第10話 キミは誰?

       〜半年前〜


頭が混乱している中、病院に運び込まれてその日のうちに入院。


2週間くらい隔離室と呼ばれるトイレとベッド以外何もない部屋に閉じ込められていたが、症状が軽くなったということで晴れて病棟内を自由に行き来できる病棟に移る。


症状が軽くなったといえど頭痛や倦怠感、それと幽霊に憑りつかれてるんじゃないかという妄想に支配されていて、憔悴しきっていた。


調子が悪い時には一日中ベッドで横になっていたが、調子がいい時には本を読んだり廊下をフラフラ歩いたりと好きなようにしていた。


一応スマホも使える許可が医師から降りたのだが、データ通信量を食うのが嫌であまり触らなかった。


そんな僕も、この病棟に移って2週間が経った頃、音楽が聴きたいという気持ちが芽生える。


スマホで音楽を聴くとデータを使ってしまうなと悩んでいたところ、昔買ったウォークマンが家にあるのを思い出した。早速母に、面会の時にウォークマンを持ってくるようLINEで頼んだ。


そして後日、母からウォークマンを手渡され、僕はウキウキしながらイヤホンを繋ぐ。


2000を超す楽曲の中で、その日一番自分の感情にマッチしているものを選んで聴く。


ただそれだけで荒廃した僕の心に一筋の光が差し込むようだった。


ある日、いつものように僕は病棟内を音楽を聴きながらうろちょろしていた。


しばらくすると少し歩き疲れてきたので、OT室の前の廊下に置かれている椅子に腰かけた。


直人「ふぅ…」


座った瞬間、歩いているときには気が付かなかった疲労が一気に解放されていくような感じがした。


…気分が落ち着いているからゆったりとした曲を聴こうかな。


そう思いウォークマンを取り出し選曲する。


これだと思った曲を再生し目をつぶる。


非常に気持ちが良くて、病気であることをその時だけは忘れることができた。


音楽に集中していると突然、左肩をポンポンと叩かれた。


何だろうと思い、どこかへ飛んでいた意識を今に戻し、目を開けた。


左に目を向けると、マンガ本を膝に乗せた僕と同い年くらいの女の子が隣に座っていた。


その女の子はこの病棟に来てから何度か見かけることがあるが『ルックスは悪くないが、惹かれるものはない』という超失礼な印象を持っていた。


しかし、なぜかその子を見るたびに安藤さんのことを思い出すのだ。


もちろん、声をかけたことはなかった。まぁそもそも病棟内で看護師さんと先生以外に喋ったことはないのだが。


僕は、いつの間に隣に座っていたんだと疑問を持ちつつ、用件を聞くために音楽を止め、イヤホンを片耳からとる。


???「何聴いてるの?」


直人「あっ!ごめんなさい、音漏れしてました?」


???「ううん。すごい心地よさそうに音楽を聴いているから、私気になって」


直人「あっそういうことか。えーと、amazarashiっていうバンドの【僕が死のうと思ったのは】っていう曲を聴いています」


???「へぇ~そうなんだ!なんかすごい曲のタイトルだね。どんなところがいいの?」


直人「えっと、この曲に【死ぬことばかり考えてしまうのは きっと生きることに真面目すぎるから】って歌詞があって、毎回聴くたびに泣きそうになるんですよ」


???「……ねぇ、その曲良かったら聴かせてくれる?」


直人「あっ、いいですよ」


そう言って僕はイヤホンを差し出す。


そして曲を巻き戻し、再生ボタンを押した。


6分の曲の間、僕は黙ったまま手元のウォークマンと女の子の顔を交互に見ていた。


最初は普通の顔をしていた女の子だったが、徐々に泣きそうな顔になり、再生時間が4分30秒を過ぎたあたりから涙が頬を伝っていた。


曲が終わり、女の子は静かにイヤホンを取り、少し震えた声で僕にこういった。


???「とてもいい曲だね、聴かせてくれてありがとう」


自分のセンスが認められて嬉しくなったと同時に【ありがとう】といって僕に向けてきた顔は、とても美しく感じた。


僕は一瞬たじろいだ後に


直人「い、いえいえ!気に入ってくれたならこっちも嬉しいです」


???「…ところで、相沢くんはなんで敬語使っているの?」


直人「えっ、基本僕は初対面の人に敬語を使うって決めているので。あなたこそ、なんで僕の名前を知っているんですか?」


一瞬、女の子の表情が憂いを帯びた。


???「あっ…えっと…ほら!給食が配られるとき名前呼ばれるじゃん!相沢さーんって。私、記憶力いいから覚えていて!」


直人「あっそういうことなんですね!すみません、僕、何度も顔は見たことあるのですがあなたの名前を知らなくて…宜しければ教えてくれませんか?」


???「あっ名前…名前ね!えーと…」


女の子が周りをキョロキョロしだす。直人(もしかして聞いちゃダメだったのかな?でも名前言うのがダメな人っているか?)


