいことに料理が美味しいんだよね。
カエデは以前、シグルドにこの疑問を質問したことがあった。元の世界史における中世は、汚く、暗く、危険だったと聞いていた。貴族階級も例外ではなく、平民など語るべくもなく、それはそれは質素だった、と。
シグルド曰く、数百年前まではこの世界でもそうだったが、グリモワールの普及ですべてが変わったらしい。
――清潔で美味しい! 私的にはそれだけでもうグリモワール最高って感じだよ。……先生は好きじゃ無さそうだけど。
食事をしながら、セルジウスが簡単な資料や依頼に関するメモなどを広げていく。
「では、改めてになりますが、まずは依頼や報酬の詳細についてお話しましょう。」
彼が資料を広げながら話し始めると、カエデは素直に頷いた。
「今回の報酬ですが、まず、冒険者ギルドから依頼する基本の報酬が金貨3枚。必要な経費はすべてこちらで負担する形です。」
――金貨三枚、私程度の冒険者なら半年ほどは休業しても暮らしていけるぐらいの大金だ。でも、危険なダンジョンの護衛だと特別高いというわけでもないんだよね。
「ふーん、金貨3枚かぁ。基本ってことは上乗せがあるの?」
「はい、発掘品の売値。その四分の一を報酬として商業ギルド経由でお支払いします。……研究後の売出しとなるため、直ぐに、とはいきませんが。」
カエデは串焼きにかぶりつきながら、資料の中の報酬について書かれた木札を眺める。
「ふーん。まあ、私にとっては報酬よりも、この迷宮でどんな経験ができるかのほうが重要かも。」
「カエデさんは報酬に執着しない方だと聞いていましたが……失礼ながらそれで生きて行けるんですか?」
セルジウスが訝しむような視線を向けながらそう言うと、カエデは率直な言葉に苦笑いしながら小声で「今回は、個人的な目的もあるからね。」と呟く。
「……それより、商人なら忠告なんてしないで"いいカモだ"ってむしり取るぐらいじゃないとダメなんじゃない?」
冒険者に商人の心得を説かれると思っていなかったのか、セルジウスは口を何度か開け締めする。
「……おっしゃるとおりですね。私も商人としては未熟なのかもしれません。」
カエデは冗談めかして笑いながらも、彼の困惑した様子に少し得意げな表情を浮かべる。
「まあまあ、難しいことは全部セルジウスくんに任せるから! 私はモンスター相手に頑張るよ!」
「……それは困ります。」と、セルジウスが軽く肩をすくめたところで、二人は笑い合った。
そうして、二人は出発の予定日など細々とした部分を話し合い、食事が終わる頃には提出書類となる木札が完成した。
「じゃあ、報酬についてはこれで決まりでいいかな? 未踏破の遺跡って初めて、ちょっと怖いけど楽しみだなぁ。」
セルジウスは一層笑みを深めながら、ハキハキとした声になる。
「楽しいですよ! 新遺跡、新ダンジョンは商人としては!……こ、考古学者としても宝の山ですから!」
カエデは最終確認として提出書類に目を通しながら、セルジウスに確認する。
「なんだかワクワクしてきたなぁ! 出発は5日後だよね?」
「はい! 慎重さは必要ですので、そのまま本格的な探索に入れるかはわかりませんが。」
「了解! でも、迷宮の探検ってだけでワクワクするよね!」
セルジウスも期待に胸を膨らませたような表情でうなずいたあと、表情を引き締めた。
「ただ、新迷宮には危険も多いですから。指示には従って下さいね。」
そして、消耗品や薬品の購入や準備、日々の鍛錬などをこなしていると、あっという間に出発の日となった。
早朝、カエデは魔獣車の待合所を兼ねる広場へと一足先に到着していた。朝早くの住んだ空気が広がっており、昼過ぎの騒々しい街の雰囲気とは違い、まだ眠っているような爽やかな静けさに包まれている。
待合所の片隅では、魔獣車の御者たちが巨大な魔獣の背を撫でながら静かに声をかけている。その低い唸り声が、広場にかすかな振動を与えていた。
迷宮に向かう冒険者や買付に向かう商人たちだろうか。魔獣車を待ち広場に集まっている人々もどこか気だるげな様子である。
そんな中、カエデは持ち物などを軽く広げ"指差し確認"をしていた。
「剣よし! ポーションよし! ……カリムベントール! < Cal im bent owle. >! 魔法よし!」
「……カエデさんの旅支度って、もしかして毎回そんな感じなんですか?」
呆れたように声をかけてきたセルジウスは、大きなリュックを背負い、手には小さな荷物を持って広場に現れた。
「あ、あはは。普段の仕事ではここまではしないよ?」
セルジウスが荷物を整えながら、魔獣車の準備が進んでいくのを眺めていると、御者のひとりが声を張り上げた。
「フィオリーナへの乗り合い車は10分後に出発! 10分後出発だ! 南方の迷宮に行く人は準備をして並んでくれ!」
その声を聞き、二人で顔を見合わせてから荷物をまとめて動き始める。
「準備は大丈夫ですね。それでは、行きましょう。」
「うん、冒険に出発だ!」
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