第4話 帰宅、そして僅かな日常
「それで、セルジウスとの会談はいつの予定だ?」
「えーっと、10日後にカレントラのギルドで落ち合う話になってます。」
カエデが地図と書記魔法を開き、気もそぞろな様子で適当に返事をすると、途端にシグルドが慌てた様子で少し声を荒げた。
「カエデ、何を悠長にしている? それでは間に合わないだろう!」
カエデも身に覚えのない事で怒られたような心地になり、むっとした表情で言い返す。
「そこまで考えなしじゃありません! カレントラまでなら、こーんな辺鄙な場所からでも8日ほどで着きますよ!」
「……馬車を利用すると15日、荷物を捨てた徒歩での強行でも10日はかかると思うが?」
カエデは彼の言葉に虚を突かれたのか、怒りが霧散したぽかんとした顔を向けた。
「え? 先生、もしかして魔獣車を知らない、とか?」
彼はその言葉に眉間のシワを深めていく。
「魔獣車? 聞いたことがない、新種の魔物の類か?」
カエデはあまりの衝撃に、思わず手に持っていた地図を取り落としそうになりながら、彼を凝視した。
そして、吹き出しそうになるのを堪えるように、肩を震わせながら説明を始めた。
「ち、違いますって! 魔獣車っていうのは、商業ギルドが運営してる交通機関です! 魔獣に車を引かせて走るんです。速くて便利で、安全なんですよ!」
彼はしばし沈黙したあと、呟くように言葉を紡いだ。
「つまり、魔獣を使役して馬車代わりにしている、というわけか。」
「そうです! ここからギルド支部まで歩けば、あとは魔獣車で一気にカレントラまで行けるんです!」
彼はどこか納得がいかないような顔で、視線を少し外した。
「……なるほど。そういう時代になったか。」
そういいながらも魔獣を使役する事の危険性や車体の設計や構造について考えているようで何かをブツブツとつぶやき続けている。
「師匠、まさか馬車にも乗ったことないとか言いませんよね?」
「ないな。」
カエデはそのあっけらかんとした返答に、思わず額に手を当てた。
「はあ。まぁ、今度一緒に乗ってみましょう。驚きますよ、きっと!」
「必要なら乗るが……乗り物は性に合わない。」
そっけない返事を聞き、これはその気がないな、と少し呆れる。そのまま、呆れついでに少しだけ文句を続けた。
「なんか先生って、変な所で世間知らずっていうか、抜けてるとこありますよねー。」
そういった指摘をされる経験は少なかったのか、驚きの表情のあとに、少しだけ悔しげな表情となり何かを考え始める。
少し時間が開くと考えがまとまったのか、自信に満ちた表情となっていき、そして堂々と言い返してきた。
「知る必要がないから、知らないのだ。現に私ならばは走ったほうが早い。」
カエデは、そんな事が出来る人は先生ぐらいだとか、いろいろと突っ込みたい気持ちを飲み込んで、肩を落とす。
「……そうですか。」
カエデがシグルドの居処を出発して、カレントラに到着したのはセルジウスとの合流を約束した数日前といったところだった。
カレントラの石畳を踏みしめるたび、小さな市場から漂う香辛料の香りが鼻をくすぐった。冒険者たちの笑い声と、商人たちの掛け声が重なり、街は活気に満ちていた。
――家で夜ご飯を作る元気はなさそう……かな?
そう考えると、ギルド前の広場で呼び込みをしている屋台に立ち寄り、顔なじみの店主と少しだけ世間話をしながら、サンドイッチのような軽食を2,3個見繕う。
「カエデ、しばらく見ないと思っていたが、またどこかの迷宮に行ってたのか?」
「ううん。今回は先生……師匠のところに少しだけ顔を出してきてたんだ。おじさん、これとこれ……あとこのパンも1つ頂戴。」
「はいよ。カエデの師匠ね。今度、カレントラに来るときはウチに連れて来な。サービスするよ。」
自室に帰り、荷物を下ろすと文字通り肩の荷が降りたといった様子で軽く伸びをすると、くぅとお腹がなった。
空腹感とずっしりした疲労感が広がっていく事に気がつく。冒険者とは言え長旅のあとは疲れるものである。
帰りがけに屋台で買っておいた軽食をつまむと、少し冷めたパンの香ばしさが疲れた身体に心地よく染み渡った。ざっと身を清めると、疲れた身体を布団に沈めた。
柔らかさが身体を包み込み、意識が溶けていく。
……そして、数日が経ち、セルジウスと依頼の相談を行う日の朝、待ち合わせの時間である昼過ぎに合わせて、商業ギルド前の広場に向かう。
商業ギルド前の広場は、静かで落ち着いた雰囲気が漂っていた。冒険者ギルドのような怒号や賑やかな笑い声は聞こえず、屋台の主人たちが暇そうに腕を組んでいる。
――普段は冒険者ギルドのあたりにしか行かないから知らなかったけど、かなり雰囲気が違うんだ。
カエデは閑散としている広場をぐるりと見渡すと、セルジウスがギルドの扉に立っているのを見つけた。
彼もカエデのことを見つけたらしく、にこやかな笑顔になり、すぐに駆け寄ってくる。
「カエデさん! お久しぶりです!」
「おはよう、セルジウスくん。……私、商業ギルドには立ち寄ったことがなかったんだけど、なんだか静かなんだね。」
カエデは周囲の様子を伺うようにあちこちに視線を伸ばすと、不思議そうに首を傾げてセルジウスに視線を戻した。
彼も周囲を見回し、記憶の中の冒険者ギルドの様子と比べているようだった。
「ああ、そうですね。冒険者ギルドと違い、商業ギルドには日参するような用事もないですから。」
カエデはそれがどう広場の静かさに繋がるのかわかっていないような表情をしており、それを見たセルジウスは「人が集まりにくい場所では商売もしにくいんです。」と続ける。
「あー。確かに冒険者ギルドでは受注と報告で、毎日人がいっぱいだもんね。」
なるほどなるほど、とカエデが何度も頷いていると、セルジウスが本題を切り出すために表情を切り替える。
「それで、早速なんですが……依頼の方は引き受けていただけるのでしょうか。」
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