第9話※本視点
嬢ちゃんが眠ったのを確認して、俺はそっと浮き上がった。すやすやと寝息を立てる様子を、ベッドの上からじっと見つめる。
普段からは想像もつかないくらい健やかな寝顔だ。いつもこのくらいおとなしけりゃ年相応の可愛げもあるだろうに、なんてつい余計なことを考えてしまった。
嬢ちゃんに言ったらまたすごい剣幕で怒られるんだろうな。
「……」
はーあ、とため息を吐きながら、へろへろとベッドに着地をした。
主人公に転生した少女のことなんて、いいように利用できればそれでいいと思っていた。それがあまりにも不器用なものだから、俺自身と重なってしまってつい同情して励ましてやった。
傷の舐め合い? 好きに言えばいいさ。ただこんなちょっと性格の悪いわがまま嬢ちゃんだって、もう少しくらいは楽しく生きてもバチは当たらねえだろう?
そんなことをしているうちに、気づけばいつのまにか嬢ちゃんにすっかり気を許されてしまった。いや、いや、それはいい。むしろその方が好都合だ。相変わらずすぐにへこたれちまうが、俺の言う通りに動いてはくれる。
だが──
「なんだかなあ……」
俺の中身をくだらないと思っていたことに、怒りよりもまず悲しさを覚えた。尻すぼみに伝えられた感謝が思いの外嬉しかった。心を許されている事実を想像よりも重く受け止めてしまった。
そしてなにより、俺のような中途半端な物語のことを悪くなかったと言っていた。そいつに嫉妬しそうな自分に気がついて、「おいおいまずいぜ流石にそれは」と自分で自分のページをひねる羽目になった。
嬢ちゃんに書かれたやつのことが心底羨ましい。例えそいつの中身が俺よりも短くて拙かろうと、成り代われたらどれだけいいだろうとさえ思えてしまう。だってそれほど、俺にとっては心の底から欲しい言葉だったんだ。
ミイラ取りがミイラになりかけてら、とため息を吐く。吐いたところで、この気持ちが出ていってくれるわけでもない。
「……」
ああそうだ、認めよう。俺は今、嬢ちゃんに心の底から幸せになって欲しいと思っている。俺自身の野心とは別に。
だからこそこんなにため息を吐いているのだ。だって俺自身にそんな力はないのだから。権力を持った貴族でもない、類稀なる優秀な頭脳を持っているわけでもない。こんな中途半端な物語が、どうやったら少女を導いてやれるというのだろう。
「なんで俺は途中までしかないんだろうなあ」
俺にあるのは聞き齧った程度のぼんやりとした知識だけ。
もしも最後まで書かれた物語であったのなら、もっと楽な道を教えてやれたのかもしれないのに。こんなに苦しまなくても良い、華々しく魅力的な筋書きを。そんな仕方のないことを考えながら天井を見上げる。
本当に、ハッピーエンドに持っていけるんだろうか。中途半端で面白くもない、虚勢ばかりな俺に。
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