1.1 The strange guest



 なんとなく、人通りが多くなってきたように感じる。

 まさか先ほどのやり取りが話題になっているのではないか、すぐに家に引き返すべきではないかと不安が募った。しかし、それは杞憂で……どうやら、昼食の時間が近づいてきたことによる活気らしい。


 幸か不幸か、俺が手に持っている袋にはたくさんのサンドイッチがある。そのため、活気の中に紛れやすかった。

 ただ問題は、このサンドイッチをどうやって一人で消費するかだ。全部食べるほど腹が空いていないし、捨てるのは気が引ける。かといって持ち帰ったりしたら説教項目が増える……しかし、どちらにせよ、貴族の家の身としては、頂いたサンドイッチの数だけ厚意は返さないといけない。そのためには、両親への報告は必須だ。俺だけではどうにもならない。……指輪を外しておかなかったことが悔やまれ、息抜きのために出かけているというのに、家に帰ってやるべきことを思うと、また足取りが重くなる。



「はあ……」



 足を止めて、ため息をつく。

 ビニール袋いっぱいに詰まった厚意がどんどんと重くなっていくように感じた。


 ああ、よくないことが続く。何かいいことはないものか。



「ん?この匂い、それに……」



 俺は通りの先を見た。

 立ち止まっている俺を不思議そうに見つめる人々が次々と通り過ぎていく。その合間を抜けてくる独特の香りと、雑踏の中でもよく響く鈴の音色が聞こえた。その香りと音色の発生源へと、また吸い寄せられるように歩いていくと、賑やかな飲食店が立ち並ぶ間にひっそりと隠れるように『オテル』という名の小さな店があった。取り扱っているものは俺が想定していたとおりで、"占いグッズ"。店先のショーケースには、クリスタルやその他の宝石が並んでいる。その宝石類の美しさは言うまでもなく、俺がこうして眺めている間にも道行く人が足を止め、俺と一緒になってショーケースを見つめて「ほう」とか「へえ」とか「すごい」とか一言だけ感嘆をして去っていく。

 そんな人を5人ほど見送ったところで人通りが途切れたため、俺は静かに店の扉を開いて中へと入った。



「いらっしゃい」



 俺の来訪を、レジ前に座っていた店員が迎える。

 とはいえサンドイッチ店のような温かみはなく、店員はたった一言発しただけで視線すら合わせず新聞を読んでいた。その様子は一般的には無愛想と言われるもので、もしこの場に両親が居たら、この店員の接客態度に文句をつけて恥ずかしいくらい大袈裟なトラブルになったことだろう。

 とはいえ、店員の気持ちはわかる。占いグッズは良くも悪くも目を惹く。先ほどショーケースを眺める人が多かったように、特に購入意欲もないのに店を覗きに来るだけの人が多いのだろうから。


 かく言う俺はというと、意外にも目的があってこの店に入った。なんら特技もない、チェスが強いとか人に自慢できるようなことは何もない。趣味は両親が決めたことをそれなりにやるだけ。そんな俺が、唯一の趣味として、親にさえ隠しているものが"占い"だった。


 趣味の範囲ではあるが、俺は占いを嗜んでいる。

 誰にも話したことがないため、占うのは"自分のこれから"など、自分だけのものだけれど。人生の全てを両親に決められていた俺は自分だけで行う決定の際に不安がつきまとっていたから、つまり……自分に自信がないから、占いに頼ったのだ。

 最初はしょうもないことから──拾った棒切れが右か左かどちらに倒れるかで物事を決めるなどしていた。それがやがて凝り始めて、今はタロットカード占いで落ち着いている。そうして飛び込んだ世界が意外にも広いもので、ひとえにタロットカードと言っても絵柄の違いが様々あり、集めていくうちにコレクションにもなっていた。

 今日この店を訪れたのは、新しいタロットカードデッキを買おうと思った。ちょうど、ビニール袋いっぱいのサンドイッチに困らされていたこともあり、"これからどうするか"を占いたい気持ちもあったのだ。


 それほど広くない店の中ほどまで進んでいくと目当ての占いカードのデッキが入った箱が並べられている。タロットカードといえばこの絵柄と言われるデッキはもちろん置かれており、そのほかにも童話、動物、有名キャラクター、画家と共作したものと、様々な種類がある。カードの大きさも形も様々で、一つ一つ手にとって絵柄を見ながら好みの物、そして手に馴染む物を吟味する。

 タロットカード占いはカードに含まれた意味や絵柄を読み取り、解釈する占いの方法だ。絵柄が違うだけで解釈の幅が広がる。一人では選択ができない俺にとってありがたいものだし、そもそも買いに来ることもめったにできないのだから、多少時間をかけてじっくりと決めることにした。


