第7話 悪役聖女はイジメられる

「アーノルド!!」


ノエリアがアーノルドさんを制する。

アーノルドさんは剣こそ止めたが、鞘に納めはしない。

何かしたらすぐにでも私の首を刎ねるつもりなのだろう。


そう、私は知っている。

彼は義姉の為ならば、それくらいの事はやる。

だが、私は言わなければならなかった。

皇太子妃ノエリア・ウィッシャートにではなく、目の前にいる不安で震える女の子に。


「ノエリア様、ご安心ください」


その言葉にノエリア様は首をかしげる。

ああ、可愛い。

これはもう、一枚絵にして販促ポスターにするべきだよ!

そんな言葉を飲み込んで、私は彼女を真正面から見据えながら、力強く、ノエリア様にしか聞こえないくらいの声で、宣言した。


「私はすぐに消えます。貴女からは何も奪いません」


恋人も、友も、地位も、名誉も、すべては貴女のものです。

だから安心してください。


その時、ノエリアの目が一層、見開かれた。

信じられないものを見たかのような、驚きと戸惑いの視線。

それを正面から受け止める。

驚きのあまりか、手の震えも収まったようなので、満足して身を翻す。


よし、言い切った!

これでノエリア様が私を敵視しなければ、きっと私は断罪されないはず。

敵意剥き出しの義弟アーノルドはどうにかしないといけないけれど、彼は義姉がOKしなければ暴挙には至らないだろう…と思う。 思いたい。


そんなこんなで颯爽とその場を立ち去った私は、まだ気が付いていなかった。

この騒ぎで、学園生活がより困難になったという事に。


あー、もう帰りたい。


魔法学園のクラスは40人程度の生徒で構成されているが、みんな楽しそうに仲間を見つけ、今の休憩時間を利用してさらに友好を深めていた。


そんな中、私は朽ち果てた教科書を前に、天を仰いでいるのであった。

まぁ、配布されたばかりの教科書が無残にも破り捨てられ、机の前に散乱していまして。

この事態に周囲は遠巻きに、くすくすと笑いながら鑑賞中ときたもんだ。


なんという分かりやすいイジメ。

前の世界でもここまで露骨じゃなかったぞ。

まぁ、貴族の中に平民が入るだけでも相当な事なのに、朝からあんな騒ぎを起こした挙句、あのアーノルド・ウィッシャートから悪女認定されたのだ。

これはもう、学園公認でイジメて良いというに等しいんじゃないかな。


うがー、あの野郎。

あんな大声で敵認定しなくてもいいじゃないか。

ゲーム中に見せてくれた、あの微笑はどこに行きやがった。


そんな中、私は見知らぬご令嬢たちに囲まれる。


 「まぁ、「悪女」様。その教科書はどうなされたのですか?」


んんん?

どちら様?


「なんて田舎者なの、このホールズワース家の令嬢である私を知らないなんて!」


明らかに豪奢な髪形をした、金髪ドリルヘヤー、強気で勝気な瞳と、ダイナマイトなボディを持つ典型的お嬢様が、怒り心頭になる。

周囲はその取り巻きだろうか、数人のご令嬢が同調し、対立をさらに煽り立てる。


「申し訳ありません。なにぶん、田舎から出てきたばかりなので、何も知らないのです」


正直に話すと、ふん、と鼻白んで嘲笑されてしまう。

なるほど、『イシュ物』ではノエリア様が担っていた悪役令嬢の役割を、この方が代替するという事かしら?


「よろしければ、その教科書の替えを差し上げても良くってよ?その代わり……」


「お願いします!!」


私はついつい、食い気味で返事をしてしまった。

うわぁ、とてもいい人だった!悪役令嬢とか思ってごめんなさい!!

でも何か言いかけたような………ま、いっか!

教科書ビリビリじゃ授業を受けられないものね。


「う、あの、その代わりに……」


「あの、お名前は?私はエリー・フォレストと申します!」


「モ、モニカよ。モニカ・ホールズワース」


「これからもよろしくね、モニカさん!」


私がそう告げると、ポカンと口を開けたまま呆然としてしまった。

んん? 何か間違えた?

ま、いっか、とりあえず友達ができそうな予感!

素敵な学園生活が送れそう!


その日の午後………


「教室の窓ガラスが割れてしまいました。犯人は…エリー・フォレストです」

「廊下に飾られていた壺が割られました。エリー・フォレストが割ったとか…」

「エリー・フォレストに突き飛ばされました」

「エリーさんが花壇を荒らしているのを見ました」


ノオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

次から次にまったく心当たりのない事件の犯人に仕立て上げられている!

つーか、私のイジメ抜きにして、この学校、治安悪すぎない!?


先生も先生で「ちっ、平民風情が…」とか思ってい


「ちっ、だから平民風情がいるクラスは…」


もう口に出していらっしゃる!!

音楽室に飾られている音楽家みたいな、これまた貴族面した中年の先生が、吐き捨ているように!

じろりと睨み付ける目の下の隈が、さらに凄みを増して私に襲い掛かってくる!

誰だ、素敵な学園生活が送れるとか思った奴はよぉ!


「エリー・フォレスト」


「はい、私がやりました」


はいはい、全部私のせいにすれば良いんですよね。

大丈夫、大丈夫、なにせ面倒事はごめんです。

だってここで問題を起こせば、絶対にノエリア様やアーノルドさんに目をつけられて断罪させられちゃうんだもん!

それに比べれば、この程度の些細な罪など、全部ひっかぶってくれるわ。


どよどよとした雰囲気が教室を包む中、学園生活はこうして最悪の形で幕を開けたのであった。

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