エリシア！

密談

　ある静かな料亭で、関西の組長と関東の組長が、緊張感を漂わせながら静かに料理を食べていた。空気はピリピリとしていたが、どちらも礼儀を保ち、口を開くことなく箸を進めていた。

　その時、扉が開き、一人の男が静かに入ってきた。

「あぁん？」

　関西の組長が一瞥をくれ、男を確認すると、それは自分の子分だった。

「なんの用や？まあ、座れや。」

　子分は緊張した様子で席に着くと、関西の組長が直々にグラスを用意し、酒を注いだ。気配りを見せるその動作には、重厚な威厳があった。

「どうした？酒、受けつけんようになったんか？あん？」

　組長の問いかけに、子分は一瞬戸惑いながらも、静かにグラスを手に取った。関東の組長はそれを無言で見守っていたが、会話の裏に潜む緊張は、部屋の空気をさらに重くしていた。

　子分は、突然拳銃を机の上に置いた。

　——ゴトリ。

　その音が静寂の中に響く。関西の組長の顔が険しくなり、眉を顰めた。彼は子分を鋭い目つきで見つめ、静かに問いかけた。

「お前……どういうことや？」

　子分は組長の視線を避けることなく、冷ややかな目つきで答えた。

「本部から通達がありました。関東に通じている裏切り者がいると……。そして、本部は組長に、身の潔白を証明しろと。そう言っておりました……。」

　その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が一気に張り詰めた。まるで時が止まったかのような緊張感が広がり、関東の組長も静かに動向を見守る。

　関西の組長の手が拳銃に伸びそうになるが、動きを止める。部屋には圧倒的な重圧が漂い、次の一手を誰もが息を殺して待っていた。

　「だったら、お前が俺の代わりになるか？」

　関西の組長は冷静な表情を保ちながら、机の上に置かれた拳銃を手に取り、子分に銃口を突きつけた。その行動は一瞬のうちに起こったが、彼の手は決して震えていなかった。

「覚悟はあるんか？」

　関東の組長は、その場の緊張感を感じつつも、何事もなかったかのように静かに料理を食べ続けている。だが、彼の動作はわずかに遅くなっており、全神経を状況に集中させているのが明らかだった。

　張り詰めた空気の中で、子分の顔には一瞬の動揺が浮かんだが、彼はまだ目を逸らさず、組長を見据えていた。

　突然、襖が音を立てて開いた。

　全員が緊張感を一瞬で高め、まさか――本部が嗅ぎつけたか！？と、一瞬の恐怖が走る。

　しかし、次の瞬間、場の空気が大きく変わった。

「ナイト・マジックショオオオオォ！」

　派手な衣装に身を包んだエリシアが、まるで舞台に登場するかのように現れた。

　関西の組長も子分も驚愕し、関東の組長は思わず箸を止めて呆然とエリシアを見つめる。

　エリシアは状況をまるで気にすることなく、満面の笑みでポーズを決めている。組長たちの緊迫した空気は一瞬で崩れ去り、誰もがどう反応すればいいのかわからないまま、場に沈黙が流れた。

　一同が言葉を失い、困惑している中、エリシアは意気揚々と、まるで何事もなかったかのようにガチャガチャと手品用品を運び入れ始めた。背後には、アシスタントらしき人物が小道具を次々と配置し、舞台の準備が進んでいく。

　関西の組長は目を見開き、混乱しながらもなんとか言葉を絞り出そうとした。

「な、なんじゃぁ……われ……」

　しかし、エリシアの狂気じみた笑みを見た瞬間、組長は思わず言葉を詰まらせた。彼女の圧倒的な存在感と、無邪気な中に潜む異様なオーラに気圧され、誰もがどうしていいかわからないまま固まっていた。

「さあ、準備万端ですわ！ナイト・マジックショーの始まりですの！」

　エリシアは高らかに宣言し、両手を広げて部屋を見渡す。緊迫した空気が一瞬で滑稽な舞台に変わり、誰もが言葉を失っていた。

　エリシアは派手に被っていたシルクハットを高々と掲げ、手に持ったステッキで軽く叩いた。

　——バサバサァ！

　突然、ハットの中からハトが数羽飛び出した！部屋中にハトが舞い上がり、羽を撒き散らしながら四方八方に飛び回る。あまりの光景に誰もが目を見開き、言葉を失っていた。

　そのハトたちは、飛び回るたびにテーブルの上の料理に容赦なく羽を撒き散らしていく。フグ刺しやお吸い物、手の込んだ料理の上に次々と羽が降り注ぐ！

　一同は完全に唖然として、誰も動けなかった。関西の組長は目を見開き、関東の組長も箸を止めたまま固まっていた。子分たちは顔を見合わせるが、どう反応していいかわからず、ただハトが飛び回る光景を見つめるばかりだった。

