第2話 或る警備員の重大ミス【仕事の怖い話】

(本話の分量は、文庫本換算2ページ程です。)




その日、俺(警備員・24歳・本業は大学生)は、或る建設現場にヘルプで入った。緊急のことだったので朝礼には出ていないし、初めて入った現場なので、不慣れなことも多かった。


それでも、与えられた仕事をこなしていると、要領を掴んでいった。今は、休憩時間。休憩室に居合わせたで職工さんたちと談笑をしている。


たばこをふかしながら、天気がどうのとか、どこのラーメンが不味かっただの他愛ない話しを投げかけてくる職工二人に、俺は笑いながら相槌を打っていた。ただ、何となく仕事の及ぶと、他愛ない愚痴が本気の文句となって職工二人そうだそうだと言うようなことばの掛け合いとなって行った。


「言ってたねあのハゲ、今日も何日分遅れているよなんて」

「本気で作業工程の予定に追いつけると思ってのかな?」

「知ってる?さらに作業時間を削られるかもって」

「マジか?さすがに無理」

「○○さんなんて苦情を言ってたよ、ハゲに。予定に追いつくのは現実的じゃないって」

「ついに言ったんだ」

「言うなら副所長に言えばいいのに。一応聞いてはくれるでしょ?」

「まあ誰に言っても期待できないよね。」


二人の会話は現場の様子の一端らしいが、はじめて入った俺には内容を理解できるようなできないようなといった感じだ。そんな俺の様子を察して、職工さんは解説を加えてくれた。


「ハゲってのは所長ね」

「予定からの遅れを取り戻せってうるさいんだよね。17時になったらわかるけどね、近隣住民からの要望で作業は完全終了しないといけないんだ。騒音事情でね」

「工事がはじまってから近隣住民からクレームが来て、そうなったんだけど、作業工程予定は18時以降も作業ができることを前提に作っているんで、日に日に遅れが大きくなってんだよね」

「ハゲもあきらめろよ」


俺は頷いたり返事をいたり、所長って嫌われてんだなと思いながら聞いていたが、休憩終了時間となったので、挨拶をして部屋を出ていった。




持ち場である工事現場入口に立って、工事車両の誘導や歩行者への注意喚起をしていた。


一時間程して昼時になる。コンビニにでも行くのだろう、職工さんたちは次々と俺の立っている出入り口を出ていく。


その中で、ヘルメットを脇にかかえた七分刈りの中年男が「お疲れさん」と言いつつ、俺の前で立ち止まる。統一的な作業服を着ているので、おそらく職工ではなくて職員だ。俺が返事をすると、中年男は続ける「でかい声でしゃべったり、道いっぱいに広がって歩いたりするような、態度のよくない職工がいたら、所長に伝えてくれ」と。


俺は、この中年男と『所長のハゲネタ』で仲良くなれるかもしれないと思って、「ハゲの所長さんっすね」と愛想良く言った。笑ってくれるかと思ったが、中年男の表情は曇って一瞬黙る。そのまま、「ああ。ハゲの所長よ」と低い声で言って、出入口を出て行った。




その後の休憩時間。俺は、休憩室へ向かって歩いていた。


クレーン車の停車する広場を横切って、隣接する狭い通路の入口へ。丁度、通路からは先程の七分刈り中年男がゆっくりと出て来た。俺は入口で立ち止まって中年男を通した。挨拶すると「おっす」と返してきた。男の後に何人もの人が続いていたので、しばらく立って待っていた。何となく中年男を目で追う。中年男はクレーン車の横に立つ。クレーン車運転席から、職工が降りて中年男に話す、「所長、先程報告をしたように…(以下よく聞こえない)」。


さっと血の気が引いた。七分刈りの中年男は所長なのか?地に足が付かないまま休憩室へと歩いた。休憩室では、警備リーダーがテーブル席に着いて、たばこをふかしていた。俺は、平静を装いつつ向かい席に腰を下ろして尋ねた、「お疲れ様です。作業服を来た七分刈りの中年の人がいるじゃないですか?あの人って所長ですか?」と。


警備リーダーは、煙を吐き出しつつ「そうだよ」と言う。俺は、湧き上がる焦りを抑えつつ、何かの間違いであることを望みつつ尋ねた、「でも、ハゲてないですよね?あの人」と。警備リーダーは、心乱れる俺に気づきもせず平然と言った、「あれは、カツラだよ。CMでもやっているだろ?何とかナチュラルだかなんだか頭にペタって貼るやつ。ヘルメットでも安心らしいね」と。




警備リーダーはまだ何かしゃべっているものの、俺の耳にはもう意味を成しては入ってこない。警備リーダーの表情だ口調だに合わせて、適当に愛想笑いした。


愛想笑いをしつつ、俺は頭を切り替えた。残りの勤務時間は、ひたすら所長に出くわさないよう気を付けようと。


結局その日の勤務では、所長を遠目に見ることは有っても、接近することは無かった。退勤時も気を抜かずに、通路の角毎にそうっと先を見通して、所長は歩いていないことを確認しつつ進んだ。現場を出た時には、解放感を感じた。よほど緊張していたのだと実感した。


後日、警備会社から、この現場へのヘルプ要請があった。俺は断った。



以上「第二話:或る警備員の重大ミス【仕事の怖い話】」。

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