第12話
まあ、上手くいかないなんてことは最初からわかっていたけれど。
「ねえ聞いた? エメ様が図書館でエレオノール様に媚びてたって! もうエレオノール様に縋るしかなくなっちゃったんじゃない?」
私が今日のお昼をいつもの第五展望台でこそこそ食べていた時、そんな声が下から聞こえてきた。
起こしても全然起きてくれなった本を仕方なく部屋に置いてきたので、今日は本当に一人ぼっちだった。いい加減授業をサボり過ぎて先生から落第の通告を受けそうになっていて、今日は渋々授業に出なければならなかったのだ。最近はずっと本が隣にいてうるさかったから、本当に一人で学園に来て一日を過ごすのは久しぶりだった。
こっそり覗き込んでみると、いつもは人が来ないはずの第五展望台の下の階に別クラスの生徒たちが二人で喋っている。
私が知らないということは子爵か男爵か。そんな彼女たちは、それは楽しそうな顔で私の悪口を叩いていた。
「エレオノール様だって、そんなことされても今更って感じよね?」
「私だったら絶対そう思ってるわ」
嘲笑うような声に、私はうんざりとした気持ちでサンドイッチを口に運んだ。
本人、上にいるんですけど。なんて言う勇気などないし、ムカつくものはとてもムカつく。けれど前よりも癇癪らしいものが湧いてこないのは……あの教師に貰った、小さなお菓子があるからだろうか。
今更だとか偽善だとか、言いたいだけ言うがいいわ。少なくとも私はあなた達がくだらない事言い合ってる間に、他人からの感謝を受け取ってるんだから。エレオノールがどう思っていようと関係ないしね。
ふん、と鼻を鳴らしながら水筒の紅茶を飲んだところで、「ああそれにね、」といっそう楽しげな声が飛んでくる。
「アルベール様が言ってたらしいわよ、エメ様なんて庶民になれば良いって!」
ごくん、と飲み込んだ紅茶が変なところに入って咽せる。
──アルベール様が? 私が、庶民になれば良いって?
咳き込んだ声が聞こえたのか、二人の声は急に途絶えてバタバタと足音が遠ざかっていった。私食べかけのサンドイッチを持ったまま呆然とすることしかできない。
──いいえ、わかってたじゃない、最初から。私は本当ならアルベール様に婚約破棄をされて、爵位すら剥奪されて、野垂れ死ぬために国外追放される運命なのよ。
そう自分に言い聞かせてみたけれど、どこか足元がふわふわしたまま感覚が戻らない。ぼんやりとしながら教室へ戻る廊下を歩く。冷たい視線が刺さる気がしたけれど、今は到底それどころじゃない。
教室には同じクラスのアルベール様も当然いて、私が扉を開けたのと同時にこちらに振り向いた。
……向けられたのは、半年前と変わらず冷たい目。アルベール様だけじゃない、教室の誰もが私に同じような目を向けている。
そうよね、と自嘲した。私が今更ちょっとくらい人に優しくしたって、何も変わらないに決まってるわ。
頑張って教室まで来たのに、急になにもかもどうでも良くなってしまった。ドアの内側に踏み入れていた足を止めて、ゆっくりと振り向いて反対方向に歩き始める。
落第でもどうでも良い。とにかく今はどこかで一人にならないとどうにかなってしまいそうだった。
授業で静まり返った学園。行く当てもなくふらふらと歩いていると、いつのまにか裏庭まで来ていた。たしかここは教員達の部屋に近い。
今度こそサボりが見つかったらただじゃ済まないかもしれないわね、なんてぼんやり考えながら裏庭を歩いていく。
「……先生、本当にあの子にあのお菓子あげたんですか?」
「ええ、まあ……まさか受け取るとは思いませんでしたが」
そんな二人の大人の会話が聞こえて、はたと足を止めた。片方は私がお菓子をもらった先生の声だ。
嫌な予感はしていたのだ。その時点で耳でも塞げばよかったのに。
「あの子の様子はそろそろ目に余りますから。はたき落としてでもくれれば、それを理由に評価も下げられると思ったんですがねえ」
なんでもないことのように言われた台詞。
あーあ、と思ったきりだった。ため息すら出てこなかった。心の中は空っぽで、怒りも苛立ちも湧いてこない。
ただひたすらに虚しくて、もう授業も何もかもどうでも良くなって、私はとぼとぼと校門へ向かっていった。
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