「ご覧なさい！素晴らしいマジックですわね〜！」

　エリシアは大満足そうに微笑んでいたが、一同の心中は混乱でいっぱいだった。

　今度はエリシアが取り出したのは、なんと人体切断マジックの箱。彼女のアシスタントが無表情のまま、その箱の中に寝そべり始めた。

　一同はハトが飛び交う中、完全に混乱していたが、関西の組長はなんとか冷静を保とうと、どうしていいかわからないまま、さっきの話の続きを始めた。

「お、お前……さっきの言葉が冗談なら指じゃ済まへんぞ？」

　関西の組長は子分を鋭く睨みつける。しかし、飛び散るハトの羽根に遮られ、話に集中することすら難しい状況だ。そんな中、子分はハトを手で振り払いながら、必死に返事をした。

「ええ、わ、わかってます！わしも組長の子です！ブワァ！邪魔！……わかってます！」

　子分はハトが目の前を飛び回る中、何とか状況に耐えながら、羽を必死で手で払い除けた。だが、会話はすっかりカオスな状態に陥り、元の緊張感は完全に崩壊していた。

　その横ではエリシアが、切断マジックの準備を進めている。

　エリシアは、切断マジックのクライマックスに向けて、チェーンソーのエンジンをかけた。

　——ブゥウゥン！キュルキュルキュルキュル……！

　轟音と共に、部屋に排気ガスの異臭が立ち込め、食事どころか空気そのものが不快なものに変わっていく。

　フグ刺しも、お吸い物も、すべて台無し。料理は完全に犠牲となり、ハトの羽根が料理に舞い降りる中、状況はカオス極まりなかった。

　そんな中でも、関西の組長は子分に向き合い、なんとか話を続けようとしていた。

「だったらワシの身代わりになって、ここで撃たれるか？」

　チェーンソーの音が鳴り響く中で、組長は冷ややかに問い詰めた。子分は一瞬動揺したが、真剣な顔つきで組長の目を見据えて答えた。

「ええ、構いません。」

　その瞬間、部屋の中には緊張感と混沌が同時に漂っていた。

　エリシアは周囲の緊張感を一切無視し、堂々とチェーンソーを掲げた。

　——ブイイイイィン！ブオン！ブオオオオオオォ！

　チェーンソーの轟音が部屋中に響き渡る。そんな中、子分は関西の組長に向かって真剣な表情で言葉を投げかけた。

「ですが、最後に一言言わせてください。」

　組長が険しい表情で応える。

「なんや？」

「俺の兄貴に、すま——」

　——ブオオオオオオオオオオォ！

　チェーンソーの音がさらに激しく鳴り響き、会話がかき消される。組長は焦った表情を浮かべながら耳を傾けた。

「え、なんて？」

　子分は再び口を開くが、またもやチェーンソーの轟音がそれを遮る。

「だから、俺の兄貴に、すまんか」

　——ギュリュリュリュリュ！

　組長はついに我慢の限界に達し、叫んだ。

「え？ちょ！やめて！チェーンソー！？止めろ！聞こえん！」

　部屋は完全にカオス状態に陥り、エリシアのチェーンソーの音と混乱が交錯する中、会話がどこかに消え去ってしまった。

　エリシアの人体切断マジックは大成功！

　チェーンソーで切断されたアシスタントの箱は、再びくっつけられ、何事もなかったかのように元通りに戻った。拍手も歓声もないまま、カオスな空気が漂う中、関西の組長は気を取り直し、会話を再開する。

「ま、まあええわ。要は本部が俺に身の潔白を証明せいと、そういうことだろ？」

　子分は冷静に頷いた。

「そうです。」

　そのやりとりが行われる中、隣に座っていた関東の組長は、何か異様な空気を感じ取った。

　彼の額には汗がにじみ始め、心の中に不安が芽生えていく。視線を鋭く走らせながら、事態の展開を警戒し始めた。

　エリシアの派手なパフォーマンスに覆い隠された緊張感が、再び静かに部屋に戻ってきた。

　——チャキ。

　突きつけられた銃口に、関東の組長は目を見開き、口をワナワナと震わせている。冷や汗が頬を伝い、状況が一気に最悪の方向へ進んでいることを悟っていた。

「まあ、そういうこっちゃ。」

　関西の組長は、勝ち誇ったような表情を浮かべていた。だが――

　——スッ。

　突然、関西の組長の頭に何かが乗せられた。

「？？？」

　全員が驚きの表情を浮かべる中、それは――りんごだった。

　——キリキリ……。

　静かに弓を引き絞るエリシア。

「りんご打ち抜きチャレンジ、始まりますわよ〜！」

　関西の組長は、突然の展開に顔を歪ませ、慌てて何かを言おうとするが、エリシアの狂気じみた集中力と高まるテンションに飲み込まれ、声を出せないままだった。子分も息を呑み、見守るしかない。

　もはや、これは手品ショーでもなく、ただの曲芸にすらなっていない。場に漂うのは、説明のつかない、異様な緊張感。銃を突きつける関西の組長も、突きつけられる側の関東の組長も、そしてエリシアも、それぞれが無言で、混乱と緊張の中にいる。