???「かのん!そう、私の名前は安藤かのん。かのんって呼んで!」


直人(この子の名字安藤っていうのか…偶然の一致もあるもんだな)


直人「分かりました。かのんさんってこれから呼びますね」


かのん「うん!あっ、あっとタメ口で話してくれると嬉しいな。私たち同い年だと思うから」


直人「あっ、分かりました。じゃなくて、分かった」


かのん「あはは、これから慣れていけばいいからね。ねっ、そのあまざらし?っていうバンドの曲もっと教えてよ」


それから僕らはamazarashiの話題で盛り上がった。


僕の話を素直にうんうんと聞いてくれるので、こっちも嬉々としてあれこれと話す。


直人(かのんさんっていい子だな)


素直にそんな感想を抱いた。しばらく人と話していないことも相まり、楽しくてつい2時間も話し続けてしまった。


ふと、かのんさんの表情を見ると、疲れているような顔をしていた。


直人(僕もなんだか疲れてきたし、そろそろお開きにしなければな…)


そう思った僕は


直人「ごめん、かのんさん。少し眠くなってきたから僕、部屋に戻るよ」


かのん「そう…まだ相沢くんこっちに来たばっかだもんね。ごめんね、長いこと付き合わせちゃって。じゃあ、もし良かったら明日も同じ時間にここへ来てくれるかな?またお話ししようよ!」


直人「うん!もちろんいいよ!」


かのん「ホント!?約束だよ!」


僕は、かのんさんに手を振ったあと、足早に病室へと向かった。自室に入るやいなやベットに倒れこむ。その瞬間気絶したかのように眠りに落ちた。


そして、夕食の時だけなんとか起きたことは覚えているが、それ以外は朝までずっと寝てしまっていた。


看護師「相沢さん朝食の時間ですよー。ご飯取りに来てくださーい」


直人(うーん…もう朝か。もっと寝ていたい…)


翌朝、部屋のスピーカーから聞こえる看護師さんの声にたたき起こされ、僕は少し不機嫌になった。


本来ならば、給食の時間までにOT室に行って、そこで配膳される食事を受け取らないとダメなのだが、毎朝決まった時間に起きれず、こうして呼び出されているのだ。


しかたなくベッドから出てその場所に向かう。


直人(今日はパンか…残念。今日はお米の気分なのに)


朝食のメニューは毎回違っていて、お米の日であったりパンの日であったり様々だ。


たまに納豆が献立で出てくる日があるのだが、僕は納豆が大好物のため、その日は幸せな気分でいられる。


僕は自分の部屋に食事が乗せられたトレイを持っていき、静かにパンを食べ始めた。


ものの5分で食事を済ませ、下膳をしにOT室に行って速攻で自室に戻る。


直人(かのんさんとの約束の時間は確か14時だったよな。それまで2度寝しよっと)


僕はそう思い、再びの入眠を試みた。しかし、お腹が減ってしまってどうしても眠れないのである。


この病院の食事はいつも少なめで、このように眠りたくても眠れずイライラすることもしばしば。


ちなみに、その救済措置として月水金の曜日の決まった時間、お菓子や日用品など1階の売店で買ってくるよう看護師さんへ依頼することができるのだが、残念ながら今日は土曜日。


しかも昨日買ったポテトチップスはすでに食べてしまって、もうない。


直人(くそ…どうすれば!)


僕はグーグーと鳴るお腹の音を聞きながらベッドの上で身悶えするのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


横になっていると、いつの間にか昼食の時間になっていた。


僕は足早にOT室に向かう。


部屋には何名かすでに昼食を待機している人がいたが、いくら探してもかのんさんの姿は見えなかった。


「相沢さーん」と名前が呼ばれたので配膳台の方に行き、昼食を受け取る。


直人(おっ、スパゲッティか!ここの病院のスパゲッティは旨いんだよな)


僕は嬉々とした表情で自室に向かった。


自分の部屋に到着すると、配膳トレイをテーブルの上に置き、着席。その刹那、間髪入れずに勢いよく麵をすすった。


お腹が空いていたこともあり、あっという間にたいらげる。


直人(あれ、もうなくなっちゃった。やっぱりご飯ものより麺類は量が少ないよ…)


そんな不満を募らせながら、配膳トレイを返却しに行った。


自室に戻りベットに横になる。すると、ある考えが頭を支配する。


直人(そういえばかのんさんの姿が見えなかったな。もしかして調子悪くて部屋で寝込んでいるのかな?)


