企画会議


 魔王と四天王たちが集まり、エリシア不在のまま企画会議が進行していた。魔王軍の次なる作戦を練るべく、四天王たちはそれぞれ意見を出し合っていた。


「まずは、地面に金を置いて気を取らせる作戦だ。」


 一人の四天王が提案する。



「金に目を奪われた瞬間、上から巨大な錘を落とす。これで一発だ!」


 別の四天王がその案に頷きながら、次に口を開いた。



「俺は、敵を鍵がかかった部屋に閉じ込めて、火で燃やすのが手っ取り早いと思う。燃えるなら逃げられんしな!」


 さらに別の四天王が冷笑しながら、もっと狡猾な案を出した。



「王様を買収して、こっそり裏切らせるのもいいだろう。信頼を揺さぶるってのは効くぜ。」


 次々と邪悪な案が出され、魔王は興味深げにそれを聞いていた。



「ふむ、どれも悪くないな。だが、どれが一番効果的か……。」


 四天王たちはお互いの案を吟味し、どの作戦が最も成功率が高いかを議論していた。




 会議が続く中、突然、扉の隙間から招かれざる客が姿を現した。




「え……エリシア……さん?」

「エリシア殿……。よくお越しで……。」


 四天王たちが慌てて反応し、動揺した様子でエリシアを迎える。


 エリシアはその視線を完全に無視して、堂々とズカズカと会議室の中央に進み、空いている椅子にふんぞり返って座った。




 彼女は何も言わず、周囲を一瞥し、机の上に置かれているお菓子や弁当を手に取った。そして、四天王たちが彼女の動きを固唾を飲んで見守る中、ボリボリと勝手に食べ始めた。




「……あの……エリシア殿……、今は企画会議の最中でして……。」


 魔王が声をかけようとしたが、エリシアはそれすらも気にせず、お菓子を口に運びながら、何事もなかったかのようにくつろいでいた。


 四天王たちは顔を見合わせ、誰もがエリシアに対する適切なリアクションを取れず、ただ呆然とするしかなかった。




 エリシアはお菓子をつまみながら、周囲に漂う重々しい雰囲気を無視して口を開いた。




「企画がユルいと色々困りますので、見に来ましたの。」


 その一言で、会議室に緊張感が走る。


 四天王たちは一瞬顔を見合わせ、次に魔王の顔を伺った。魔王は腕を組んで不機嫌そうに眉をひそめたが、何も言わなかった。


 エリシアはテーブルの上に積まれた書類を手に取り、ひとつずつ確認しながら冷静に指摘を始めた。


「勇者討伐にこの人数?で、予算は……?多すぎではありませんの?」


 彼女の指摘に、四天王たちは一斉に顔を赤くしながら慌て始めた。エリシアはさらりと続ける。


「それに、占領した街が奪還されたとか。まだ資材の運び出しも終わってないのに……」


 魔王は思わず唸り声を上げた。


「ぐぬぬ……」


 その声は、彼がエリシアの指摘に何も言い返せないことを示していた。四天王たちは、魔王が珍しく言葉を失っているのを見て、ますます顔色を失った。


 エリシアは食べ終わった弁当の空箱を軽く置き、無表情のまま書類を閉じた。




 会議は緊張感の中、なんとか進行を続けていた。そんな中、四天王の一人が、自信たっぷりに提案を口にした。




「人間は陸の生き物だ!つまり、水の中に引き摺り下ろせば、我々に勝ち目がある!」




 その言葉に、他の四天王たちは一瞬顔を見合わせ、次に感心したように頷き始めた。


「おぉ……!それは妙案だ!」


 魔王も少し興味を示し、重々しく頷いた。


「確かに……人間は水中では無力。陸では苦戦しても、水中に引きずり込めば我々の圧勝だ。」


 空気が少し前向きなものに変わり、会議の場に活気が戻りかけた。


 だが――


 エリシアは無言でその様子を見つめ、眉をひそめた。彼女の冷ややかな視線が会議の熱気を再び冷やしていく。




 魔王がふと席を立ち、軽く手を振りながら提案した。




「まあ、その……。ここで話してても煮詰まるだけだしな。あぁ!そうだ!カニでも食いに行くか。やっぱり“そういうの”食べないと、いい案なんて出んわ!」




 その言葉に、四天王たちは一瞬で賛同した。


「おお!おっしゃる通り!」

「さすがは魔王様!やっぱり違いますな!」


 魔王の提案に乗って、場の雰囲気が一気に軽くなり、四天王たちはカニの話で盛り上がり始めた。カニ鍋だの、カニの刺身だの、次々とカニ料理の話が飛び交う。


 だが――


 その瞬間、エリシアの冷たい視線が場を支配した。


 彼女は微動だにせず、四天王たちと魔王を見据えている。場の雰囲気が一瞬で冷え込んだ。四天王たちは口をつぐみ、魔王もちらりとエリシアに目を向けたが、何も言えずに口を閉じた。


