第3話 許されたのか?
翌朝、僕はいつもの時間に起き、いつものように身支度をしていた。
ピンポーン
インターホンのチャイムが鳴る。
こんな朝っぱらから来訪するのは、あいつしかいない。
薫「すみませーん前田ですけど。直人君いますか?」
母「あら~薫ちゃん、おはよう。昨日は来なくて心配したわ。もうすぐ直人、着替え終わるから下で待っててくれる?」
薫「はーい」
直人(薫のほうから家まで迎えに来たってことは、やはり許されたのか?)
そういった淡い期待を抱きながら、準備を整えた。
「いってきます」と母親に挨拶をかわし、外に出る。
1階までエレベーターで下り、小走りであいつのもとへと向かう。
薫「あっ、おにぃ、お、おはよう…」
薫は短い前髪をくるくるとしながら照れくさそうに言った。
直人「おっ、おう」
僕もそれに共鳴するようになんだか恥ずかしくなった。
昨日の一件があったためか、僕と薫は謎に牽制しあっている。
そしてお互い視線が下を向いてしまい、黙り込む。
薫「…じゃっ!がっ、学校、行こうか!」
直人「そっ、そうだな!」
僕らはどこか居心地の悪さを感じながら歩きだした。
直人「あのさ、一昨日は本当にごめん!昨日電話で謝ったけど、やっぱり直接会って言わないとなって…」
僕は率直な気持ちを薫にぶつけた。すると薫は
薫「なんだ、そんなことか…昨日も言ったけど私、もう怒ってないよ」
直人「本当に、そうなの?」
薫「うん!なにせ、あのあやか様とかいう奴のことなんて、もうどーでも良くなるような嬉しいことがあったからね!」
直人「あっふーんそうなんだ。それは良かったねぇ」
僕はその”嬉しいこと”が何なのか大体察しがついたが、面倒な話の展開になりそうだったので、シラを切る。
薫「な~にその態度ぉ…まぁいいけど。じゃあとりあえず、おにぃ…手繋いでみよっか?」
直人「え?急にどうした?」
薫「だから!私のこと大切に思ってるんでしょ?だったらほら…んっ!」
そう言って薫は左手を僕に差し出してくる。
直人「いやぁ、ちょっと急に言われても、心の準備が…」
薫「私だって恥ずかしいよ!でもこれは通過儀礼というか、イニシエーションというか…」
直人「いやぁ、でもなぁ」
薫「何?嫌なの?そっかぁ、やっぱり電話越しで言ってたあの言葉って嘘だったんだ」
まずい、薫の怒りのパラメーターが上昇してきた。僕はすかさずフォローに入る。
直人「いやっ、そんなことないよ!薫は、僕にとって最高の幼馴染だよ!」
嘘は言っていない。そう心に言い聞かせて薫の次の言葉を待つ
薫「最高の幼馴染か…悪くない表現だけど…まぁ仕方ない、今はそれで許すよ。おにぃも恥ずかしがり屋だもんね!じゃあ、いつかおにぃの口から正直な気持ちが聞けることを楽しみに待ってるよ!」
直人「おっ…おう…」
直人(良かったぁ~なんとか荒波を立てることなく、この場を収めることができた!薫よ、頼むから心臓に悪いことはこれからも言わないでくれ)
そんなことを思いながら別の話題に花を咲かせていると、あっという間に学校に着いた。
直人「じゃあ、またお昼休みに屋上で」
薫「うっ、うん!」
そう言って薫と別れ、僕は自分の教室へと向かった。
直人(あっそういえば安藤さん、昨日の一件でなにか誤解していないかな?もしそうだとしたら、なんだか会いづらい…)
と思い、教室に行く足取りが若干重くなったが、覚悟を決める。
ガラガラ
扉を開けると、安藤さんは…いた!
いつものように友人たちと自席で談笑している。
安藤さんは黒板の方向に身体を向けていたが、僕が教室に入ると彼女はチラッと後ろの方を見た。
その時、僕は安藤さんとバッチリ目があってしまった。
僕は一瞬ドキッとしたが、何事もなかったかの様に彼女は前に向き直る。
直人(えっ…、もしかして安藤さんに嫌われた!?やっぱり昨日の僕の言動は良くなかったのかな…)
そんなことを思ったが、それを直接安藤さんに聞く勇気がなく、ただ黙って自席で悶々とするしかなかった。
そして、いつの間に午前の授業が終わっていた。
直人(くっ…!!結局話しかけずにこの時間になってしまった。誤解を解くにはこの昼休みしかない…!本当はすごい緊張するから嫌なんだけど…いや、男を見せるんだ!直人!)
