リズムショット



 宿場町の夜は賑やかだった。




 冒険者三人組は、宿での退屈な時間を避けるため、街に繰り出していた。酒場で一杯やりながら、気の合いそうな女性に声をかけてはみたものの、軽く無視されるばかりで、特に成果はなかった。




「まったく、今日はツイてねぇな……」




 リーダー格の男がぼやきながら通りを歩いていると、ふと視界に何やら目立たない店を見つけた。




 ボロい手書きの看板がかかっており、そこには「リズムショット」と書かれている。




「おい、見てみろよ。あの店、なんか変だぞ。」


「リズムショット?なんだこれ、遊べる店か?」




 三人は興味をそそられ、近づいて看板を見上げた。看板は古びていて、文字もかすれているが、どうやら何かのゲームを楽しめる場所のようだった。




「他にやることもねぇし、ちょっと覗いてみるか。」




 三人の冒険者が店の中に足を踏み入れると、そこには大して明るくもない土間のようなスペースが広がっていた。


 薄暗い灯りが、古びた木の壁や床にかすかに影を落としている。店内は不気味なほど静かで、風の音すら聞こえない。




「なんだか、思ったより…薄気味悪いな。」




 一人がぽつりと呟き、他の二人も不安げに周囲を見回す。


 カウンターの向こうには、奇妙なフィギュアや像がいくつか飾られていた。それらは異国風のデザインで、どこか不気味な魅力を放っている。




 カウンターの上には、小さな木の板が立てかけられており、その板には手書きで「一回500G」と書かれていた。字はやや雑で、明らかに急いで書かれたように見える。




「これがリズムショットってやつか?」




 リーダー格の男が板を見て呟くが、店内には人の気配がなく、誰も応じる者はいない。彼らはカウンター越しに視線を投げかけたが、誰もいないままの静寂が続く。


 三人の冒険者は、店内の不気味な静けさに耐えきれず、リーダー格の男が意を決して声を張り上げた。




「すいませーん!」




 その声が店内に響き渡ると、突然、横にある木製のジャラジャラとした飾りが揺れる入り口から、何かの気配が感じられた。




 冒険者たちがその方向に視線を向けると、カーテンのような木の装飾が音を立てて開き、そこからエリシアが現れた。




 彼女は目をこすりながら、明らかに寝起きのような不機嫌そうな表情を浮かべている。髪も乱れており、普段の優雅さとはかけ離れた姿だ。




「なに?」




 エリシアはぶっきらぼうに一言だけ言うと、冒険者たちをじろりと見やる。彼女の態度に、三人は一瞬言葉を失ったが、すぐにリーダー格の男が口を開いた。


 冒険者たちは、エリシアのそっけない態度に戸惑いながらも、リーダー格の男が質問した。




「ここ、遊べるん?」




 その言葉に、エリシアは再び面倒くさそうに振り向き、冒険者たちを一瞥した。


 だが、彼女は質問には答えず、突然入口を指差して言い放った。




「寒いから、閉めてくださいまし。」




 ぶっきらぼうなその言葉に、冒険者たちは一瞬だけ呆気に取られたが、慌てて入口の扉を閉める。エリシアはそれを確認すると、ようやく少しだけ態度を和らげた様子で、カウンターに寄りかかった。


