正ヒロイン転生

赤井積希

第1話

「異世界でも、こういうところは変わらないんだ」


 移動教室が終わり、戻ってきた時。

 私の机に置いてある教科書の惨状を見て、ふと出た言葉だった。教科書はボロボロに切り刻まれているし、焦げているし、燃えている。

 魔法をこんなことに使うなんて悲しい限りだ。


 くすくすとバカにしているような笑い声がして、そちらに視線を向ければそこにいたのは三人のクラスメイトだった。私が、机の前に立ち尽くしているのがそんなに面白いのだろうか。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。

 きっと、彼女たちが犯人だろう。

 この学園に入学してから、彼女たちには随分と嫌がらせを受けていた。

 ものを隠されたり、教科書のように壊されたり、ひどい時には制服がボロボロになっていたことだってあった。

 彼女たちがこういうことをやる理由に二つ心当たりはある。


 一つ目は魔法の使える貴族しか入れないこの学園、フィオリア魔法学園に私のような平民出身がいるのが気に入らないのだろう。そして二つ目は。


「……どうかしたか?」


 不意に声をかけられ、そちらを向けばそこにいたのは深深海のような青色の髪と太陽のように金色の瞳をもつ一人の男子生徒。私たちが住むサフラニン王国の第一王子であるレオナルド・サフラニン。


「戻ってきたら、教科書がこの有様でして」

「……そうか」


 レオナルドはそう呟いて、教科書に手をかざす。

 瞬く間に光に包まれて時間が巻き戻されるようにボロボロだった教科書が新品同様に戻った。


「ありがとうございます。殿下」

「別に」


 そう呟いて、レオナルドは自分の机に戻っていってしまった。

 そして彼女たちの方に視線を向ければ、悔しそうにこちらを睨んでいる。これが二つ目。

 平民なのに、第一王子であるレオナルドに図々しくも助けてもらっていること。


 それが彼女たちの逆鱗に触れる行為なのだろう。

 

 本来ならば、私のような平民とレオナルドが関わることはないし、私だってこんなに面倒なことになるなら関わり合いになりたくもない。

 けれど仕方ないのだ。


 私、エオリア・フィオネはこの世界のヒロインだから。


 ……別に、頭がおかしいとか、自意識過剰とかそういうわけではない。

 それは純然なる事実なのだ。


 私には、前世の記憶がある。

 前世は月鐘桜という名前で、大学生をしていた。

 友達と遊んだり、ゲームしたり、課題に追われたり、就職活動で苦戦したり。特段、特別なことは何もない大学生。

 ようやく地獄の就職活動を終えて、ゲーム三昧だと喜んでいた時、電車のホームから転落して死んだ。


 次に気がついたら赤ん坊になっていて、これが転生ってやつなんだなぁと実感した。

 まあ感動なんてしていられたのは本当に初めの方だけ。親ガチャに外れて、クソみたいな人生を十四年間送ってきたのだが、つい三ヶ月前。

 とある事件がきっかけで私の中に眠っていた魔力が暴走した。そしてその暴走した魔力を押さえつけた国の偉い人に国王の元に連れて行かれて「救済の魔女」という称号を与えられた。

 そして、その時にこの世界が前世でやっていた乙女ゲーム「救済の魔女と世界の始まり」だったことを知った。


 「救済の魔女と世界の始まり」のストーリーは割とありきたりなものだ。

 魔王が振り撒く厄災に立ち向かうべく、世界で唯一「救済の力」を与えられたヒロインが仲間たちと共に魔王討伐のための旅に出る。

 

 けれど、このゲーム。結構な鬼畜ゲーだった。

 仲間を探す学園パートでは攻略対象の三人を選ぶのだが、学園パートでその三人との親密度が足りなければどんなにレベルが高くても仲間は死ぬし、ヒロインも最終的に魔王とラスボスに勝てずに死ぬ。

 さらに、途中の選択肢を間違えればヤンデレ化してリセットしないと修正不可。最後まで行くと監禁エンドになるという仕様。

 さらにそこまでうまくいったとしても、魔王は全員が90レベルでギリギリ。ラスボスに至っては100レベルになった四人でようやく倒せるといったレベル。

 ハッピーエンド四種類、トゥルーエンド一種類、バッドエンド三十五種類というあまりにも鬼畜仕様。

 

 まあまあ炎上して、クソゲー認定されたゲームではあったが、やり込みと考察が好きな私にはあっていて全エンド攻略したくらいには好きなゲームだった。


 けれど、いくら好きだったゲームとはいえこんな世界に転生はしたくなかった。

 軽率に人は死ぬし、主要キャラは全員悲しい過去持ち。さらにゲームでは親密度やレベルなんてわかりやすいものはあったけど、現実にそんなものなど存在しない。


 どうやって親密度やレベルを確認しろと……?


 まあ、そんなことを思いながらもゲーム通り王様の口添えで攻略対象でありこの国の第一王子であるレオナルド・サフラニンが私の世話役となり、学園パートの舞台、フィオリア魔法学園に入学して私はクラスメイトたちにいじめられ、さらにレオナルドとの親密度もおそらく全く上がらないまま二週間が経とうとしていた。


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2024年12月12日 22:00
2024年12月14日 22:00
2024年12月16日 22:00

正ヒロイン転生 赤井積希 @akaitsumiki

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