なんとか自分を奮い立たせ、安藤さんの席までツタツタと歩いていく。
安藤さんのそばまで来た僕は、思い切って彼女に声をかけた。
直人「あっ…あの…あの安藤さん?ちょ…ちょっと話いいかな?」
直人(まずい!思った以上に、どもってしまったぞ!)
あやか「あっ!直人君!悪いんだけど、これから委員会の集まりがあって…また後でもいいかしら?」
直人「あっ、う…うん。全然大丈夫だよー」
普通に断られて、結構落ち込んだ。
直人(しょうがない…屋上行くか…)
僕は薫と昼食を食べるために、とぼとぼと屋上に向かった。
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直人「はぁああああ…」
薫「どうしたの、そんなため息ついて」
直人「いっ…いや!何でもないっ!それよりご飯食べようぜ!」
薫「あっ!はぐらかした!いいんだよ?悩み打ち明けて。だって私はおにぃのカノ…ゲフンゲフン!最高の幼馴染みだからね!」
直人「ハハハ…ありがとう…まぁでも全然大した話じゃないから大丈夫だよ」
薫「ふ~ん、まぁ言いたくなったら言ってよね!私、心配だから!」
直人「うん、分かったよ」
薫「…そういえば、今日はあの女いないみたいね」
直人「今日は委員会の集まりがあるらしいから来ないらしいよ。それにしても薫、まだ安藤さんのこと嫌ってんのか」
薫「ふん、あいつがいると、おにぃとあんま会話できないから嫌なのよ!それに、おにぃは私のものだし…」
直人「んっごめん最後のほう聞き取れなかった。もう一回言って」
薫「いや、なんでもない!それよりおにぃ、今日は薬飲まなくていいの?」
直人「あっ忘れてた!えっとポケットに入れたはず…」
そう言って僕はズボンの右ポケットをまさぐった。
直人「あれ?ない!もしかしてどっかに落としたかな…」
薫「え、ないの?じゃあ教室見てきたら?そこにあるかも」
直人「そうだな。ごめん、ちょっと教室まで見てくるよ」
そう言って、僕は急いで教室に戻った。
教室に着き、自分の机の上をみると、なぜか僕の薬がポンとそこに置いてあるのに気がついた。
直人(あれ?なんでこんなところに置いてあるんだろう…)
と思ったが、気にせずそれを手に取り、僕は薫の元へと戻った。
直人「ごめんごめん!机の上に置いてあったわ」
薫「おにぃ、自分がどこに大切なものを置いたのか、ちゃんと覚えておかないと!もしかしてこの歳でぼけちゃった?」
直人「ボケとらんわ!」
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何事もなくお昼休みが終わり、僕は教室へと戻る。
戻ったタイミングで来栖と渡邊がいたので、薬の件を聞いてみたが全く知らないらしい。
直人(いったい誰だろうな。僕の机に薬置いてくれたの。もしかして薫の言う通り、ボケちゃったのか?)
そんなことを考えていたら、いつのまにか放課後になっていた。
来栖「おう、直人!じゃあまた明日な。あっ、そうだ!明日の放課後にカラオケ行くこと忘れんなよ!」
渡邊「そうそう、直人の歌声楽しみにしてるんだから、コンディションちゃんと整えてくるんだぞ」
直人「うん、わかった。二人ともまた明日!」
僕は、教室を出て階段へと向かう。
直人(あれ?何か忘れてような気がする…あっそうだ!まだ、安藤さんときちんと話してなかった!)