　——カッ！

　突然、エリシアが矢を放った！

「！」

　一同は瞬間的に目を瞑り、息を呑む。

　——ザシュ！

　次の瞬間、飛び散る果汁！りんごの中身が弾け、スーツに果汁が飛び散った。関西の組長の頭から飛び散った汁が、周囲に振りかかり、誰もが呆然とその光景を見つめた。

「うわっ！スーツが……！」

　果汁まみれになりながらも、組長は安堵と混乱が入り混じった表情で、なんとか事態を飲み込もうとした。

　一同が唖然とする中、エリシアは何事もなかったかのように、アシスタントとともに透明な箱を手際よく組み立てていく。果汁が飛び散る部屋の中、異様な沈黙が流れ、誰も何も言えず、ただ見守るしかなかった。

　エリシアは自分の体をロープでしっかりと縛らせ、透明な箱の中にすっぽりと収まる。

　——仕上げは爆弾。

　彼女のアシスタントが取り出したのは、小型の爆弾。導火線に火がつけられ、シュシュシュ……と火が進んでいく。

　アシスタントは無表情のまま、鍵を箱の中に投げ入れると、外から南京錠をカチャンと掛けた。

「……おい、まじか……？」

　関西の組長が、混乱しながら呟いた。

　流石の関西の組長と関東の組長、そして子分たちも、全員が手を止め、言葉を失ったまま凝視している。箱の中でエリシアは微動だにせず、導火線がじりじりと火花を散らしながら時間を刻んでいる。

　場は完全に凍りつき、誰もこの状況がどこへ向かうのかを理解できず、ただ見つめることしかできなかった。

　エリシアは、まるで軟体動物のように体をくねらせ、少しずつロープを緩めていく。その動きは異様に滑らかで、まるでタコのようだ。彼女の柔軟な体が絡まるロープを解いていくのを、誰もが唖然と見守っていた。

　しかし、その間にも導火線は確実に短くなっていく。

「……え？これ、なんの時間だ……？」

　関西の組長がぽつりと呟き、関東の組長も眉をひそめた。子分たちも緊張したまま凝視しているが、誰もがこの状況がどう展開するのか予想すらできない。

　まるでタコのようにくねるエリシア、そして今にも爆発しそうな爆弾――場の緊張は異様なレベルに達し、だが何も起こらないまま時間が進んでいく。

　エリシアは体をくねらせながら、ロープを解こうと必死だが、ロープが複雑に絡まっていて苦戦している。彼女の動きが少しずつ鈍くなり、焦りの色が見え始める。

「おいおい……これ、本気で爆発するんじゃ……」

　関西の組長は額に汗を浮かべ、見守るしかない状況に戸惑いを隠せない。

　関東の組長も同様に緊張の表情を浮かべ、手元の箸を強く握りしめたまま、視線を箱に釘付けにしていた。子分たちも、言葉を失ってただ固まっている。

　導火線は残りわずか。火がじりじりと爆弾に近づいている。

「どうなるんや……！？」

　一同が息を飲み、爆発のカウントダウンが進む中、エリシアはなんとかロープをほどこうと必死にもがいていたが、果たして間に合うのか――場の緊張感がピークに達していた。

　エリシアはギリギリのタイミングでロープを解き、ついに鍵を手に取った！

「おぉ……」

　関西の組長は、思わずその瞬間に感嘆の声を漏らした。周囲もホッとした表情が浮かんだかに見えた。

　しかし――

　——ガチャ……ガチガチ。

　鍵を鍵穴に差し込んだエリシアの表情が一変する。

「ちょっと！これ、なんの鍵ですの！？」

　エリシアは急に怒鳴り出し、アシスタントに向かって鋭い視線を投げかけた。

　よく見ると、その鍵は手品用品のキャリーケースの鍵だった。

「あっ……。」

　アシスタントが冷や汗をかいて小さく呟く。

　次の瞬間――

　——BOOOOOOOOmB!!

　大きな爆音が響き渡り、爆弾が炸裂！部屋は白い煙と爆風に包まれ、一同は呆然としながらも、なんとかその衝撃に耐えた。

　煙の中、エリシアは咳をしながら姿を現し、髪や服がボサボサになっていた。

「もう……何ですの、この展開……。」

　完全にカオスに陥ったその場で、組長たちも何も言えず、ただエリシアを見つめていた。

　爆煙が立ち込める中、ひらひらと紙切れがエリシアの前に舞い落ちてきた。埃まみれの中、彼女はそれを拾い上げ、何が書かれているのか確認する。

　紙には――「隣の店の場所」が印刷されていた。

「あ、隣の店だったのですねぇ〜。」

　エリシアは至って冷静に呟いたが、組長たちは限界を超えていた。

「なんじゃそりゃあああ！！！」

　関西の組長の怒声が響き渡り、一同は疲れきった表情で全てを諦めた。