アハ体験
エリシアとヴァイは、アングラな賭け企画として「アハ体験クイズ」を行った。
映像のどこが変わったのかを当てるというクイズ形式だが、その結果の全てが賭けの対象となる。勝つも負けるも、全ては巧妙な映像の作り方にかかっていた。
ルールはシンプルだ。
それぞれが自分で作った映像を出し合い、どちらがより相手を騙せるかを競う。まずはヴァイの番から始まった。
「さあ見せてやるぜぇ!オレ様の傑作映像だ!」
ヴァイが誇らしげに出したお題は——自撮り。
画面にはヴァイのメタリックシルバーの顔がドアップで映し出されていた。
サングラスをかけ、険しい表情を浮かべた彼が自撮りをしている映像が流れる。
「えぇ……自撮りかよ。」
エリシアは露骨にドン引きしながら眉間に皺を寄せた。
「何ですのこれ……自己顕示欲の塊ですわね。」
しかし、ヴァイはそんな反応を全く気にしないどころか、自信満々だ。
「おいおい、ただの自撮りだと思ったら大間違いだぜ!さあ、どこが変わったか当ててみな!」
エリシアは映像を見つめながらため息をつき、冷ややかな目で画面を凝視する。
変化点を見つけるために集中する彼女に対し、ヴァイはニヤニヤと笑いながら彼女の反応を楽しんでいる。
これが「アハ体験クイズ」の本質だった。
映像が流れる。
そこにはヴァイが銃を構えてカメラを睨む自撮り写真が映し出されていた。
メタリックシルバーのボディが妙にリアルで、見ているだけで緊張感を覚える。
観客たちの間にざわめきが広がる。
——ざわざわ……
「どこだ?どこが変わったんだ?」
「全然わかんねえぞ……。」
写真の映像がじわじわと変化しているはずなのに、どこが違うのか誰も気づけない。
エリシアは腕を組み、冷静に画面を見つめていた。
「ふぅん……銃を構えて睨む自撮り。まあまあ作り込まれていますわね。」
一見何も変化がないように見える映像に、彼女も少し困惑している。とはいえ、表情には余裕を残しているのがエリシアらしい。
ヴァイはニヤリと笑いながら言った。
「さあ、わかるかな?どこが変わったのか……気づけなきゃオレ様の勝ちだぜぇ!」
観客のざわめきがさらに大きくなる中、エリシアはじっくりと映像を観察し続ける。どこかに必ずあるはずの変化点を探りながら——。
映像をじっくり見つめていたエリシアは、ついに変化点に気づいた。
「……あぁ、わかりましたわ!」
彼女は眉を吊り上げながら、軽く指を指す。
「最初は険しい顔で睨んでいたのに、時間が経つにつれて……口元がニヤリと笑ってますわね!」
その言葉に、観客たちは一斉に映像を凝視する。
確かに、最初は冷酷な表情で睨んでいたヴァイが、徐々に口元を歪ませ、不気味な笑みを浮かべるようになっているではないか。
——ピンポーン!正解。
正解音が鳴ると同時に、ヴァイは大笑いしながら自分の顔を指差した。
「ハンサムだろぉ?この表情がオレ様のチャームポイントよ!」
エリシアは顔をしかめ、全力で拒絶するように手を振る。
「いやいや、マジきめえですわね!こんなの見せられる身にもなってくださいませ!」
観客たちは笑いをこらえきれず、一部の者は賭けの結果に歓喜する一方、負けた者たちは頭を抱えていた。
エリシアは正解したものの、謎の疲労感を覚えながら、次の自分の映像を準備するため席に戻ったのだった。
エリシアが正解を言い当てたにもかかわらず、ヴァイは勝手に続きを流し始めた。
「せっかくだしヨォ〜、最後まで見ていけよおおぉ!」
観客たちは困惑しながらも、映像に目を向ける。
映像のヴァイは、最初の不気味なニヤリからさらに表情を変えていく。口角が限界まで上がり、満面の笑みが顔を支配する。
「ひえぇ……」
観客たちは誰もがドン引きしていた。
だが映像は止まらない。
ヴァイの笑みはエスカレートし、口元がもう歯茎丸出しに。尖った犬歯が剥き出しになり、狂気じみた笑顔が画面いっぱいに広がっていく。
——ザワザワ。
「これ、どこまで行くんだ……」
「こっちの心が削られるわ……」
最終的に、映像のヴァイはまるでサタンも逃げ出すような恐ろしい形相で銃を構えていた。目は血走り、歯を剥き出しにして画面越しに観客を威圧している。
「もういいですわ!」
エリシアが耐えかねて立ち上がり、強い口調で制止した。
「こんなもの、ただの無駄な時間ですわね!」
ヴァイは笑いながら映像を停止し、肩をすくめた。
「どうだ?オレ様の完璧なアートだろぉ!」
エリシアは顔を引きつらせながら席に戻り、次は自分の番だと気持ちを切り替えようとしていたが、内心では「こんな企画、受けるんじゃありませんでしたわ……」と後悔していたのだった。
次はエリシアの番。
彼女が用意した映像が映し出されると、ヴァイが即座にツッコミを入れた。
「てめえも自撮りじゃねえかヨォ〜!!」
エリシアは優雅に髪をかき上げ、余裕の笑みを浮かべて反論する。