そう思い立ち、僕は踵を返そうとする
すると後ろから僕を呼ぶ声がした。
「直人君!ちょっと待って!」
直人「んっ?あぁ、安藤さん!」
あやか「ハァハァ…直人くんって、ホームルーム終わったらいつもすぐ帰るのね。急いで声かけて正解だったわ。で、用件なんだけど、良かったら今日も私と一緒に帰らない?」
直人「えっ?あ、あぁ、もちろんいいよ!」
ということで、僕は安藤さんとまた一緒に帰ることになった。
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あやか「今日のお昼はごめんなさい!せっかく直人君のほうから話しかけてくれたのに無下に断ったりして…」
直人「いや、いいんだよ。委員会だから仕方ないもんね。それに、安藤さんのほうから一緒に帰ろうって声かけてくれたおかげで、こうしてゆっくり話ができるよ。ありがとう」
あやか「いや、こちらこそ、直人君と二人きりで話せて嬉しいわ。で、確か直人君、私に話があるのよね?一体なにかしら」
直人「うん…単刀直入に聞くけど、昨日の放課後、薫と電話している時に僕は『薫の方が大切に決まってる!』って言ったよね。まぁ大切っちゃ大切なんだけど、恋愛的な好きとか、そういうんじゃないってことを安藤さんに伝えたくて」
あやか「あぁ…なんだそんなこと…」
安藤さんは一瞬考え込むような素振りを見せた
あやか「別に誤解してないわよ。あの時、薫さんにああ言うしかその場を収められなかったってことは、私も理解しているから」
直人「誤解してないんだ!良かったぁ。実は、今日の朝からそれでずっとモヤモヤしていたんだ」
あやか「そうなのね、なら朝のうちに言ってくれればいいのに」
直人「いや、それは、なんだか恥ずかしくて…」
あやか「うふふ、直人君ってやっぱりシャイなのね。じゃあ、もし好きな人ができたら、自分から告白できないんじゃないかしら?」
直人「えっ!?そ、その時は頑張るよ!」
あやか「…それじゃあ、あなたが頑張っている姿が見れること、期待して待っているわね」
直人「ん?う…うん…」
僕は、その言葉の意味が理解できなかったので、適当に返事をした
あやか「そんなことより直人君、あなたに一つ質問したいことがあるんだけど…いいかしら?」
直人「あっうん、いいよ。なに?」
あやか「気分を害さないで聞いてほしいんだけど、直人君って…もしかして統合失調症なの?」
直人「えっ!?どっ、どうしてそう思うの?」
あやか「今日のお昼休み、あなたの机の下に薬が落ちていたの。その薬に私、見覚えがあって。確かそれって精神病の薬だったと思うわ。だから、ひょっとしたら直人君って統合失調症なのかなって。あっ、間違いだったらごめんなさい!」
一瞬たじろいだが、隠す必要もないので正直に話すことにした。
直人「えっと…う、うん。安藤さんの言う通り、僕は統合失調症なんだ。あっ、別に隠していたわけじゃないよ。ただ言う機会がなくて…」
安藤さんは嫌悪感を示すことなく、僕にこう言った。
あやか「やはりそうだったのね。でも私は、直人君がどんな病気であろうと、これからも同じ関係性でいたいと思っているわ。むしろ、なにかあったときは私を頼ってほしいの」
その言葉を聞いて全身が温かくなるような感覚があった。
直人「あっありがとう…!でもその気持ちだけで十分だよ。安藤さんが優しい人で本当に良かった!ちなみに、なんで薬を見ただけでこれが精神病の薬だと分かったの?」
あやか「…所沢精神病院って分かるかしら?実は私の父がそこの医院長をしているの。父の影響で私も精神医学を学んだりしていてね。それですぐ分かったのよ」
直人「えっ、所沢精神病院って僕が入院していたところじゃないか!君のお父さんってそんなすごい人なんだ!」
あやか「うん、確かに直人君の言う通り、父は周りに誇れるような仕事をしているわ。でも精神科ってまだまだ世間からの風当たりが強くて、それをどう無くしていくかで毎日悩みが尽きないらしいの。もちろん、日々の業務もものすごい大変らしいけどね」
直人「へー、精神科の医院長ってそんな大変な仕事なんだ」
あやか「そうなの。でもお父さんが頑張っているおかげでこうして幸せに暮らせているから、本当にお父さんには感謝してもしきれないわ」
直人「自分の親に感謝の気持ちがあるって、とても素晴らしいことだと思うな。僕は安藤さんみたいに、親に対してそう思えてないかも」
あやか「あら、そうなの?じゃあ家に帰ったら、日頃の感謝を両親に伝えてみたらどうかしら」
直人「いや、それはちょっと恥ずかしいな…。まぁでも、いつか言えるように頑張るよ」
あやか「ふふっ、私も陰ながら応援しているわ」
心地の良い時間が流れていく中、安藤さんはこんなことを言ってきた
あやか「あっ、そうだ!直人君。私のことずっと名字で呼んでいるけど、これから下の名前で呼んでみてくれない?」
直人「えっ!?う、うん、別にいいけど…じゃあ、これから”あやかさん”って呼ぶね」
あやか「ありがとう、その方がしっくりくるわ。…ついでに呼び捨てで呼んでもらってもいいわよ?」
直人「っ!!それはさすがにできないよ!」
あやか「あははっ!冗談よ!あっ、もう分かれ道ね、じゃあ直人君、また明日学校で!」
直人「うっ、うん!じゃあね!あやかさん!」
トピックスが盛りだくさんの今日の下校時間は、お互いの秘密を打ち明けることができて、とても楽しかった。
家に帰っても高揚感が続き、夜中寝つくにも時間がかかってしまったことは誰にも内緒である。
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