第7話 騒動
翌日、僕はけだるい身体を引きずって学校に登校する。
「今日元気ないね、どうしたの?」薫と一緒に登校しているときに、そんなことを言われたが、お腹の調子が悪いと言って適当にごまかした。
教室に到着し、僕は教室をくまなく見渡す。
直人(よかった。まだ、あやかさんは来ていないな)
僕はとりあえず安堵し、平静を装いつつ自分の席に座る。
来栖「おっ来たな直人!ってどうした!元気ないじゃないか!」
渡邊「ホントだ、まるで死んだ魚の目をしているよ。何かあったか?」
直人「い、いや、なんでもないさ。ただ腹が痛いだけだよ」
来栖「そんなわけないじゃないか!俺の目はごまかされないぜ!本当のとこどうなんだ!」
直人「いや、えっとぉ…とてもじゃないけど人に話せないよ」
来栖「直人、まぁ確かに人には言えない秘密は誰しも1つや2つあるかと思う。俺だって、もちろんお前に話していないことはある。でも、そんな見るからに落ち込んでいる友人を目の前にしたら、何か力になってあげたいって思うのが当然だろ?だからほら、何かあったか言ってみ?少しは楽になるぜ」
直人「まぁそこまで言うのなら…」
本当は言いたくなかったのだが、打ち明けることにした。
直人「実は昨日、ある女の子に告白されて…」
来栖・渡邊「えぇぇぇぇ!」
直人「声がでかいな!」
来栖「いや、そり叫びたくもなるわな。お前マジで告白されたのか!?」
直人「あぁそうだよ 真正面から付き合ってくれって。でも断ったんだ」
来栖・渡邊「は?なんで?」
直人「いやなんか突然のことにびっくりして」
来栖「びっくりしたってお前…そんな理由で振るなんて女の子に対して失礼だろ!」
渡邊「そうだぞ!それに告られてまんざらでもなかったんだろ?」
直人「まぁそうなんだけど…」
来栖「なんだよ煮え切らないなぁ。ちなみに告ってきた女の子の名前は?」
直人「それは口が裂けても言えない!」
来栖「なんだよ言えよ~」
2人と談笑をしていると、あやかさんとその取り巻きたちが教室に入ってくる。僕の身体に一気に緊張が走る。
極力あやかさんの方を見ないようにして、会話を楽しんでいた。
しかし、あやかさんたちの会話がどうしても耳に入ってくる。
どうやら、向こうもあやかさんの今日の様子について話しているようだ。
佐倉「そういえばあやか、今日なんだか明るいね。何かいいことでもあった?」
あやか「えっそうかしら!私、テンション高い?」
伊藤「う…うん。なんだか、いつものあやかじゃないみたい」
あやか「あははっ!!それは嬉しいわ!実はね、昨日好きな男子に告白しちゃったの!」
一同「えぇーーー!!」
早見「あやか、それ本当?あんなに低俗な男子には興味がないってたじゃない。」
あやか「ふふっ!たしかに周りの男子は全員低俗で汚らわしいわ。でもその人は違ったの。思いやりがあって知性があって、まさに私にふさわしい人なのよ」
直人はそれを聞いてとても恥ずかしくなった。
直人(これ僕のことじゃないか。ていうか付き合った覚えはないぞ)
佐倉「えー!いいじゃない!素敵!そこまであやかが惚れた男子が誰なのか気になる!」
あやか「うふふ!それはまたの機会に教えてあげるわ」
佐倉「分かった!じゃあ絶対後で教えてね!ところでその男子との初デートはどこだったの?」
あやか「あぁ、近所のカラオケ屋だわ」
佐倉「あっそうなんだ!それ以外はどこ行ったの?」
あやか「ん?そこ以外どこにも行ってないわ」
伊藤「えっ?あっ、あやかちゃん?その人と付き合ったんだよね?付き合う前にカフェとか映画とか行かなかったの?」
あやか「いや、まだ私、その彼と付き合ってないわよ」
伊藤「えっ?どっ、どういうこと?」
あやか「だから、振られちゃったんだってば」
一同「……」
早見「えっと、頭の処理が追いつけない。じゃあなんであやかは振られたのにそんな元気なの?」
