第8話 聖トラヴィス魔法学園・生徒会報告書

聖トラヴィス魔法学園の生徒会室。

現在、この生徒会会長は皇太子であるクリフォード・オデュッセイアが、副会長を婚約者であるノエリア・ウィッシャートが務めている。

そして書記として2年のアーノルド・ウィッシャートが担当をしており、やがてこの二人が卒業した後、生徒会長になるのは間違いないと目されていた。


そんな3人が生徒会室で顔を合わせている。

だがその表情は、外で見せる凛とした顔ではなく、顔馴染みだけに見せる柔和なものであった。


「まさか本当に現れるとは…」


豪奢な金髪を揺らしてクリフォードが嘆息する。


「ノエリアの予知夢の通りだね。夢が正しければ、あの子はやがてノエリアの将来を掻き乱す事になる」


「そんな事はさせない」


クリフォードの言葉を遮るように断言したのはアーノルドだった。


「あの悪女に義姉さんを一歩も近づけさせるつもりはない。今朝だって義姉さんが止めなければ…」


「止めなければ、なんだい?」


すっ、とクリフォードの目が細くなる。

その迫力に、ぐっと言葉を飲み込むアーノルドだが、心中に不満があるのは明白だった。


「今朝、アーノルドはノエリアの前に立ち、守った。それは立派な行いだったと思う。そしてあの娘は私と接触する事なく、その場を離れた」


「予知夢は変えられる。俺たちはそうやって苦難を乗り越えて来ましたよね?今回だって変えられたじゃありませんか」


「その代わり、彼女がどうなったか、知っているかい?」


「彼女?」


「……エリー・フォレストの事だ。君は本当にノエリアの事になると周囲が見えなくなるね」


「余計なお世話ですよ。それで、悪女がどうしたんですか?」


「クラスで孤立し、イジメに遭っているそうだ」


「…………!」


「教科書は破られ、いわれのない罪を被せられ、誹謗中傷を受けていると聞いた。平民ゆえに、それなりの反発を受けるのはしょうがないとしても…だ」


クリフォードの声の調子は低くなり、より深くなる。


「ここまで酷い状況を引き出したのは、君が彼女を手酷く断罪したのも一因じゃないか?君は人望もある、実績もある、誰もが認め、憧れている。そんな人間が、特定の人物を「悪」と決めつけたらどうなるか…それが分からない君じゃないだろう?」


深い沈黙が流れた後、苦しそうにアーノルドは口を開き頭を下げた。


「……申し訳、ありません。俺の配慮が足りませんでした」


アーノルドの声が暗く沈む。

エリーを貶めるというよりは、本気で周囲も、自分の影響力も見えていなかったのだろう。

それを見やって、逆にクリフォードは努めて明るく声を出す。


「頭を下げるべきは、私ではないだろう。…それにしても、意外だったな。ノエリアの話では、エリーという子は、もっと常識外れで不躾な印象だったのだが。それなのに…」


「『私はすぐに消えます。貴女からは何も奪いません』」


ノエリアが、エリーの言葉を反芻する。


「どういう意味だろう?彼女もまた、何かを知っているような口振りにも思える」


「わたくしには判断しかねます。ただ…敵意は感じませんでした」


「そうなると、ますます印象とかけ離れるな。油断は禁物だが、拍子抜けしてしまうよ」


「それで……いじめられているエリーさんは、どんな応対を?」


「罪を認めて、謝罪をしたそうだよ。全部、冤罪にも関わらずね」


「全部認めた…!?」


ノエリアとアーノルド姉弟は、同時に声を出した。


「身に覚えがない事についても、全部認めたというのですか?確かに平民が貴族に逆らう事に対して、勇気はいると思うのですが、それにしても…」


諦めが良すぎる。

心が折れるにしても、まずは平民と貴族の間にある見えざる壁を目の当たりにして、現実を思い知らされてから屈するケースがほとんどだ。

しかしエリーという生徒は、最初から不条理を受け入れているように見える。

事なかれ主義というには、あまりにも捨てるものが多い。


諦念というよりも、聖人君子の域だ。

さしずめ…


「聖女……」


そうノエリアがつぶやくと、テーブルを叩き立ち上がったのはアーノルドだった。


「そんなはずがない!聖女は、義姉さんにこそ相応しい称号だ!!」


「アーノルド!」


「きっと何かを企んでいるに違いない。すぐに化けの皮が剥がれますよ。 いや、剥がして見せます!」


そういうとアーノルドは足早に生徒会室を後にする。


「待ちなさい、アーノルド!!」


「ダメだろうな。ああなったアーノルドが止められないのは、君もわかっているだろう」


「でも!」


「さすがに彼も、今朝のような騒動は起こさないだろう。それより、エリー・フォレストについてだけれど…もっと調べてみる必要がありそうだね」


「…その事なのですが、クリフォード様。わたくしからも接触をして、よろしいでしょうか?」


「君から? でも君は……」


クリフォードはとっさに口籠ってしまう。

ノエリアが最も恐れていた事は、エリーが我々に絡んでくるという事だった。

それなのに、ノエリア自らが接触しては事態がどう転ぶかわからない。

その事が分からないノエリアではないはずなのだが…


「正直、賛成はできない。今、彼女と会いに行ったアーノルドだって籠絡されるかもしれない。彼女の事をよく知らずに接触するのは危険だ」


「ですが、彼女をよく知るためにも、接触をしなくてはならないのです。それに……」


「それに?」


「私の夢に出てきたエリー・フォレストは悪女でしたが、まだあの子は何もしていません。そんな子を最初から無下に扱うのは、やはり看過できないのです」


「………困ったな」


クリフォードは苦笑する。

どうにも姉弟ともに、言い出したら聞かないのだ。

血の繋がりはないはずなのに、育ちが同じだと性格も似てしまうのだろうか。


そんな時、再び生徒会室の扉が勢いよく開いた。

そこには肩で息を切らせるアーノルドが疲労困憊の体で立っていた。


「アーノルド!?」


「クリフォード様! 義姉上!」


「な、なにかしら?」


「あの女はどこにいるんだ? 寮にエリーという女はいないって追い払われて…っ!」


「ああ、彼女は寮に入るお金がないから、学園外で下宿しているそうだ」


「どこに?」


「ブラーム通りの市街地だとか」


「ここから2時間はかかるぞ!! 何でそんな所に!」


「お金がないとクリフォード様が説明したでしょう?」


くっそおおおおお、と叫ぶアーノルド。

それを冷めた目で眺める皇太子とその婚約者。


(……ああ、そうだったな)


(……ああ、そうでしたわね)


二人は口にこそ出さないが同じことを考えていた。


(そうだった。こいつ、意外とポンコツだったな)

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