第5話 初めてのデート?
あやかさんに無理やり引っ張られて連れてこられたのは、駅前の商店街にある大きなカラオケボックスだ。ちなみに、この地域で一番安い料金が売りで、来栖からもらった割引券が使える店舗もここである。
あやか「やっぱ歌うならbunbun一択よね!さぁ入りましょうか」
僕はまだ頭が混乱しているため、訳も分からぬままあやかさんの指示に従った。
あやか「すみません、2名なんですけど入れますか?はい、はい、あっ、会員アプリあります」
スムーズに受付を済ませていく。きっとあやかさんのことだから友達とカラオケに行く機会が多いのだろう。
それにしても受付の男性店員の(えっ!こいつがこの子のツレなの!?)
という驚きと蔑みがミックスされた何とも言えない顔が気になる。
そんなことを考えていたら受付が終わったようだ。
あやか「じゃあ部屋、108号室だから、行きましょうか」
直人「あっ…うん」
これから二人っきりになるという緊張で声も身体もガチガチになってしまっている。あやかさんはこの状況をどう思っているのだろうか。
頭が真っ白になりながら、あやかさんの後ろを金魚の糞みたいにくっついていくと108号室の前にたどり着いた。
ガチャ
あやかさんは何のためらいもなく部屋のドアを開けた。
あやか「どうやらあの店員さん広めの部屋をとってくれたみたい。なかなか気が利くわね。あっ、直人くん、先座っていいわよ」
直人「あっ…はい」
そう返事をして僕はコの字型のソファの真ん中より少し左側に座る。その直後、自分の右側にあやかさんがビタッとくっつくように座った。
直人(!?!?!?!?!?)
僕は頭がますます混乱し、パニックになりかけた。あやかさんの体温と匂いがこちらへ伝わってくる。
僕は火照りと冷や汗が止まらず、平常心を保つので精いっぱいだった。
あやか「どうしよう…何歌おうかな…あっ!私から先に歌っても大丈夫かしら?」
直人「あっう…うん…別に…」
あやか「そう、ありがとう」
直人(いやなんでそんな冷静でいられるのよ!)
そんな脳内突っ込みをしつつも
直人(やっぱりあやかさんは、僕のことなんてなんとも思ってなくて、ただシャイな男子をからかうのが好きなだけなんだな…)なんて卑屈になり、軽く落ち込んだ。
あやか「うーん…じゃあ、この曲にしようかしら」
ピッ
モニターに映し出された曲はアニメ【からかい上手の高木さん】の主題歌【言わないけどね。】だった。
あやかさんはマイクを手に取り、立ち上がって歌いだす。
あやか「勘違いされちゃったっていいよ 君とならなんて 思ってったって言わないけどね♪」
直人(えっ、勘違いしちゃっていいんですか!?)
そう思い、今まで沈んでいた心がパッと明るくなった。
なんだか今日の僕の感情は、上がったり下がったりとせわしない。
直人(…それにしてもあやかさん歌うまいな。普通に聞き入ってしまうぞ)
歌に聞き入っていると、自然と乱れた心が落ち着ていくのを感じた。
曲が終わり、あやかさんはマイクを机に置く。
僕は精一杯拍手をする。
直人「すごい良かったよ!あやかさんって歌うのも得意なんだね!」
あやか「ふふっ!そう言ってもらえると嬉しいわ。この曲好きで何度も練習したから自信があるの!」
そう言ってゆっくりとソファに座りなおす。やっぱり距離が近い。
僕は、いままで消えていた緊張感を一気に思い出した。
直人「あっ…あーそうなんだねぇ…えっと…あやかさんってこういうアニメも見るんだぁ」
あやか「意外かしら?実は昔からアニメは好きでよく見るのよ。【からかい上手の高木さん】は私の好きなアニメの一つでもあるわね。なんかヒロインの高木さんの一途さと健気さにとても共感しちゃって」
直人「へーそうなんだー」
あやか「うんそうなの!…ところで直人君、いま緊張してる?歌うと緊張ほぐれるわよ!ほら!」
そういって彼女はデンモクを差し出す。
直人(いやこの状況、誰だって緊張するでしょ!)