あやか「え?なんで元気かって?それはもちろん、あとで必ず付き合うことになるって信じているからよ。そもそも私のことを好きにならない男子なんているわけないじゃない!だから振られたのは何かの間違い。きっと彼はあの日、風邪でも引いていたんだわ」
早見「あやか…さすがにその考えはどうかな。確かにあやかは男子からモテるけど、好きにならない男子もいると思うし」
早見の発言により、瞬時にその場一体の空気が張りつめたものに変わったことは、鈍感な僕でも分かった。
あやか「…はぁ?私の考えが間違っているってわけ?ふーん…そんなこと言うんだ!良いわ、もうあなた達とは絶交よ!二度と口聞かないで頂戴!」
それまで楽しく友人たちと話していたあやかさんだったが、急に怒り出し、教室から走って出て行ってしまった。
佐倉「あっ、ちょっとあやかどこ行くのよ!授業始まっちゃうよ!」
一部始終を見ていた僕は、居ても立ってもいられなくなって教室から飛び出した。
来栖「おい!直人!安藤さん追いかけてどうするんだ!」
直人「どうするって…なんとかするんだよ!」
教室を出て、目視であやかさんが屋上へ向かっているのを確認した。
僕は何故か胸騒ぎがしたので、そこへたどり着く前になんとか彼女を止めようとした。
しかし、向こうの足が速く、必死に追いかけるも結局最後まで追いつくことはできなかった。
屋上につくと、へりのギリギリに立ち、今にも身を投げ出しそうなあやかさんがいた。
直人「何してんだよあやかさん!」
僕は思わず声を荒げた
あやか「直人くん…決まってるでしょ!ここから飛び降りるのよ!」
直人「そんなことして何になるって言うんだ!さ、教室に戻ろう?」
あやか「嫌だわ!みんな私の敵よ!信じていたのに…どうせあなたも私を心の底から嫌っているんでしょ!」
直人「そんなことないよ!僕はあやかさんのこと大切に思っているよ!」
あやか「嘘だわ!じゃあなんで私の誘いを断ったりしたの!」
直人「そっ、それは…」
あやか「ほら、やっぱり答えられないのね。どうせあなたは薫さんのことしか見てないんだわ」
直人「それは違うよ!」
あやか「あら、何が違うのかしら。じゃあ聞くけど、どうしてあの時、私より薫さんのほうが大切だって言ったの?私、深く傷ついたんだから」
直人(あの時って、僕とあやかさんとで薫に電話した時か。もう許されたものかと思っていたけど、あやかさんはまだあれを引きずっていたんだな…)
そう思って僕は
直人「それは…!前も言ったけど、あの時はああ言うしかなかったんだ。僕も後悔しているよ」
と言った。その瞬間、本当に一瞬だが、あやかさんの表情が少し穏やかになった気がした。
あやか「…後悔しているってことは本心は違うのね?」
直人「あぁそうだよ。僕は本当はずっと前からあやかさんのことが…」
突然大きく扉が開かれる。
騒動を嗅ぎつけた先生やクラスのみんなが集まって来たみたいだ
先生「安藤!何をやっているんだ!」
あやか「来ないで!飛び降りるわよ!」
佐倉「あやかごめん!私たちが悪かったよ!そんな傷つけるとは思っていなくて…」
あやか「そんなこと言うなら初めからそういう事言わないでもらえるかしら。それにあなた達とはもう絶交したって言ったわよね!」
伊藤「あやかがそんなこと言っても私たちはずっとあやかの味方だから。大丈夫、落ち着いて」
あやか「そんなこと言ってもわたしは騙されないわよ!もうここから飛び降りてやる!」
先生「やめなさい!」
誰しもが最悪な結果を覚悟したが、いつまで経ってもあやかさんの姿が眼前から消えない。
しばらくの沈黙があってから泣きじゃくる声が聞こえた。
あやか「し…死ねないよ~うえぇぇぇぇん」
あやかさんは、屋上にへたり込んだまま動かなくなった。
先生と男子生徒何人かが急いで彼女に駆け寄り、数人がかりで彼女を抱きかかえ屋上を後にした。
