第12話 再燃、そして忘却

直人「ふぁ~」


翌朝、僕は自然と朝食の時間の前に目を覚ました。


結局、昨晩は2時間くらいしか眠れなかった。


そのせいかなんだが身体が重い。


それと、なんとなく不安で憂鬱な気分だ。


いつものように朝食を済ますが、あまりおいしいとは感じられなかった。


朝食から1時間くらい、何もせず天井を見つめていた。すると、コンコンとドアをノックされた。


看護師「相沢さ~ん、入りますよ~」


ゆっくりと開かれたドアのほうを見ると、昨日僕の部屋にやってきた看護師さんがいた。


看護師「おはようございます。今日の体調はいかがですか?」


直人「おはようございます。体調はまあまあですかね」


看護師「そうですか。体調悪かったら正直におっしゃってくださいね。ちなみに相沢さん、13時から心理教育っていう病気や薬のことについての講座があるんですけど、もしよろしかったら参加されますか?」


僕は正直めんどくさいなと思ったが、断るのも申し訳ないなとも思ったので「参加します」と答えた


看護師「ありがとうございます!では、13時にOT室で待ってますね!」


と看護師さんはそう言いながら去っていった。


直人(うわーすごい面倒くさい…1時間も座っていることできるのかな…)


一抹の不安を抱えながら13時になるまで部屋で過ごした。


時間になり、僕はOT室に向かう。


直人(なんか調子悪い…黒い糸みたいのが空中に飛んでるのが見えるし…大丈夫かなこれ)


ドタキャンするのは僕の教義に反するので、重い足を引きずらせる。


辛い苦しいと心の中で叫びながら、なんとかしてOT室にたどり着いた。


部屋は円形状に机と椅子が並べられており、いつもとは違う様相だった。


看護師「こんにちは相沢さん!来てくれて嬉しいです!こちらの席にどうぞ!」


屈託のない笑顔がまぶしい。


僕は一瞬それにイラっとしたが、会釈を返して指示された席に座る。


僕は入り口に一番近い角の席に座ったが、あたりを見渡すと、横には挨拶をしてくれた看護師さん。その更に横には女性患者。正面の3席には男性陣が陣取っていた。


そして司会進行してくれる女性の人は僕の席から一番遠い、いわゆるお誕生日席に座っていた。


山野「さて、時間になりましたので始めさせていただきます。私、司会進行を務めさせていただく心理士の山野と申します。よろしくお願いいたします。さて、本日話すことは、精神障害の種類と症状についてです。まず前提として精神疾患にかかってしまうと、今までとはまるで人が変わったようになってしまいます。周囲の人も困惑しますが、当人は精神疾患になる前の自分を思い出すことができずに、これが本来の自分なんだと思って落ち込んでしまうのです。」


正直、話の9割は頭に入って来なかった。


そんなことより早く終わってくれ…僕はひたすら心の中で思った。


直人(そうだ!こんな時は瞑想しよう。確かテレビで、呼吸に集中すればイライラが収まるって言ってた!)


僕はおもむろに手を上向きに組んで、膝の上に載せる。


そして目を閉じ、深呼吸をしばらく行っていた。


直人(よし、なんか大丈夫になってきた気がする…)


そう思った僕は目を開けて、授業に再び意識を向けようとした。


ふと正面を見ると、入院患者のおじさんが、目をつぶって深呼吸をしている。


それを見て僕は


直人(あっ、もしかすると僕の考えていることがおじさんにも伝わっちゃったのかな。やっぱり僕はそういった特殊能力があるのかもしれない…)


と思った。


しばらくすると、おじさんの隣の男性も、自分の隣に座っている看護師さんも、みんな瞑想をしているように見えた。


直人(やばい…自分の能力が抑えきれなくなったのか!どうしよう…はっ!もしかしたら、自分の考えがすべて周りの人に伝わっちゃっているのかも…!)


そう考えだすと、途端に頭がぼーっとしだし、手足は小刻みに震え、冷や汗が出てきた。


直人(終われ終われ終われ終われ終われ…)


僕は心の中でひたすら唱えた。


山野「では、これで心理教育を終わりにしたいと思います。皆様お疲れさまでした」


終わった!僕は心の中でガッツポーズをした。


その言葉と同時に、僕は周りに一切目もくれず、一目散に自室へと戻っていった。


ベッドにダイブし毛布にくるまると、僕は過去の嫌だった出来事がいくつもフラッシュバックして頭がおかしくなりそうな感覚に陥った。


気を紛らわすために、ウォークマンを取り出して音楽を聴き始める。


一心不乱にヘッドバンキングをしながら、その音楽に身をゆだねてみた。


すると、その歌っているアーティストが自分に憑依した感覚に陥ったのだ。


直人「もうダメだってくじけそうなときにだけ輝くものが…」


小さな声で歌ってみると、その歌手そっくりの声が自分の口から出てきてびっくりした。


自分はイタコもできるようになったのかと嬉しくなり、我を忘れ大声で歌ってみた。


直人「夜の向こうに答えはあるのかそれを教えて!スターライト!スターライト!」


そんなことをしていたら、何の騒ぎかと思った男性の看護師さんが慌てた表情で部屋に来た。


看護師「相沢さんどうされました!」


突然看護師さんが来て驚き、僕は歌うことをやめた。


しかし、その看護師さんの後に続いて3人の別の看護師さんと僕の主治医がやってきた。


直人(これはまずいことになったぞ…もしかしたら隔離室にまた入れられるかもしれない)


直感的にそう思った僕は「どうされましたか」という先生の問いかけに


直人「えっ、えっと…ちょっと歌いたくなっただけです。うるさくしてごめんなさい」


と震えた声で答えた。


そうすると先生は


先生「なんで歌いたくなったんですか」


と聞かれたので、僕は頭がパニックになり咄嗟に


直人「えっと、悪霊に憑りつかれたからです」


と答えてしまった。


すると先生は一切表情を変えずに


先生「そっか、悪霊に取り憑かれのかぁ…じゃあ少しの間、一人になれる所で休憩しようか」


と言った。


直人(これは許されたのか?)


