第6話 波乱の幕開け

ある日の放課後、今日も何事もなく退屈な授業を終え、僕はいつものようにあやかさんと2人で帰っていた。


あやか「ねぇ直人くん。今夜のラジオでamazarashiがゲスト出演するらしいわよ」


直人「えっ!ホント!?それは知らなかった!絶対聞かなきゃ!」


あやか「うふふ…私も聞くから、ぜひ明日、感想言いあいましょうね」


直人「うん!もちろんだよ!あっ、そうだ。あやかさんから借りていたマンガ、読み終わったから返すね」


あやか「あっ!ありがとう!どう?面白かった?」


直人「うん!すごい良かったよ!このマンガって、あやかさんのお父さんが好きなんだよね?なんか会ったことないけど、君のお父さんとはとても気が合いそうな気がするよ」


あやか「じゃあ…実際会ってみる?」


直人「え?あっ、いやそんなつもりで言ったわけじゃ…」


あやか「ふふっ!冗談よ!でも近いうちに会うことになるかもしれないわね…」


直人「え?どっ、どういう意味!?」


あやか「あはは!そのままの意味よ」


直人(くっ!…また僕はあやかさんにからかわれているよ…!)


そんなことを思っていると


あやか「ねっ、ところで実は今日、大事な話があるの」


と、とても真面目な口調で話し始めた。


直人「ん?なに?そんな改まって」


あやか「えっと…あの…緊張すると途端に人間ってうまく話せなくなるものなのね…」


直人「落ち着いて、ゆっくりでいいよ」


あやか「ありがとう。じゃ…じゃあ…単刀直入に伝えるわ」


そう言ってあやかさんは大きく息を吸った。


あやか「直人君、私と、付き合ってほしいの!」


直人「えっ、えぇぇぇぇ!!!!」


僕は頭が混乱した。なんであやかさんが僕に告白しているんだ?訳が分からない。


直人「ちょっと待って、それ本気なの?」


あやか「えぇ本気だわ。私は直人くんのことが好きで好きでたまらないの。だから…付き合って?」


直人「えっえっと…」


過去、類を見ない勢いで頭がフル回転している。


混乱して咄嗟に僕が導き出した答えは


直人「ごめん!あやかさんとは今は付き合えない!!」


だった。


直人(うわ、言ってしまった…)


そう思ったが、過去は変えられない


あやか「……どうして?私のことが嫌いなのかしら」


あやかさんの顔を僕は見れなかった。


しかし、怒っているのか泣いているのか分からないけれど、感情が今にもあふれ出そうなのはなんとなく分かる。


直人「そうじゃないんだ。ただあやかさんと付き合う度量が僕にはないってだけで…」


あやか「度量?そんなの私は気にしないわ。それに、度量なんて後から鍛えればいいじゃない」


直人「まぁ…それもそうなんだけど…」


あやか「あっ分かった。私と付き合ったら学校中から注目を浴びることになるのが怖いのかしら?その件は心配いらないわよ。学校では今と変わらない関係性を維持するつもり。だから、私と付き合えるわよね?」


長い沈黙


直人「…えーと、あやかさん?どうしたの、なんか今日ヘンだよ?」


あやか「なに?私がヘン…何がヘンって言うの?私は至って正常だわ!」


直人「正常なら僕に付き合ってなんて言わないよ!僕のこと全然好きじゃないくせに。そんな嘘つかないでよ!」


直人(しまった!つい感情的になってしまった!)


ハッと気がついてあやかさんの顔を見たとき、僕はもう手遅れになったことを察した。


あやか「…そう、こんなに私が好きって言うのに、あなたはそんな事言うのね。良いわ、もう直人くんと口聞かないから。さよなら」


直人「ちょっ…ちょっと待って!」


その時、雨が降り出した。


お互い立ち止まり、空を見上げる。


あやか・直人「あっ…」


雨脚は次第に強まり、ザーッという音を立てて降ってきた。


あやか「私の家近いから一緒に来て!」


雨の音にかき消されないよう、彼女は懸命に声を張り上げた。


僕は素直にその指示に従う。


僕達は全力ダッシュであやかさんの家に向かった。


あやかさんは大きな家の前で立ち止まる。どうやらここが彼女の家らしい。


直人(なんだここ、まるで芸能人の家みたいだな)