一度気になりだすとそれしか考えられなくなって、挙句の果てには


直人(もしかしたら、自分の部屋で死んでいるんじゃ…)


なんてことを思ってしまった。


そんなことはないと言い聞かせても考えが消えてくれないので、気を紛らわすために自室から出て病棟の中を散歩することにした。


音楽を聴きながら歩いていると、不安な思いは徐々に消えていく感じがあり、およそ30分でなんだか楽しい気分になった。


十分運動したと思った僕は、OT室からマンガを数冊借りて、部屋に持って行く。


かのんさんとの約束の時間まで1時間半ある。


僕は少し高揚感を持ったまま、ベッドの上でマンガを読みふけるのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


時刻は14時


もうこんな時間か。そろそろ行かなきゃな。


この日ばかりは、なぜかいつもより時間の経過を遅く感じる。


お腹は今の時点でペコペコだったが、人と会話できるというワクワク感で、空腹を紛らわすことができていた。


自室の扉を開け、OT室前の椅子まで赴く。


彼女は、すでに椅子に座って僕が来るのを待っていた。


僕の存在を見つけると、嬉々とした表情で声をかけてきた。


かのん「あっ、直人くん!来てくれたんだ!」


直人「おっ、おう」


僕はなんだか気恥ずかしくなって顔が紅潮する。


かのん「どうしたの?顔が赤いよ」


直人「いや…別に何でもないよ!てか僕のこと、下の名前で呼んだ?」


かのん「うん!急にごめんね。でもこっちの方がしっくりくるから…だめ、かな…?」


直人「ううん、全然大丈夫!」


かのん「ほんと!ありがとう!」


直人(そういえば、かのんさんに僕の下の名前って教えったっけか。…まぁいいや)


僕は疑問を持ったが、きっと教えたんだと思い、あえて聞かないことにした。


直人(しかし、めっちゃ手汗が出てくるな…もしかしたら、僕はかのんさんに緊張しているのか?)


そんなことを思ったが、それを相手に悟られないように装う。


直人「えっと…か、かのんさん午前中は何やっていたの?」


かのん「ん?午前は外出していたよ!」


症状が軽くなったと主治医が判断すれば、自由に日中、外出することができるのだ。


僕はまだ外出の許可が下りていないので、正直うらやましいと思った。


直人「あっそうなんだ!いいなぁ…ちなみにどこ行ったの?」


かのん「お父さんとお母さんとで近くのファミレスに行ったんだ!久しぶりに3人で食事ができた楽しかったなぁ」


直人「両親と仲いいんだね。どんな話したのかな?」


かのん「えっとね、退院したらどうするかって話をしたかな!」


直人「えっ!ってことは、もうそろそろ退院できそうなの?」


かのん「うん。1週間後に退院することになってるの!」


直人「へぇ~それは良かったね!」


1週間後にかのんさんは退院する。それを聞いた瞬間、せっかく仲良くなったのに寂しいなと思った。


直人「退院したら、すぐに学校に戻るの?」


かのん「うんそうだよ!病状が落ち着いているから退院して1週間ぐらいしたら学校に復帰してもいいって先生が言ってたんだ!みんなとまた会えるのがすごく楽しみ!直人くんも病気治して、早く学校戻ってきてね!」


直人「えっ?学校戻ってきてねって、僕とかのんさん同じ学校だったっけ?」


かのん「あっ…!!」


しまった!という顔を、かのんさんがする。


かのん「う、うん!そうだよ!」


直人「ホント?でも、お互い学校のことって言ってなかったと思うけど…」


かのん「ううん、直人くんのこと学校で見かけたことあるから私、知ってたんだ!」


直人「あっそうだったんだ!えっと、何組なの?」


かのん「それは教えなーい!」


直人「えっ、なんでぇ!」


かのん「教えちゃったら面白くないじゃん。それに、私のことすぐ見つけられると思うから」


直人「でもウチの学校、1学年につき10クラスもあるけど大丈夫かな?」


かのん「大丈夫。きっとすぐ見つけられるよ!もし直人くんが私のこと分からなかったら、こっちから声かける!」


直人「分かった。じゃあ学校で会えること、楽しみにしているよ!」


かのん「うん!ところで、今日お父さんからマンガ貰ったんだけど、そのマンガが面白くてね…」


色々とかのんさんと話しているうちに、またもや2時間たってしまった。


今日の雑談も盛り上がりとても満足できるものであった。


そろそろ切り上げようかと思案していると


かのん「あっ、もうこんな時間だね、疲れちゃう前に今日は終わりにしよっか」


と言ってきてくれた。


僕はその意見に賛成し、「じゃあまた明日」とお互い手を振って別れて自室に戻る


明日もかのんさんに会えるのが楽しみだ。


そう思い、一度ベッドに入りひと眠りした。 

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