 エリシアは静かに口を開く。




「企画を進めずにカニですの?……いいご身分ですこと。」




 その言葉に、四天王たちの表情が一気に曇り、魔王も額に汗をにじませながら微妙な笑みを浮かべた。




 エリシアは冷ややかに魔王と四天王たちを見渡し、静かに言葉を投げかけた。


「企画がユルいとダメですわよ。」




 その一言には、予算に関する意識が色濃く表れていた。




 エリシアは魔王軍の予算が無駄に浪費されるのを何よりも嫌っている。しかし、魔王はエリシアの言葉に対して食い下がるように、なおもカニ料理をゴリ押しする。




「いや、エリシア殿!こいつら、最近ちょっと負け続きで、士気が落ちてるんだ。だから、たまにはカニでも食べて、元気を取り戻さないと……ねぇ?」




 魔王の視線を受け、四天王たちもおずおずと頷いた。


「そ、そうです!士気を上げないと戦には勝てませんから!」


 エリシアはため息をつきながら、少しだけ考え込む。確かに士気を上げることも重要だ。しかし、彼女にとって企画の緻密さと効率が最優先だった。


「うーん……気持ちはわかりますわね。ですが、企画がユルいと、その分予算もダダ漏れですわよ。」


 魔王と四天王たちはその言葉にたじろぐが、エリシアの冷静な指摘に対して何も言い返せなかった。




 魔王は、エリシアの厳しい視線に焦りを感じたのか、突然四天王の一人に命じた。




「あっ、ほら!エリシア殿もお疲れだろう!お見送りしてあげて!」


 四天王はすぐに反応し、慌てて立ち上がった。


「エリシアさん、お疲れ様です!」


 魔王はさらに他の四天王たちにも促す。


「ほら、みんなも!」

「お疲れ様です!」


 次々に四天王たちが口々にエリシアに挨拶しながら、彼女を無理やり部屋の外へと押し出し始めた。エリシアは少し戸惑いながらも、押し流されるようにして会議室を去ることになった。


 しかし、エリシアは諦めずに、部屋の外へと押し出されながらも、ぶつぶつと呟いていた。


「企画が弱いのはダメですわよ〜。予算が無駄になりますのよ〜。」


 四天王たちはエリシアを見送る中、背筋をピンと伸ばし、無言で頷いていたが、内心は早くカニを食べに行きたい気持ちでいっぱいだった。




 エリシアを追い出した魔王と四天王たちは、意気揚々と「カニ法楽」へ向かった。店に着くと、魔王はものすごくはしゃいでいた。




「カニ頼むぞ!メニュー持ってこい!カニだ!カニ!」


 店のスタッフがメニューを持ってくると、四天王たちは圧倒されながらそれを眺めた。


「うわぁ、めっちゃメニューある……。」

「俺、毛蟹かな。」


 その一言に、魔王は喜びの声を上げた。


「おお!毛蟹か!通だな!じゃあ毛蟹も人数分頼むぞ!それにビールも!」




 勢いよく注文が進む中、四天王の一人がふとさっきのエリシアの話を思い出し、急に冷静になった。


「俺……もずくでいいかな。」




 それは、一番安いメニューだった。

 その瞬間、魔王は憤慨して声を上げた。




「お前、もずくって!ここはカニ食べ放題の店やぞ!カニ頼め!そんなもんいつでも食えるやろ!ここでケチつけたらカニの神様が怒るわ!カニだ!カニ!」




 他の四天王も頷きながら、魔王の勢いに押され、次々とカニ料理を注文していった。しかし、もずくを頼もうとした四天王は、エリシアの言葉が頭から離れず、どこか罪悪感を抱きながら注文を変更した。


