第9話 校門の狼

「げ」


「げ、とはなんだ、ご挨拶だな」


思わず口にしてしまった。

それもそうだろう、今日も頑張って登校したら、校門に爽やか赤毛ことアーノルド・ウィッシャートが突っ立っている上、私の顔を見て近づいてくるのだから。

まるで狼が獲物を狙ってにじり寄って来るようだ。

こいつぁ、正面からぶち当たって良い事なんざ、ひとっつもねぇな。


「そうですか、失礼します」


君子危うきに近寄らず。

一礼して横をすり抜けようとしたら、前に回り込まれた。

なんだこいつ、「逃げる」無効のボスエンカウントバトルか。


「お前に用があって来た」


「そうですか、私にはありませんけど」


「話を聞け」


「いやです」


このやりとりの間にも3回、4回とフェイント合戦を繰り広げている。

くそ、無駄に身のこなしの良い奴め。

騎士の身分は伊達じゃないって事か。


「クラスでいじめられているらしいな」


「その一因はあなたにもありますけどね」


「悪かった。反省している」


「嘘つきは嫌いです」


「嘘じゃねぇって」


「じゃあ、言い直します。邪魔」


「これまた直球だな!」


限りなく不毛なやりとりの最中にも何度となく繰り返されたフェイント合戦でお互いに息が上がっている。

どうして私たちは朝からはぁはぁ言いながら、互いの進路を争っているのだろう。

昨日は剣を突き付けられ、今日は進路を塞がれて。

この人は、何の恨みが私にあるのか。


いや、あるか。

大事な義姉さんを害しようとする悪女だもんね、私。

それよりも……


「なに、あの平民娘。アーノルド様にあんな口をきいて…!」

「何様のつもりかしら」


うおおおお、こうしているだけでヘイトが溜まっていくぅ!!

ゲームでは攻略キャラたちと仲良くしていると、他のご令嬢たちから嫉妬イベントが発生したけど、つれない態度をとっても嫉妬イベントが発生するのか!?

ええい、埒が明かん!


「はぁ、はぁ…わかりましたよ。 用件だけ、うかがいます」


「……はぁ、はぁ。 用件は……」


「用件は?」


「特には、ない、かな?」


「はああ?」


いかん、ずいぶんと不躾な言葉を発してしまった。

こんな男でも、この国屈指の名門ウィッシャート家の人間なのだ。


「じゃあ、何で話しかけてきたのですか?」


「悪女の……」


「悪女の?」


「化けの皮を剥いでやろうと思って……」


「具体的には、どうやって?」


「なんとなく、話の流れから判断しようと…」


そうだった。

ゲームの中でもアーノルド君は、親密度が高まると義姉方面では残念な一面を見せてくれるんだった。

凛とした騎士である表の顔とのギャップに萌える女子が続出し、かくいう私も、ちょっとときめいたものだが……

実際に目の前でやられるとイラつくな、これ。

私は笑顔の下に怒りのマグマをちらつかせながら問いただした。


「つまり何も考えていないのですね?」


「…………」


沈黙するな。

そのことが雄弁に答えを教えてくれちゃってるから。

あまりにも腹が立ち、ムカついてしまったので、思わず口から罵声が出てしまったのは許して欲しい。


「失せろ、シスコン」


一応、笑顔だったから! 顔だけは取り繕ったから!

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