第13話 ラルス・ハーゲンベック
「くっそぅ、学校外通学の私に、なんてことをしてくれる」
私、エリー・フォレストは実に憤っていた。
下校しようとしたら靴がなくなっていたのだ。
寮ならばまだしも、片道2時間の私への仕打ちとして、どうなのよ。
これからは靴も下駄箱ではなく、肌身離さず、身につけなきゃならないのかしら。
ただでさえ目を離せば私物が盗まれたり壊されたりしているため、ありとあらゆるものを身に着けて移動をしなければならず、荷物は相当な物になっている。
その姿から、とうとうあだ名が『キャンプファイヤー』から『キャンプ』そのものに短縮された。
短くなりゃ良いってもんじゃねぇぞ、この野郎。
しょうがない、靴下を履いていたら汚れるどころか穴が開いてしまう。
ここは裸足で…
「困っているようだな」
むおっ!?
いきなり気配もなく背後から声が!
驚いて振り向いた私は絶句する。
そこにはゲームの中の攻略対象人物だった男が、にこやかな笑みをたたえて立っているではないか。
聖トラヴィス魔法学園の生徒会監査役ラルス・ハーゲンベック。
美しい銀髪に端正な顔立ち、長い睫毛と切れ長の瞳から「銀の貴公子」と呼ばれてるんだけど、その名の印象に恥じず、冷静沈着……というか、冷酷非情な印象が。
さらには、皇太子クリフォードの幼馴染であり、ほぼ唯一、タメ口やダメ出しができる間柄。
すでに国政にも携わっているようで、間違いなく未来の宰相になる男だと評価されている。
そんな彼が時折見せる笑顔は、ユーザーからは「暗黒微笑」とか呼ばれてたっけ…
いわゆる乙女ゲームには定番のクール美男子ですよ。
だがおかしい。
ゲーム内では図書館で出会うはずなのに。
しかも魔法についての知識が乏しい私が、授業についていけずに大ピンチだった所に現れて
『困っているようだな。何をしているんだ?』
『ふん、そんな事も知らないのか?いいだろう、教えてやる』
……って感じのチュートリアルまでしてくれたはず。
それが同じピンチはピンチでも昇降口の下駄箱前だとは。
いや、どうせ出てくるなら変なあだ名が付く前に出てきて欲しかったな!
……まぁ、接触を避けるために図書館に行かなかったのが悪いんだけれども。
そんなこんなで呆けて即座に返事ができなかった私に業を煮やしたラルスさんは
「もう一度聞くぞ。困っているようだな、何をしているんだ?」
と重ねてきた。
「ええと、これから裸足で家まで帰るところです」
ゲーム内でも同じ質問をされたはずなのに、なんか全然、返事がロマンチックじゃない…
どこの野人だ。
ほら、未来の王国宰相が絶句してしまっているではないか。
「そうか…ならいい」
何がいいのだ。
こっちは全然、よくないぞ。
「それより質問がある。ノエリア・ウィッシャートについてだ」
おっと、いきなり単刀直入にきたな。
「ノエリア様が何か?」
「彼女が嫌いなのか?」
ぐいぐい来るな、この人。
物腰や口調は柔らかいけど、全然、目の奥が笑ってないし。
まるで尋問されているようだよ!
「いいえ、特には」
「だが、忌避している」
「そうでしょうか?」
「でなければ、窓から逃げ出すはずがない」
「そうでしょうか?」
「そこはさすがに誰にも同意されんと思うぞ」
ちっ、鋭いな。
窓から出入りする令嬢だっている……はずないか。
「ノエリア・ウィッシャートは、お前を気にしている」
「お気に障ったら申し訳ありません。絶対にノエリア様にはご迷惑をおかけするつもりはないので、安心してこの蛆虫については忘れるよう、ご報告ください」
「彼女はクリフォードが、お前に取られてしまわないか心配していた」
「…………!」
おおおおっと、ぶっこんできたなー。
良いの!? そんな事、ここで言っていいの?
言ってみれば、ここってまだ、ゲーム序盤だよ!?
「反応したな」
やっべ、出た、暗黒微笑。
間近で見ると見惚れる以上に怖い。
ゲームやってた頃、「美男子ごちそうさまです」とか言っていた私は何を見ていたのだろう。
怖い、怖いよ、この人。
「あの、もう帰りたいので…」
「裸足でか?」
「ええ、裸足で。こう見えても村では、裸足で駆けっこしていたくらいです」
「草原を走るならまだしも、市中を裸足で走ろうものなら、すぐに血まみれになるぞ」
「それはそれで、しょうがないかな、と…」
「全然、しょうがなくないな。……ではこうしよう」
そういうと、ラルスさんは無造作に私を担ぎ上げて歩き出した!
ひぃやああああああ。
「意外と重いな」
「そういう事、言いますかね!?」
しかもまるで荷物のように肩に担いだ!
ちょっと、そこはお姫様抱っことかじゃないの!?まるで米俵担いでいるみてぇだぞ、これ。
それにすんごい注目浴びまくってますけど!!
「やめてください、みんなが見てます!」
くっそおおおお!
この台詞、お姫様抱っこされながら言いたかったよおおおお!!
「校門までの間だ、辛抱しろ」
「校門まで?」
公開処刑だああああああああああ!
と、嘆く私をよそに、とっとと校門へ向かうラルスさん。ブレねぇな。
周囲が何事かと会話するのが見える。
ああ、つらい! つらいよおお!
衆人環視の中、校門まで到着すると、そこには豪奢な、それはもう私が王都まで来た馬車とは
比べ物にならないくらい豪奢な馬車が止まっていた。
「ブラーム通りの4番通路にある「角笛亭」まで頼む」
「承知しました」
馬を操縦する偉い紳士っぽい御者の方が返事をする。
「お前には、馬車の中でじっくりと話をしてもらう」
「は?」
待て待て待て待てい!!
それってラルスさんと一緒に馬車の中で二人きり!?
いや、それはまずいなぁ!
でもまぁ、怖くてもイケメンはイケメンだし、何だか睨まれるのも癖になってきたし、ぐふふふ、何か間違えがあったら……あったで良いんじゃあないかな!?
据え膳食わぬは女の恥ってね! さぁ、カモーン!
「あとは、よろしくやれ」
「へ?」
ラルスさんは一言告げると、まるで荷物を荷台に放り込むように、担いでいた私を客車に放り込むと、バタン、と扉を閉めてしまう。
じっくりと話をするのはどうしたん?
だが私が改めて振り返ると先客がいた。
そこには心底、嫌そうな顔をした赤毛の男が鎮座しているではないか。
私はすぐに回れ右をして扉に手をかける。
「すいません、間違えました。失礼しま……って、鍵が外から掛かってる!」
脱出に失敗した私は、おそるおそる再度、振り返ってみる。
夢であれ、夢であってくれ。
そう願った私の想いは、やっぱり天には届かなかった。
もうおわかりでしょう。
こうして私は、天敵アーノルド・ウィッシャートの棲む檻の中に放り込まれたのである。
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