と思い、僕は「はい」と答えた。


すると両腕を男性看護師二人にがっちりと捕まれ「じゃあいきましょうか」とにこやかに言われた。


直人(やばっ!!休憩しようってそういうことだったのか…騙された!)


と思った僕は


直人「隔離室には行きたくない!嫌だ!嫌だ!」


と必死に抵抗したが、病院食でやせ細った身体では全く太刀打ちできず、半ば引きずられるように隔離室へと運びこまれた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


直人(最悪だ…くそ!もうだれも信用しねぇ…)


空っぽな部屋に運び込まれた後、僕は固い床に座り込んで頭を抱えていた。


直人(頭が割れるように痛い。手足も震えるし…さては、誰か飯に毒を盛ったな!)


心身ともに疲弊してしまい、正常な判断ができず世の中への憎悪と猜疑心でいっぱいになる。


しかし、散々悪態をついた後、どうしてか猛烈に眠くなってしまい、僕はベッドに倒れ込んだ。


そして意識はプツンとそこで途切れてしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


いつまで眠っていたのだろうか


僕は眠る前のような憎しみの感情は一切消えていた。


しかし、倦怠感に襲われ立つことができなかった。


看護師「相沢さん晩御飯ですよ~」


直人(そういえばお腹が空いた…)


直人「あの、立てないのでベッドの近くまで持ってきてもらえませんか?」


看護師「いいですよ~」


僕は目のまえに運び込まれた食事を勢いよく頬張る。


直人「うまい…うまいぞ!」


何回も食べているただの病院食だが、この日ばかりはこの世のものとは思えないほどおいしく感じた。


僕の食事が終わるのを見計らって、看護師さんが下膳しに部屋に来た。


食べ残し一つない食器を見て看護師さんが


看護師「ご飯、しっかり食べられたようですね。良かったです」


と言ってきたが、僕は言葉の真意が理解できず「は…はぁ」とだけ返した。


看護師さんが去った後、僕は何も考えもせずベッドに潜りこんで、ただ天井を見上げていた。


しばらくそうしていると、僕の主治医ではない別の精神科医が回診に来た。


医師「こんばんは、夜の回診に来ました。気分はどうですか」


直人「なんか頭がぼーっとします」


医師「そうですか。ではゆっくり静養なさってくださいね」


直人「…あの!一つ質問したいんですけど、いつになったらこの部屋から出られますか?」


医師「うーんそれは何とも言えませんね。まぁ1週間以内には出られると思いますので安心してください」


それを聞いた途端、1週間もいなきゃいけないのかと絶望した。


直人「そうですか。わかりました」


そう言って僕はそれ以上何も言わずに医師を見送る。


それから僕は、一刻も早くここから出たいがために、ひたすら隔離室で大人しく過ごしたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


騒動から一週間ほど経っただろうか。以前と比べて強い不安感や焦りといったものが抜け、徐々に思考もクリアになり、あれやこれやと考え事ができるようにもなった。


この日の朝、ご飯を取ったあと主治医と2名の看護師さんが部屋に訪ねてきた。


先生「おはよう相沢くん。調子はどう?」


直人「はい、結構良さげです」


先生「そうか、それは良かった。ところで、突然で悪いんだけど今から部屋移動してもらっていいかな?」


直人「えっ?どこに移動するんですか?」


先生「んっ?あぁ、君が1週間前にいた病棟だよ」


直人「…やった!!ここから出られるんですね!嬉しいです!先生、ありがとうございます!」


僕は喜びをありったけ表現した。すると先生は


先生「いやいや、僕は何もしていないよ。相沢くんが頑張ったから、ここから出られることになったんだよ。良かったね」


そんな慈愛に満ちた言葉を聞いて 直人(この人は菩薩なのか?)


と思い、感動すら覚えた。


僕は先生と看護師さんに促され、前いた病棟へと移る。


前と同じく、個室タイプの部屋に通され、僕は己の幸運に感謝した。


諸々の手続きが終わり、しばらく部屋のベッドで休んでいると、突然


直人(そうだ!かのんさんってもしかして僕が隔離室にいる間に退院しちゃったのかな!?)


と、いままですっかり忘れていたことを思い出し、いてもたってもいられなかった僕はナースステーションへと出向いた。


直人「あっすみません!相沢ですけど!安藤さんってもしかしてもう退院しちゃいましたか!?」


看護師「あぁ、安藤さんなら既に退院されてますよ」


その言葉を聞いた瞬間、喪失感に似た何かが心の中で渦巻いた。


直人「そうですか…ありがとうございます」


僕は覇気のない声で応答し、そのまま踵を返してとぼとぼと病室に帰る。


直人「もっと話したいこといっぱいあったのに、お別れすらいえなかった。あぁ…あの時大声で歌わなければ…」


僕は後悔の念で押しつぶされそうなる。


僕はその日、一日中ベッドの上で悶々としていた。


しばらく日が経ち


直人(あっ!そういえばかのんさん、前に僕と同じ学校に通ってるって言っていたから、会おうと思えばいつでも会えるじゃん!)


と、開き直ることができたのだが、それから月日はすぎ、結局慌ただしい日常に忙殺され、ついにはかのんさんの存在すら忘れてしまったのだった。

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