第6話 この世に愛されたヒロイン
―― いた。
この喧騒から少し離れた場所に、二人は立っていた。
見間違えるはずもない。
「クリフォード」は「ノエリア」を守るように前に立ち、「ノエリア」が不安げにこちらを眺めている。
そのさらに前、私と対峙している「アーノルド」の3名は、実に絵になる。
お姫様を守る騎士二人って感じで、まさに眼福。
ありがとうございます!
「ノエリア」は漆黒の長髪を軽く後ろで束ね、眉や瞳は悪役キャラよろしく吊り上がっているが、それが抜群のスタイルによく映える。
髪の毛同様に漆黒の瞳は大きく宝石のように輝いていた。
何あの白い肌、陶磁器みたい。
それより私とは食生活が違うのか、胸囲の戦力比は歴然としている。
栄養が満ち足りていると胸にも栄養が行き渡るのかしら。
一方の皇太子クリフォード・オデュッセイアは、わかりやすいほどの王子様。
金髪碧眼のゆるふわパーマで、どことなく微笑みを浮かべている表情は、それだけで蕩けそう。
なんだか周囲の視線も熱を帯びているような気がする。
それでいて頭脳明晰、運動神経抜群とか、昨今、珍しいくらいのチートキャラだと発表当時から話題になったっけ。
思わず二人に見惚れていると、「アーノルド」がイライラとした声を上げる。
「聞いているのか、エリー・フォレスト!」
「あ、はい」
我ながら間抜けな声を上げてしまう。
その緊張感のなさに、「アーノルド」はさらにイライラを募らせる。
「今、殿下と義姉上を見ていたな?」
「も、申し訳ありません。あまりにも素敵でしたので」
嘘ではない。
正確には、あなたも含めて3名ですが。
「お前、新入生だろ?」
「はい、そ、それがなにか?」
「ならばどうして、二人の顔を知っている?」
しまった。
そういう事かー!
普通に考えて、在校生ならいざ知らず、入ったばかりの生徒が上級生の顔など知っているはずがない。
くっ、なかなか策士だな、アーノルド・ウィッシャートめ。
……いや、私がアホなだけなのか。
どうやらマヌケは見つかってしまったようだな。
「いえ、あの、知っているというか、他の方々とは違うオーラといいましょうか、一目で分かる感じがしまして…」
あわあわと言い訳をするが、ますます「アーノルド」の目が細くなり、こちらを睨み付けてくる。
あっれー、アーノルド君、そんなキャラだっけ?
もっと忠犬っぽいというか、まさに弟キャラみたいな感じだと思ったんだけど!?
ああ、そうか。
『イシュ物』でも『わた王』でも、味方だったからか。
どちらもヒロインに忠誠を誓い、その身を盾にして献身する王国を代表する騎士(今はまだ学生だが、Lvが上がるとそれはもう、強いのなんの)。
それが敵に回ると、こんなにも圧倒的な圧を感じるものなのね。
はて、ここをどう切り抜けた物かと頭を悩ませていると……
「アーノルド!!おやめなさい!」
私たちの間に滑り込んでくる凛とした鈴のような声。
声の主はノエリア様だった。
うっわ、やべぇ、可愛い。頭小さくて、すらりとして、女の私でも見惚れてしまうわ。
「かわいそうに、怖がっているではありませんか。新入生を相手に、何をしているのです」
そういうと背後から労わるように、私の肩に優しく手をかけてくれた。
うわーん、この世界にきて初めて優しい声をかけられたー!
さすがはノエリア様、この世界のヒロイン!
悪役聖女の私ですら陥落しちゃうよ!
「ですが、彼女は義姉上の予知夢で…」
「予知夢は予知夢、まだ何も起きてはいません」
「起きてからでは遅いでしょう?」
アーノルド君とノエリア様が会話を交わす。
周囲には何のことやら分からないようだけど、私にはわかる。
この後、『イシュ物』ではノエリア様は私に婚約者であるクリフォードを奪われ、自分は断罪される。
『わた王』では、そのバッドエンディングを避けるため、悪役令嬢を脱却すべく奮闘するのだ。
そして奮闘した結果……今の姿があるのだろう。
本当ならば婚約破棄されるはずのクリフォード・オデュッセイアは傍にいて、仲の悪かった義弟が前に立つ。
ゲームの世界の通りであれば、ここに来るまで、ノエリア様は相当な苦労をしたはずだ。
苦悶し、泣いた日々もあっただろう。
その事を想像すると感慨深い。 ああ、なんて尊いのかしら。
「ノエリア様」
声をかけようとした私は、そこで気付いてしまう。
私の肩にかけた、ノエリア様の手が震えていることに。
そうか、そうだろうね。
だって予知夢の通り、自分を害するであろう人物が現れたんだもん。
そりゃ不安にもなるよ。
それでもノエリア様は私を慮って、声をかけてくれ、かばってくれた。
彼女にとって一番良いのは、ここで私を断罪して、不敬罪でも何でも罪状をつけて学園から追放する事だろう。
でも彼女はそうしなかった。
彼女はもう悪役令嬢ではない。
彼女はノエリア・ウィッシャート。
皇太子クリフォード・オデュッセイアの婚約者にして、この世界に愛されたヒロインだ。
そんな彼女に私はゆっくりと手を重ね、その手を私の肩から外す。
そしてそのまま、両手で彼女の手を強く握りしめた。
その行為にどよめきが起こる。
平民である私が、貴族の中でも上級であるウィッシャート家の令嬢、それも皇太子の婚約者に対して、許可もなく親しげに手を触れるなど、あってはならないのだ。
「義姉上から離れろ、この悪女め!」
その行為にアーノルド君が抜刀し、私の首筋に刃を突き付けると、周囲から悲鳴が起こる。
……ようやく冒頭の部分に到着しましたね。
これが、ここまでの顛末です。
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