そう思うほど周りの住宅とは一線を画すほどの存在感を放っている。近所にこんな家があるとは知らなかった。


僕が驚いているのをわき目に、彼女は急いで玄関の暗証番号を解除する。


そのまま僕らは急いで家に転がり込んだ。


お互いびしょびしょになりながら、とりあえず雨をしのげる場所にたどり着き安堵した。


あやか「ここでちょっと待ってて。今タオル持ってくるから」


あやかさんは小走りで駆けていった。


あたりが静寂に包まれた。家の内観も、落ち着かないほど広々としている。ポツンの一人残された僕はふと、さっきあった出来事を思い出す。


直人(あやかさんはなぜ僕に告白なんかしたんだろう…本当に僕のことが好きなのかなぁ…)


甘い妄想の世界に行ってしまいそうだったので


直人(いや、そんなことないか。きっとあやかさんは、いつものように僕をからかっているだけだ)


と、考えを訂正した


直人(でも、僕が告白を受け入れなかった時、なんであんなに怒っていたんだろう?もしかして本気で彼女は僕のことを…)


シーソーのように考えが行ったり来たりしているのも束の間、ものの数分であやかさんが戻ってきた。


あやか「これ使って。あと、よければうちのシャワー浴びていってね。このまま帰ると風邪をひいてしまうわ」


直人「あ…ありがとう…」


早口で話されて僕は困惑し、その一言しか言えなかった。


僕は一通り体をふき終わり、あやかさんとともに果てしなく長い廊下に足を踏み入れる。


あやか「お風呂場の場所案内するから、ついてきて」


僕は大人しくあやかさんの後をついていった。それにしてもどれだけ部屋があるんだって思うくらい扉があるのが印象的だった。


あやかさんの足が止まる。どうやらここが風呂場のようだ。


あやか「じゃあ私も2階のお風呂場でシャワー浴びてくるから。着替えは脱衣所に置いてあるわ。私のお父さんのやつだけどゴメンね。あと、先に終わったら私の部屋に入ってくつろいでもらっていいわ。部屋は2階で、扉に【あやか】っていうプレートが掛けられているからすぐに分かると思う」


直人「う…うん、わかった」


あやか「じゃあ、またあとで」


あやかさんと別れて、風呂場に入る。中はピカピカに掃除が行き届いていた。


早速シャワーからお湯を出すと、僕は無心で体を洗う。


垢と同時に、心の汚い部分も洗い流されていくようだった。


一通り体を洗い、ものの10分で風呂場から出た。


脱衣所の棚に置かれていた、あやかさんのお父さんのものと思わるTシャツを手に取る。


直人「いやこれ着るのか…」


そのTシャツにはデカデカと茄子の画像がプリントされていた。


かなりの抵抗感はあったものの、それを着て風呂場を後にした。


玄関の方に2階へと続く階段があったのを思い出し、そちらへと向かう。


2階へ上がって、あやかさんの部屋を探す。


直人(えっと…あやかさんの部屋はどこだろう)


1階と同じで扉が何個もあり、見つけるのにとても苦労したが、無事に【あやか】と書いてあるネームプレートを発見した。


直人「ここか…本当に入って大丈夫かな?」


僕は扉の前でどぎまぎとした。薫の部屋には何度か出入りしているので、女子の部屋に入るのは抵抗がないと思っていたが、これは別格である。


とりあえず扉をノックする。あやかさんはまだ帰ってきていないようだ。


意を決してドアノブをひねり、中に入る。


その瞬間、女の子特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。一瞬その匂いにクラっと来てしまったが理性の力で踏ん張った。


部屋の中はきれいに整頓されており、ベッドや化粧台、勉強机など必要なものは一通りあった。


部屋は、家の大きさに見合わずこじんまりとしていて、普通の女の子の部屋だなという感想を持つ。


とりあえずベッド横に中くらいのローテーブルがあったのでその近くに座る。


あたりをきょろきょろと見まわす。自分は今、好きな人の部屋にいるんだと考えて顔が真っ赤になった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