 10分ほど悩んだ末、結局、どれがいいのか決められなかった。

 自分の意思決定の弱さにうんざりしながらも、店にあるもので持っていないカードデッキのうち、一番最初に手にとった絵柄──竜の絵柄のものを買うことにした。

 そうと決めてからもやっぱり悩み、他のカードデッキにも目移りしていると、よく響く独特な鈴の音とともに店の扉が開かれ、新しい客がやってきた。


 占いグッズの店にマータ家の一人息子が居たという噂を立てられないようにするため、俺はその客人と顔を合わせないように警戒する。

 しかし、新しい客人は品物を吟味している俺の後ろを通り過ぎ、真っ直ぐレジの方へと歩いて行ったようだ。


 その時、俺の気を引く香りが──この店で焚いている香とは別の香りを纏っているその客人が少し気になってしまった。香を纏っているということは高貴な身分の者か、それとも占いを生業にしている者か……そのどちらにしても、俺の興味を誘ったのだ。


 品物を見るふりをしながら横目で店員と客人の様子を伺う。

 客人は男性で東洋の衣服を纏っていた。その衣服の艶めき具合からは、俺の外套の下に着ているマータ家の一張羅よりも上等なものに見えた。



「……ああ、東洋人。観光案内なら他をあたりな。うちはよそ者に親切にするほど暇じゃないんだ。その細長い目をよーく開いて確認してもらいたいものだね」



 新聞を読んでいた店員が客人を一瞥してから冷たく言い、虫でも追い払うかのような仕草をしてみせた。

 無愛想かつ不親切、それから嫌な性格の店員だ。

 観光客らしい客人に言葉が伝わらないと知りながら東洋の人間を揶揄うようなことを言っている。



「……それからそこのガキも。ママのお使いついでに冷やかしに来ているなら邪魔だから帰んな。お前の小遣いで買えるようなものはここには無いぞ」



 さらに、店員は俺に向かって物申した。

 確かに迷ってばかりであったため、冷やかしのように受け取られても文句を言えないが、それにしたって、そんなふうに言われる筋合いはないと思った。一応買い物に来た客としてはしっかりと言い返すべきだが、ただやはり、あまり目立ちたくはない。何も言わずに店を出ようとも思ったが、馬鹿にされっぱなしのあの客人のことも気になるし、せっかく選んだ品物は購入しておきたい。俺はじっと耐えることにした。


 そんな時だった。



「この細い目で確認した上で貴公を尋ねたのだが?嗚呼、すでにあの少年と取り込み中なのであれば、その後でも構わない。……と、先に話しておくがこの目尻の模様は生まれつきだ」



 俺の声とも店員の声とも違う。すると、この場にて声を発する存在は一人で、東洋の客人がかなり流暢に言葉を返した。

 どうやらあの客人はこの国の言語に通じているらしい。

 そんな客人の受け答えに店員は驚いた様子だった。客人に向かって"細い目を開け"と言っていたのに対し、今度は店員自身が目を丸くしていた。そして、バツが悪そうに「何の御用で?」と持っていた新聞をレジ横に置いて客人へ問い返した。



「店のショーケースに"魔石"の取り扱いがあると書いてあったが、それは本当か?」



 魔石──

 特に聴き慣れない物の名前だった。

 ただ客人の言うとおり、店先のショーケースにはクリスタルなどが並べられていた他に、『魔を含む石の取り扱いあります。ご入用の方は直接スタッフまで』と案内札が立てられていたことは俺も確認していた。

 俺はクリスタル類には"まだ"手を出すつもりがなかったから気に留めなかったが、その魔石とやらは"わかる人にはわかる"、そんな代物なのだろう。

 一体どんなものなのだろうか、そしてそんな不思議なものを求めるあの客人はどんな人なのだろうかと少し気になったため、聞き耳を立て、盗み見をする。

 すると、客人に用件を持ちかけられた店員の目の色と態度が少し変わった。



「ああ、"お客さん"。あの石に目をつけるとはお目が高いね。先の無礼は詫びよう。それで、いくら出せる?」



 どうやら"魔石"とは高値で取引されるほど貴重なものらしい。

 店員はレジカウンターに肘をつき、身を乗り出すような姿勢で客人の返答をまった。



「いくら……とは、金のことか?嗚呼、金か。金はつい数時間前に全部持っていかれてしまった。おかげで明日の食い扶持にも困っているから、奴を捕まえるか……いや、それはかなり苦労するだろう。だから何か別の方法を、と考えていたところだ」


「──そんな矢先、この店の魔石の広告を見た、というわけだ。魔石は人の手に余るものであるところ、処分に困っているのなら私が手を貸そう。ただ、先にも言ったが明日の食い扶持にも困っている。できれば、処分費として少しばかり色をつけて……」


「は、何言ってんだお前?貴重な魔石を渡して、その上でお前の食事代まで払えってんのか?」


「嗚呼、気取らない言い方をするとそのとおりだ」



 店員は物凄い形相で客人を睨みつけていた。

 そして特に何も言わず、大きなため息をついて、わざと大きな音をたてて新聞を手に取った。


 店員が怒るのも無理はないとは思った。

 魔石というものがどんなものかは知らないが、貴重な品物として相当な額で仕入れただろう。言い値のような形で売り物にしようとしていたことがその証。しかし、そんな貴重な売り物を、この客人は無償どころか明日の食事代を逆に請求して、さも当然に貰い受けようとしたのである。

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