「……じゃあ、毛蟹で。」




 みんなが料理を待っている間、隣のテーブルに仮面を被った奇妙な客が一人で座った。




 異様な風貌に一瞬注目が集まったが、魔王と四天王たちはまったく気にすることなく、カニを待つことで頭がいっぱいだった。


「うおおおお!食うぞおおおお!」


 魔王は声を上げ、他の四天王たちもそれに続いて盛り上がる。


 次の瞬間、大量のカニの皿と鍋が彼らのテーブルに運ばれてきた。カニの豊かな香りが漂い、誰もが目を輝かせていた。


「乾杯!」


 四天王たちはビールを手に乾杯し、魔王が勢いよく言った。


「まずな、最初は生でそのまま食べるんや!で、ちょっとだけシャブシャブしてな……これが通の食い方や!」


 魔王は早速毛蟹を手に取り、力強く殻を割って、中の身を掬い出す。四天王たちもそれに従い、カニにかぶりついた。笑顔と歓声が溢れ、食欲は止まらなかった。




 だが、隣の仮面を被った客は黙って彼らを見つめ続けていた。




 隣のテーブルに座っていた仮面の女性客の前に、ビールとコップ、そして少しばかりのカニ刺しが運ばれた。彼女は静かにビールを手に取り、コップに注ぐ。


 そのまま一気にビールを飲み干すと、彼女はそのコップを勢いよくテーブルに叩きつけた。




 ——ダン!




 その音が店内に響き渡り、魔王たちは一瞬その音に反応し、目を向けた。


 しかし、彼らはすぐにカニの魅力に再び心を奪われ、何事もなかったかのようにカニを貪り続けた。


「このカニ、うまっ!」

「シャブシャブ最高!もっと食べるぞ!」


 魔王と四天王たちは、カニの美味しさに完全に夢中になり、隣の客の存在などすっかり忘れてしまっていた。




 四天王の一人がカニの足を手に取り、自慢げに語り始めた。




「これな、こっちの足の殻に身がしっかり入ってるんだぜ?」




 彼はそう言いながらも、割って中身を食べようとせず、そのまま足をポイっと捨てた。




「めんどくさいから、これは捨てるんだ!」




 その瞬間、他の四天王たちと魔王は大爆笑。


「はっはっはっは!」

「そりゃそうだ!そんな細かいこと気にするなよ!」

「そんなみみっちいことしてたらカニを楽しめないだろう!」


 四天王たちは豪快に笑い合い、次々とカニを食べ続けた。殻を丁寧に割って中の身を楽しむどころか、面倒くさい部位はどんどん捨てて、彼らは勢いに乗って食事を続けていた。


 しかし、その隣の仮面の女性客は黙って彼らの様子を見つめていた。




 ——ダァン!




 再び、隣の仮面の女性客がテーブルにコップを叩きつけた。

 今度はさすがに魔王たちも気になり、全員が彼女をガン見する。


 喧嘩でも売っているのか、と警戒しながら様子を伺う中、魔王はふと違和感を覚え、何かに気がついた。




「……エリシア殿?」




 魔王が目配せすると、四天王の一人がすぐに動き、女性の仮面を剥がした。


「——!」




 やはり、エリシアだった。彼女は何事もなかったかのように、冷静な顔で口を開いた。




「いや、だから……、企画がユルいと色々困るんですの。」


 四天王たちは思わず青ざめ、魔王も慌てて笑顔を作りながら手を振った。


「いやいや!企画はちゃんと考えますって!ご心配なく!」


 エリシアは冷ややかな目をしながらも、何も言わずに黙って座り、じっと魔王たちを見据えていた。




 魔王は慌てて声を張り上げた。




「おい!エリシア殿がお帰りだ!誰か見送ってやれ!」


 その言葉を聞くや否や、四天王の一人が急いでエリシアを立たせ、彼女を無理やり出口へ引っ張っていく。


「エリシアさん、お疲れ様です。あ、みんなも!」


 すぐに他の四天王たちも口を揃えて慌てて言う。


「お疲れ様です!」


 エリシアは半ば無理やり引っ張られながら、何とか企画のことを伝えようと、まだぶつぶつと呟いていた。


「企画が……ユルいと……予算が無駄に……。」


 四天王は笑いながら、彼女をさっと外に送り出そうとしつつ答えた。


「あぁ、大丈夫大丈夫!気をつけてお帰りください!お疲れ様です!」


 エリシアは最後まで企画の重要性を訴えながら、結局そのまま強引に見送られてしまった。魔王と四天王たちは、彼女が去った後、ホッと息をつき、ようやくカニを再び楽しむことができるようになった。