またも脳内ツッコミを入れたところで、あやかさんに促されたとおりに歌いたい曲を探す。
しかし、当然今日女の子とカラオケ屋に来ることは想定していなかったため、女子受けしそうなセットリストを作成していない。
それに、隣に好きな子がいるという状況も相まって、曲探しはとても難航した。
それに見かねたあやかさんが声をかける
あやか「…いいのよ、私に気を使って女子受けするような曲を歌わなくって。直人君の好きな曲を歌っていいの。むしろその方が私、嬉しいわ」
直人「あっうん、ありがとう」
その言葉を聞いて吹っ切れた僕は、彼女にどう思われてもいいと自分の大好きな曲を選曲した。
モニターには【amazarashi スターライト】と映し出される。
僕もあやかさんを見習って、その場で立ち上がる。
直人「愛する人は守れカムパネルラ 弱気は捨てろ スターライト!スターライト!きっと悪いことばかりじゃないよ 隣にあなたがいるなら」
歌っている最中はいわゆるゾーンに入っていて、あやかさんがすぐそばにいることさえも忘れ、自分の世界に没入していた。
直人「いつか全てが上手くいくなら 涙は通り過ぎる駅だ」
力を振り絞って最後まで歌い切り、少し汗ばんだ額をぬぐいマイクを置いた。
パチパチパチパチ
あやかさんから万来の拍手が送られる。
あやか「直人君すごい!私、あまりに良すぎて感動してしまったわ!やっぱりあなたにはボーカルの才能があるのよ。私の目に狂いはなかったわね」
直人「いやそんな…褒めすぎだよあやかさん!」
あやか「あははっ!でも私が言ったことはすべて本当だわ。もっと堂々と誇ってもいいのよ。それにしてもやっぱりamazarashiはいいわね」
直人「えっ?もしかしてあやかさん、amazarashi知っているの?」
あやか「あっ…まっ、まぁそうね。ある友達に薦められて…」
直人「へぇ~そうなんだ!嬉しいな、身近にこのバンドのファンがいたなんて!クラスでこのバンド知っているの僕だけかと思ってたよ」
あやか「ふふっ!私も、直人くんと同じ感性を持っていて嬉しく思うわ。ねぇ、もし良かったら、もっとamazarashiの曲、歌ってくれないかしら。私、あなたの歌声が好きみたいだから」
直人「う…うん!いいよ…!」
歌声が好きと言われて、僕は飛び上がりたくなるほど嬉しくなった。それにしても、あやかさんはいつも人を喜ばせることばかり言ってくる。その周りへの気配りが、全校生徒から羨望のまなざしを向けられている一番の理由なのだろう。
何曲か交互に歌っていると、突然あやかさんがこんなことを言い出した。
あやか「あっそうだ!直人君にぜひ歌ってほしい曲があるの!」
直人「えっ?な、何の曲?」
直人(まさか、リクエストされるとは!…流行りの曲とか言われてもうまく歌える自信ないぞ?)
あやか「えっと…私の大好きな曲なんだけど…amazarashiの【僕が死のうと思ったのは】を歌ってほしいの!」
直人「え?本当にその曲でいいの?」
あやか「うん!この曲がいいの」
あやかさんの目がすごいキラキラしている。
僕はその目に圧倒され、分かったと返事をした。
タイトルが強烈なため、普通の女の子なら食わず嫌いしそうだが、まさかあやかさんがこの曲を好きだとは思わなかった。
直人(この曲、めちゃくちゃいい曲だから僕も好きなんだよね。リクエストされたからにはしっかり歌うぞ!)
僕は決心して、マイクを手に取った。
スピーカーからイントロが流れ始める。
直人「僕が死のうと思ったのはウミネコが桟橋で鳴いたから 波のまにまに浮かんで消える過去も啄んで飛んでいけ」
僕は、一生懸命に歌いすぎて、途中なんだか目頭が熱くなってきた。
そして曲は佳境にさしかかる。
直人「僕が死のうと思ったのは まだあなたに出会ってなかったから あなたのような人が生まれた 世界を少し好きになったよ あなたのような人が生きてる 世界に少し期待するよ」
僕は少し放心状態で、最後のフレーズを歌い切り、マイクを置いた。
静かに曲が終わると、あやかさんのすすり泣く声だけが部屋に響いていた。
あやか「すん…すん…直人君の歌声、とっても心に響いたわ…」
直人「あっ、ありがとう。それにしても、この曲知ってるなんて、あやかさん相当ファンだね」
あやか「ふふっ、そうかもしれないわね。この曲は私にとって、とても大切な歌なの。いつも心の支えしているわ」
直人「そうなんだ、あやかさんって、かなり感性が鋭いんだね」
あやか「ありがとう。そう言って褒めてくれるのは直人君だけよ。でも、この感性が身についたのは…他でもない君のお陰かもね」
直人「ん?ごめんそれってどういう…」
あやか「さっ!まだまだ時間あるから私も直人君を泣かせる歌、歌っちゃおうかしら。多分あなたも共感できると思うの」
直人「へ、へぇ…すごい楽しみだな」
うまい事はぐらかされたのは少々気になったが、あやかさんの言う泣かせる曲が何なのか気になり、モニターを見た。
画面には【HY】の【366日】という文字が映し出された。
直人(いやバリバリの失恋ソングやないかい!)