 エリシアは、冒険者たちが戸惑いながらも扉を閉めたのを確認すると、再び面倒くさそうに呟いた。




「三人なら1500Gですわ。」




 その言葉に、三人のうちの一人がニヤリと笑い、財布から2000Gを取り出した。




「俺が奢ったるわ。じゃあ、2000Gでお釣りちょうだい。」




 エリシアは彼が差し出した2000Gを受け取り、しばらく考え込むように何かモゴモゴと呟いた。




「お釣り……まあ、後で。」




 その言い方はどこか曖昧で、自信がなさげだった。冒険者たちは一瞬、不安そうに顔を見合わせたが、特に反論することもなく、エリシアの言葉に従うことにした。


 エリシアは冒険者たちから2000Gを受け取ると、急に後ろの部屋に向かって大声で叫んだ。




「おっさん!皿ありませんの?お客さんに出すやつ!」




 その突然の声に、冒険者たちは驚いて顔を見合わせた。


 すると、後ろの部屋の奥から、不機嫌そうな声が返ってきた。




「知らんがな!そんなん!知っとんお前だけ○※×▲*@…」




 エリシアの後ろで、モゴモゴと何か言いながらも、言葉がはっきりしないおっさんの声が続く。さらに、向こうの部屋からはガシャガシャと皿を漁るような音が響いてくる。




 三人の冒険者たちは、そのやり取りに一層怪訝な表情を浮かべた。




 この店の様子がますます謎めいてきた中、彼らは一体これから何が起こるのかと、不安と興味が入り混じった複雑な心境で、エリシアと部屋の奥を交互に見つめていた。


 エリシアは、しばらくして三人分の皿を持ってカウンターに戻ってきた。冒険者たちはその様子に戸惑いつつも、興味を抑えられず、次々と口を開いた。




「あれもらえんの?」

「あのフィギュア?倒したらいいんですか?」

「あれ100点で?」




 彼らは店内に飾られているフィギュアや像を指しながら、次々に質問を浴びせかける。エリシアはその質問攻めに辟易したように、ぶっきらぼうに唸りながら返答した。




「……ぁあもう、もううちも、夜遅いし……おっさんも、なんや具合悪いから静かにせえですわ。」




 彼女はそう言いながら、皿をカウンターに乱暴に置いた。

 エリシアの苛立ちが滲むその態度に、冒険者たちは何となく察して、これ以上問い詰めるのをやめることにした。


 店内の空気はどこか落ち着かないものになり、彼らはこの不思議な「リズムショット」が一体どういうものなのか、いよいよ分からなくなっていた。




 エリシアは、冒険者たちの問いかけを無視するかのように、カウンターの下から錆びついた古い鍋のようなものを取り出した。




 三人の冒険者は、その鍋の見た目に不安を覚えたが、エリシアの動きを黙って見守るしかなかった。




 鍋の中には、何やらドス黒い塊が入っていた。




 エリシアは、その得体の知れない塊を無造作に掴み取り、冷淡な表情のまま細かく千切り始めた。塊はまるで粘土のようにぐにゃりとした質感で、色は異様に暗く、どう見ても食べ物ではなかった。