 「いや〜、しつこいなぁ……」




 魔王は愚痴をこぼしながら、まるで気を取り直すかのように、ものすごい勢いで蟹しゃぶを食べ始めた。カニの身を次々と鍋に放り込み、しゃぶしゃぶと湯にくぐらせては、豪快に口に運んでいく。


「うまいな!やっぱカニはこうじゃなきゃな!」


 四天王たちもすぐに元の調子を取り戻し、エリシアが去った後の静けさを楽しんでいた。場は再び和やかに盛り上がり、カニの香りと笑い声が満ちていた。


「エリシアさんも、もうちょっとリラックスすればいいのにな。」


「ほんとそれだな。今はただ楽しめばいいのに。」


 彼らは再びカニ料理に夢中になり、エリシアの厳しい視線から解放されたことで、心からカニを楽しんでいた。




 お店の女将が、散らかり始めたテーブルを片付けにやってきた。




「空いてるお皿、片付けますわね〜。」


 魔王が豪快に笑いながら答える。


「はいよ!ご苦労さん!」


 女将は手際よくテーブルの空いた皿を次々と片付け始めた。魔王と四天王たちはカニに夢中になりながらも、ちらりとその様子を見守っていた。


 ——しかし。




「あ、それまだ……」




 四天王の一人が気づいた。


 まだカニが残っている皿に女将の手が伸びていたのだ。慌てて止めようとしたが、なぜか女将は聞こえないふりをして、そのまま皿をぶんどるようにして持っていく。


「……?」


 四天王たちは一瞬、顔を見合わせた。何か違和感がある。女将の様子がどこかおかしい。しかし、まだ状況が飲み込めないまま、ただ呆然とその光景を見つめていた。




 女将が次々とカニが入った皿を片付けていく様子に、最初は不思議そうに見ていた魔王たち。しかし、魔王はある瞬間に何かに気づいた。




「おい!エリシア殿だろ!?」




 その声が響くと、四天王の一人がすかさず女将の髪に手を伸ばし、勢いよく髪の毛を引っ張った。すると――


「バサッ!」


 それはカツラだった。


 正体を隠していた「女将」は、やはりエリシアだったのだ。エリシアはそのまま冷静な表情で振り返り、何事もなかったかのようにボソリと呟いた。


「いや、だから……企画がユルいと、カニなんて食べてる暇ないんですのよ。」


 魔王と四天王たちは目を見開き、完全に言葉を失った。




 ついに、エリシアは苛立ちを隠そうともしなくなり、殺気立つ雰囲気を漂わせ始めた。その圧倒的なオーラに、四天王たちは完全に呑まれ、誰一人として動けなくなっていた。




「で、どんだけ食べたんですの?」




 冷たい視線を魔王たちに向けるエリシア。いつの間にか魔王も正座させられ、口をきくことすらできず、ただ俯いていた。


エリシアはテーブルにあるカニの殻が捨てられたボウルを手に取り、しばらく眺めた。軽く首を傾げながら、中身を吟味する。




「どれどれ〜。——あら、あららら〜!これ、まだ食べられるのに捨てちゃってぇ〜。」




 その声には怒りと冷笑が混じっていて、四天王たちはますます縮こまった。魔王ですら、何も言えずに肩をすくめていた。


「無駄ばっかりして……こんなことでは予算もカニも持ちませんわよ。」




 エリシアはゆっくりと深呼吸をした。




 ——スゥウウ。




 場に緊張感が再び満ちる中、彼女は冷静な声で口を開いた。


「ま、勇者も倒せていませんし、打ち上げは成果が出てからにしましょうか。」


 魔王はそれを聞いて、ダンマリを決め込むしかなかった。四天王たちも、誰もが俯いて言葉を発することができない。


 エリシアは、魔王の方に目を向けて、軽く微笑む。




「残念ですけど、蟹しゃぶは経費としては承認できませんわ。」




 その言葉に、魔王の顔が青ざめた。


「これは、魔王さんがお支払いくださいましねぇ〜。」


 魔王は完全に動揺し、四天王たちも助けを求めるような目で魔王を見つめたが、誰も状況を打開する方法を思いつけなかった。エリシアの冷たい笑顔に押しつぶされるように、魔王はおずおずと財布を取り出した。




 エリシアはそのまま、何事もなかったかのように立ち去った。彼女の背中が見えなくなるまで、四天王たちは誰も動けず、沈黙が支配していた。


 しばらくして、魔王がぽつりと呟いた。






「もずく……食べよっか。」






 その一言に、四天王たちは顔を見合わせ、しんとした空気が広がったまま、どうすることもできずにうなずいた。

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