「私は良いんですの。だって存在自体が芸術品ですもの。」
ご丁寧に三脚で撮影したのか、映像にはエリシアの全身が美しく収められている。
だが、その内容に観客は思わずざわめき出した。
——ザワザワ……。
画面には、捉えられたゴブリンらしき生物が蹲っている姿が写っている。その体は小刻みに震え、絶望に満ちた表情を浮かべている。
そんなゴブリンに対して、エリシアが釘バットを片手にトドメを刺そうと構えている場面だった。
釘バットは輝き、エリシアの表情には一切の躊躇がない。
その威厳と迫力に圧倒される一方で、状況の異様さに観客たちは混乱していた。
「なんだこれ……。」
「なんでゴブリンなんだよ……。」
ヴァイも困惑した様子で画面を見つめているが、それでも一言ツッコむのを忘れない。
「いやいや、存在が芸術品だとか言いながら物騒すぎるだろぉ!何その釘バット!」
エリシアは胸を張りながら答えた。
「アートには力強さも必要ですわ。それに、このバットの角度……完璧じゃありません?」
観客たちはさらに困惑しつつも、何とか変化を見つけようと画面を凝視し始める。
しかし、その衝撃的な写真の内容に圧倒され、誰もどこが変わったのか気づけずにいた。
映像がじわじわと変化する中、観客たちは「どこが変わったのか?」と必死に考え始めた。
「表情か……?」
「いや、ゴブリンの方が怪しいんじゃねえか?」
——ザワザワ。
エリシアの毅然とした顔を見つめる者、ゴブリンの小刻みに震える姿を観察する者。それぞれが画面を凝視していた。
ヴァイも腕を組みながら唸った。
「なんだぁ?あのゴブリン、表情変わったか?いや、もしかして……。」
観客の中には「服の皺だ!」とか「背景が変わったんじゃないか?」など、憶測が飛び交う。
だが、誰も確信を持てず、場内の空気は一層緊迫していった。
エリシアは余裕の笑みを浮かべながら腕を組み、優雅に言い放つ。
「ほほほ……どこが変わったのか、私に見抜けるかしら?」
しかしその余裕たっぷりの態度とは裏腹に、誰もまだ正解にたどり着けないのだった——。
しばらく映像を凝視していたヴァイが、突然ニヤリと笑みを浮かべた。
「おおお……わかったぜぇ!」
観客たちが一斉にヴァイに注目する。
「釘バットだ!」
「ほう」
エリシアが驚いた表情を浮かべる。
ヴァイは自信たっぷりに指差して説明を始めた。
「時間と共に、釘バットの角度が少しずつ上に向かってるじゃねえか!トドメを刺す気マンマンになってるってことだな!」
観客たちもその指摘を受けて再び画面を見ると、確かにエリシアが構えている釘バットが少しずつ持ち上がっているのがわかる。
最初は胸の高さだったが、今では肩越しまで上がり、今にも振り下ろされそうな勢いだ。
——ピンポーン!正解。
正解音が鳴り響く中、ヴァイは得意げに笑い、拳を突き上げた。
「どうだよぉ!オレ様の観察力は天才的だろぉ?」
エリシアは腕を組みながら軽くため息をつく。
「ふふっ、まあまあ及第点ですわね。でも……」
エリシアが意味深に笑うと、ヴァイは身構えた。
「でも、なんだよ?」
「バットが上がるごとに、私の“威圧感”も増していることには気づかなかったでしょうね。」
その言葉に観客たちは再びざわめき出し、ヴァイも一瞬だけ表情を引きつらせたのだった。
両者引き分けに終わったはずだったが、エリシアはヴァイと同じく映像を止める気は全くなかった。
「せっかくですから、最後まで見ていただきますわ。」
答え合わせ強行。映像はなおも続く。
釘バットを構えるエリシアの腕は、時間が進むごとにどんどん角度を変え始めている。
「おいおいおい……なんだこれ?」
ヴァイが画面を凝視しながら呟く。
釘バットの先端は明らかに不自然な位置にあり、腕の可動範囲をとうに超えているように見える。
それでもエリシアは優雅な姿勢を保ちながら構え続けている。
「マジでえげつねえ角度だな!腕、折れるだろ!」
ヴァイが思わず声を上げると、観客たちも映像に釘付けになりざわめき出す。
——ザワザワ……。
さらに、心なしかエリシアの表情が徐々に狂気じみた微笑みに変わっていくようにも見える。
だが、それは実際には変わっていない。
最初から完璧な微笑みを浮かべているのに、釘バットの異常な動きがその印象を歪ませているだけだった。
「お前、実際の写真だよな?何だよこれぇ!」
ヴァイが驚愕する中、映像は最終的にエリシアがバットを頭上に掲げ、ゴブリンを完全に仕留める寸前で静止する。
エリシアは満足げに微笑みながら、映像を止めた。
「どうです?これが私のアートですわ。」
ヴァイは額に手を当てて呆れたように笑い、観客たちはどっと疲労感を感じながらも、二人の異様なクイズ企画に熱中していたのだった。
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