10分くらいが経過しただろうか。部屋をノックする音が聞こえた。


あやか「直人君、入るわよ」


直人「う…うん」


ガチャ


あやか「ふふっ、やっぱり思った通りだわ。そのTシャツ似合ってる」


直人「いやこんな茄子のTシャツのどこが似合ってるんだよ!もっとほかにいいの無かったの?」


あやか「いや、無地のTシャツしかなかったわ」


直人「普通のあるじゃん!」


あやか「あはは!まぁ面白いからいいじゃない。ところで隣座っていいかしら」


直人「えっ!う…うん」


直人(僕の向かいじゃなくて、なんでわざわざ隣に座るの!?)とは思ったが、突然言われて処理が追いつけなかった。


そして、無言であやかさんは僕の横にピッタリと座った。


直人「…ちょっと近くない?」


あやか「ふふ…そうかしら?普通だと思うけど」


髪から発しているシャンプーの匂いと僕の体にピッタリとくっつくあやかさんの肌。


僕は理性を保つので必死だった。


あやか「ねぇ直人くん、さっきはごめんなさい。取り乱しちゃって」


直人「いやいいよ、僕もちょっとあやかさんのこと傷つけちゃったかもしれないし」


あやか「あら、直人君は本当にやさしいのね。そういうところが好きよ」


直人「好きって…あれ冗談じゃなかったの!?」


あやか「私がいつ噓をついたって言ったかしら。私はいつだって本当のことしか言わないわよ。でも私、フラれちゃったのね。残念だわ」


直人「あ…あの時は突然のことでびっくりしたから…」


あやか「ならまだチャンスがあるってことかしら?」


直人「ははっ…わ、分からないけどね…」


あやか「ふふ…じゃあ、私、ちょっと期待しているわ」


直人「あはは…」


シーンと部屋は静まり返る。


直人(あやかさんが気を使って話を盛り上げようとしてくれてはいるけど、あんなことがあった後だもの、やっぱり無理があるよ!)


という僕の心中を知ってか知らずかあやかさんは


あやか「…ところでお茶を出すのを忘れていたわ。汲みに行くからちょっと待っててね」


と言ってきたため、内心かなりホッとした。


しかし、あやかさんが立ち上がろうとした瞬間、僕の横にくっついていたのが災いしてか、彼女がよろめいて倒れてしまった。


あやか「キャッ…!!」


直人「あっ危ない!!」


とっさに僕は仰向けにの態勢になってあやかさんを庇った。


その結果あやかさんが僕に馬乗りになる。


……静寂が訪れる。


直人「…だ、大丈夫だった?」


あやか「え…えぇ…大丈夫」


それからしばらく無言の時間が流れる。


多分、そうしている時間はものの数分だっただろうが、僕には悠久の時に感じられた。


直人(あやかさん、そろそろどかないのかな?)


そんなことを考えてあやかさんの目を見ると、なんだかトロンとしていた。


本能的にやばいと感じた僕は、とりあえず、どいてもらえるように言った。


直人「ね…ねぇあやかさん?そろそろ、どいてもらえると助かるんだけど…」


あやか「…なんでそんなこというの?こんなに幸せなのに、どけなんて意地悪だわ」


直人「いや、でもそうしないとお茶汲みに行けないでしょ?って、うわっ!」


突然、あやかさんが顔を僕の顔に近づけてきた。一歩間違えば口が触れ合ってしまいそうだ。


あやか「うふふ。分かっているわ。あなたも本当はこの状況に興奮しているんでしょ?私、知っているの。あなたは、私のことが好きで好きで仕方がないってこと。ねぇ、直人君って、実は毎日私を犯す妄想ばかりしていたんでしょう?不潔ね。まぁでも、許すわ。だって直人君は、私の運命の人だから。さぁ、早く一つになりましょう?」


あやかさんは、おもむろに服を脱ぎだした。Yシャツのボタンを外し、インナーも脱ぎ捨て、白い肌が露わになる。直人(これは何とかしないと本気でやばい!)


そう思った僕は


直人「やめて!」


と全力で声を張り上げた。


彼女が一瞬だけ怯んだその隙に、上半身に目一杯力を込めてあやかさんを突き飛ばした。


あやか「いたっ…!!」


僕は体を起こし、呆然としてへたり込んでいるあやかさんを見下げながらこういった。


直人「きょっ、今日は帰るね!じゃ!」


かばんや濡れた衣類を拾い上げ、あやかさんの部屋から脱出する。僕は来た道を戻って急いで外に出た。さっきまでの雷雨はやみ、夕日が差し込んでいた。


僕はさっきまでのことがまだ整理しきれておらず、頭の中がぐちゃぐちゃのまま早足で自分の家へと向かう。


直人「くそっ!明日どんな顔して会えばいいんだよ…」


僕はすさまじい不安を抱えながら帰路につくのであった。

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