僕は心の中で盛大にツッコんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そんなこんなで、カラオケを楽しんでいたら結構時間が経っていた。
プルルルルル
部屋の受話器が鳴る。
僕は歌っている最中だったため、あやかさんが出た。
あやか「はい」
店員「終了10分前です。延長はなさいますか?」
あやか「いや、大丈夫です」
店員「あっ、分かりましたー」
プツッ
あやかさんが電話を切ったと同時にくらいに今歌っている曲も終わった。
あやか「じゃあ、時間のようだし、そろそろ出ましょうか」
直人「あっ…う、うん」
もっとあやかさんと一緒に歌っていたいと思ったが、気持ちをぐっとこらえ、帰り支度を始めた。
直人「あっ、そうだ!ここのカラオケ屋のクーポン、来栖からもらってたんだ!帰りレジで使おうよ」
あやか「あっそうなのね、もちろんいいわよ」
まさか、クーポン問題がこのような形で解決するとは夢にも思わなかった。
直人(物事って、なんだかんだ上手くいくようにできているんだなぁ)
そんなことを思いながら、僕はあやかさんの後に続くようにそそくさと部屋を出た。
カラオケ屋を後にした僕らは、店の前で少し雑談した。
あやか「いやー歌ったわね!とっても楽しかった!私、こんな楽しい時間は久しぶりだわ!」
直人「そんな大げさな。もっと楽しいことなんていくらでもあるでしょ?」
あやか「いや、本当のことよ。だって直人君が一緒ならどこだって楽しいんだもの」
直人「えっ!そっ…それってどういう…」
あやか「うふふ…意味は自分で考えてね!」
直人(くそっ!すごいドキドキする!!いっそのこと一思いにやってくれ!!)
そんなあやかさんの思わせぶりな態度に翻弄されながら、僕は気になっていることをあやかさんに尋ねてみた。
直人「ねぇ…あやかさん、なんでこんなにも僕のことを気にかけてくれるようになったの?」
一瞬の間の後、あやかさんは聞き取れるか聞き取れないかギリギリの声で、こう言った。
あやか「…やっぱり分からないんだね」
僕は「う…うん?」と聞き返す。
あやか「あぁごめんなさい。直人君のことを気にかけるようになった理由かぁ…。特にないわ!なんか気になって!」
直人「えぇーなんだそれ」
あやか「ふふっ!でも、いつかその理由がわかる日が来るかもね!じゃあ、私こっちだから、また来週学校で!」
直人「あっ!うっ…うん。また来週…」
駆け足で夜の街へと溶けていく彼女を、僕はただ見送ることしかできなかった。
ポツンとカラオケ屋の前で一人残された後「さぁ帰るか」と独り言をつぶやいて僕は歩き出した。
直人(『やっぱり分からないんだね』って言った時のあやかさん、なんだかとっても哀しそうな表情してたな。もしかしてまずいこと聞いちゃったかな?でも、考えすぎってこともあるか…)
そして僕はこうも思った
直人(しかし結局、彼女が僕にぐいぐいと来るようになった理由は分からずじまいだったなー本当になんでなんだろ?)
逃げるようにあやかさんが去ってしまったことで謎はさらに深まり、帰り道はひたすらそんなことを考えていた。
直人(あぁー、誰かに「最近、好きな子が積極的過ぎて困っているんですよー」なんて相談できたらなー。まぁ、ただのノロケと思われるのがオチだろうけど)
ひとり悶々としながら、僕は今日も眠りについたのであった。
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