第5話 ぼっちと攻略対象

朝早く起きて、頑張って初日の登校を果たした私。

それだけでも褒めて欲しい。

そんな疲労困憊の私の視界に飛び込んできたのはエレガントな貴族子弟たちが、すでに徒党を組んでキャッキャウフフしている姿だった。

どうやら貴族たちは家同士の付き合いもあり、入学前から知り合いがそこかしこにいるようで、完全にぼっちな人間は極少数。

そのぼっち同士も、ぼっち同士で仲間を見つけてご挨拶をしている。

貴族たちは共通の話題があるせいか、彼らもすんなりと打ち解けているように見える。

そんなこんなで、初日の簡単なオリエンテーション含め、全カリキュラムが終わったというのに、今日、私、一言も口を開いていないのである。


うおおおおお、完全に出遅れてる!

この遅れを取り戻すべく、下校タイミングを見計らい、同じクラスにいたと思しき生徒たちへ、フレンドリーに、なるべくエレガントに挨拶を試みる。


「こんにちは」


「あら、どこのご令嬢かしら?」


「いえ、私は貴族ではなく…」


「はぁ?」


貴族でないと分かった途端にゴミを見るような目で追い払われた。

クラスでも廊下でも玄関口でも、まったく同じような対応である。


10人くらいに声をかけ、10回目の撃沈をした私は、今、死んだ魚の目をしながら、体育座りになっている。

ひそひそ、ざわざわと突き刺さる視線。

はっ、ここが生徒たちの行き交う正門前だろうが知った事か。

心がバッキバキに折れたわ。

これはきつい。

確かにこりゃあ、ここで優しくされたら、その人の事を好きになるよね。


……いや、ちょっと待って。

ここは人通りのある正門前…。

確か『イシュ物』の学園スタートも、友達ができずに途方に暮れている所に皇太子さまが現れ、声をかけてくれる。

『イシュ物』はそこから始まるのだ。

ヒロイン、体育座りしてなかったけど。


この展開はもしかして、皇太子様と出会いフラグ…!?

ちょ、やっべ、いきなりイベント発生!?

どうにかして、この場を離れて……


「おい」


逃げる間もなく、後ろから声を掛けられる。

ひぃ! ちょっと早い、早すぎる!


……ん、でも待てよ。

このボイス、皇太子様とは違うのでは…


「お前に話しかけているんだ、エリー・フォレスト」


振り返ると、そこには赤毛の美形が立っている。

『イシュ物』をやりこんだ私が見間違えるはずはない。

すらりとした長身、切れ長で強い眼光を放つ瞳は燃えるような赤。

容貌は控え目に表現しても絶世の美男子なのに、その体躯は学生服越しにも、鍛え上げられている事がわかる。


彼の名はアーノルド・ウィッシャート。

冒頭で説明したかしら。

ここ聖トラヴィス魔法学園に在籍していながら武勲を立て、騎士となった天才剣士。

そして侯爵令嬢であり、皇太子の婚約者ノエリア・ウィッシャートの義弟だ。

ああ、いつ出てくるかと思っていたけど、とうとう攻略キャラが登場した!


……って、事は…?


私はすぐに周囲を見回した。

彼がいるのならば、そのすぐ近くにいるはずだ。


彼の義姉ノエリア・ウィッシャートと、皇太子であるクリフォード・オデュッセイアが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る