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騒動の後、僕はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
やじ馬でごった返していた屋上だったが、徐々に生徒が教室へと戻っていき、僕も人が減ったと同時に落ち着きを取り戻した。
それを見計らってか、あやかさんの友人たちが僕の前へと近づき、話しかけてきた。
早見「相沢、ありがとね。あんたがいなければあやか死んでたかも。やっぱり私たち、何もできないのかな…」
直人「いや、そんなことないよ、きっと」
早見「あ…ありがとう。ねぇ、あやかが告った男子って相沢のことでしょ。あの子が教室飛び出した瞬間、誰よりも早く追っかけっていったからすぐ分かったわ。あんたもあやかと深い付き合いなら、あの子と病気のことも知っているわよね?」
直人「え?病気?…病気って何のこと?」
佐倉「はぁ~…あんたあやかの病気のことも知らずに付き合っていたの?バッカみたい」
伊藤「まぁまぁ。あやかちゃんも、知られたくなかったから言わなかったんだって。相沢君に罪はないよ」
早見「知らないなら仕方ないわね。じゃあ、私の方からあやかの病気について打ち明けるわ。あやか、実は双極性障害なの。いわゆる躁うつ病ってやつね。この病気の症状って知っているかしら?簡単に言ってしまうと、気分の浮き沈みが大きい人のことをいうの。今日みたいに感情が爆発して手に負えなくなってしまったり、逆に家に閉じこもっちゃって何日も学校に来なくなってしまうのよ。最近は、退院してから少し日が経って安定していたから大丈夫だと思ったんだけどね…」
直人「えっちょっと待って。薄々感じてはいたけど、やっぱりあやかさん、双極性障害だったんだ!それに、あやかさんも精神科病棟に入院していたの?」
伊藤「うん、そうだよ。あの時のあやかちゃん、鬱状態がひどくてね。家に引きこもって食事も睡眠もまともに取れなくなっちゃったらしくて、それで病院に運び込まれたの」
直人「そうだったんだ…ちなみに入院していた病院ってどこか分かる?」
佐倉「えっと確か、所沢精神病院ってとこ。ほら、あやかのお父さんが医院長してる」
その時僕は、なにか脳内のパズルのピースがはまりそうな、そんな気がした。
佐倉「相沢?どうしたの?ボーっとして」
直人「いっ…いや!何でもない!とにかくありがとう!色々教えてくれて」
早見「いやいいのよ。もしかしたら、相沢があやかのことを唯一救ってやれる白馬の王子様なのかもね。あの子のことよろしく頼むわよ」
直人「お…おう!!」
早見「あっちなみに、多分これからあやかは、さっき言ったとこに入院することになると思う。しばらくして落ち着いたらお見舞いに行ってやってよ。きっとあの子喜ぶと思うわ」
直人「うん分かった!必ず行くよ!」
その日、教室では何事もなかったかのように授業が淡々と進められた。しかし、やはりクラスのみんなは動揺して授業どころではなかったようだ。
僕も例外なくひたすら自問自答をしていた。
こんな僕が、果たして精神疾患を持っている彼女の助けになれるのだろうか。そもそも僕自身が病気のコントロールで精いっぱいなのに、他人のことを思いやれるだろうか。
そんな考えが出ては消えを繰り返していた。
【相沢があやかのことを唯一救ってやれる王子様なのかもね。あの子のことよろしく頼むわよ】
この言葉が呪いのように耳について離れない。
この言葉があるせいで、覚悟を持てない自分が情けなく思えてくる。
自己嫌悪に陥りながらその日はなんとか終え、放課後、誰とも会話せずに教室を後にした。
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