 エリシアは、その黒い塊を均等に三つに分け、皿の上にぽんぽんと載せていった。彼女の手からは、手垢が染み込んでいそうな薄汚れた跡が垣間見える。


 三人の冒険者たちは、その光景に恐れを抱きながらも、口を挟む勇気がなかった。目の前に並べられた皿の上に乗った謎の物体を見つめ、ただひたすらに固まっていた。




「これ……ヤバくね?」




 一人が小声で呟くが、他の二人も同じ気持ちを共有していた。彼らは、自分たちが一体何に巻き込まれているのか、ますます理解できなくなっていった。


 エリシアは、黒い塊を三つの皿に分け終えると、淡々とした口調で言った。




「まあ、投げたらいいから。」




 冒険者たちは、その言葉に困惑の表情を浮かべた。一人が思い切って尋ねる。




「的は?」




 しかし、エリシアはその質問を完全に無視したまま、カウンターの後ろにある古びた蓄音機に手を伸ばした。埃をかぶった蓄音機のハンドルをぐるりと回し、再生を始める。




 やがて、間延びした奇妙な音楽が流れ始めた。




 音程がずれ、どこか歪んだメロディが店内に漂う。薄暗い空間にその音楽が響き渡り、雰囲気はさらに不気味さを増していく。




「どこに投げるんですか?」




 冒険者の一人が不安そうに尋ねた。


 しかし、エリシアはその質問にも全く反応せず、無言のまま奥の部屋へと戻っていった。彼女が去った後、三人の冒険者たちはあっけに取られ、ただ立ち尽くすしかなかった。


 店内には相変わらず奇妙な音楽が流れ、薄暗い空間に不気味な雰囲気が漂っていた。




 冒険者たちが混乱しながら顔を見合わせていると、突然、奥の引き戸がガラリと開いた。




 その向こうには、エリシアと先ほどの「おっさん」が現れ、二人は三人の冒険者を全く気にせず、ちゃっかりと飯を食べていた。


 目の前で繰り広げられる光景に、冒険者たちは言葉を失い、ただ眺めることしかできなかった。


 しばらくすると、引き戸が再び閉まり、またしても謎の音楽が店内に響き渡った。




 三人が一体どうすればいいのかと途方に暮れていると、二度目に引き戸が開いたとき、目の前の棚の上に何やら的らしきものがぽつんと置かれていた。




 ズンチャズンチャ♪




 奇妙な音楽は続き、冒険者たちはようやくその的らしきものに気づいた。やっと何か行動に移せそうだが、未だに何が起こっているのか理解できないまま、三人はその的に目を凝らしていた。


 冒険者たちは混乱しながらも、棚の上に置かれた的らしきものに気づいた。すると、リーダー格の男が声をあげ的を指差した。




「あれや!あれに当てるんだ!」




 三人の中で最も腕に覚えのある一人が、手元のドス黒い粘土の塊を握りしめた。そして、次に引き戸が開いた瞬間、その粘土を思い切り投げた。




 だが、粘土は予想外の方向へと飛び、壁に向かって直進した。




 壁に「ベチャッ」と音を立ててぶつかり、ずるずると滑り落ちる。棚の上の的には、かすりもしなかった。




 その瞬間、エリシアとおっさんが同時に顔を上げ、冒険者たちを鋭く睨みつけた。




 彼らの表情はまるで「なんやお前?」と言いたげで、言葉がなくてもその怒りが伝わってくるようだった。


 その視線を受けた冒険者たちは、完全にビビり散らかし、目を泳がせながら言い訳を考えるが、口から出るのは震えた声だけだった。




「ご、ごめんなさい……」




 冒険者たちはエリシアとおっさんの冷たい視線に怯えながらも、意地になっていた。失敗のあと、一人が息を整え、声を張り上げた。




「今度は俺が投げる!」




 もう一人の冒険者も負けじと「俺もいく!」と言い、二人は同時に粘土の塊を手に取った。そして、次の瞬間、二人は全力でそれぞれの粘土を的に向かって投げた。




 しかし、結果はまたしてもハズレ。粘土は的をかすりもしなかった。




 さらに、片方の粘土は飛んで行って、ちゃぶ台の上に置かれたスープの皿を掠めるように通過。スープが少し床にこぼれ、染みを作った。




 エリシアとおっさんは、その様子を目の当たりにし、まるで冒険者たちが頭のおかしい連中に見えるかのように、呆然とした顔で彼らを睨んでいた。二人の視線は、言葉以上に強烈な非難を込めていた。


 冒険者たちはその圧倒的な視線に耐えきれず、ついに一人が声を上げた。




「いや、なんやねん!?この店は!?」




 しかし、その叫びは虚しく、店内に響くだけだった。冒険者たちは、今さら後悔と困惑が入り混じった複雑な表情で、途方に暮れていた。


 冒険者たちは何度も粘土を投げ続けたが、命中することはなく、そのたびにエリシアとおっさんはうんざりした様子で睨みつけてきた。


 投げるたびに、二人の視線はますます鋭く、そして苛立ちを隠せない表情になっていった。


 しかし、冒険者たちはそんな視線に怯むことなく、しつこく粘土を投げ続けた。そして、また引き戸が開いた瞬間、二人の鬱陶しそうな視線を感じながらも、冒険者は勢いよく粘土を投げた。




 見事、粘土が的に命中した。


「当たった!」




 冒険者の一人が歓喜の声を上げたが、その喜びは長くは続かなかった。的に当たった瞬間、エリシアとおっさんが同時に舌打ちをし、さらに苛立ちを露わにした表情で、彼らを睨みつけてきた。




 二人の顔には、「飯の邪魔すんな」という無言の非難が明確に表れていた。




 冒険者たちは、せっかくの命中にもかかわらず、むしろ冷や汗をかきながらその場に立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る