いつも屋上で昼寝をしている ゆるふわな先輩から 寝言で告白された

つめかみ

本編

 高校の屋上で女子生徒が倒れていた。


「し、死んでる?」


 僕はおそるおそる、その女子生徒の様子を伺う。穏やかな表情で目をつむっている。規則正しい呼吸音が聞こえるので、どうやら眠っているみたいだ。


 入学して一か月、高校生活にもだいぶ慣れてきたので、僕は校内を探索してみることにした。どこか一人でゆっくりと食事がとれる場所はないかなと思ったのだ。昼休み、弁当を食べ終えると校内のあちこちを回り、最後に屋上に行ってみることにした。

 階段を昇り、最後の扉を開けて屋上に出ると、そこに横たわる女子生徒を発見したわけだ。


 彼女の上履きは黄色だった。色は世代ごとに決まっていて、黄色は一つ上の世代、つまり二年生だ。

 傍らにはスマホ、それに菓子パンの空袋とミルクティーのペットボトルが置かれている。ここで食事をしていたみたいだ。

 スマホからは音楽が流れていた。これは……僕の好きな歌手『Wicウィック』の曲だ。この人もWicが好きなのかな、と親近感が湧く。


 と、チャイムの音が大音量で鳴り響いて、僕は思わず飛び上がった。スピーカーが屋上にあるのか。

 昼休み終了五分前の予鈴だ。次のチャイムが鳴るまでに教室に戻らなきゃ。

 そう思って屋上を去ろうとしたけど、横たわる先輩に起き上がる気配がないのに気づく。


 ……まさか、眠ってるんじゃなくて失神してるのか?

 見過ごすわけにはいかず、先輩に駆け寄った。


「先輩、先輩。大丈夫ですか?」


 下手に身体を揺らすとまずいかもしれないので、声をかけながら、優しく頬を叩く。うわ、柔らかくてモチモチなほっぺた……と場違いなことを考えてしまう。


「う……うぅん……?」


 まぶたがゆっくり開かれた。よかった、やっぱり眠ってるだけだったんだ。それにしても、あのチャイムの爆音で目覚めないとは……。

 ナマケモノみたいなのっそりとした動作で、上半身を起こす先輩。軽くウェーブのかかったロングヘアがふんわりと垂れ下がる。

 先輩の視線が僕を捉えた。

 心臓が跳ねる。とてつもない美少女だったからだ。


「……だれぇ……?」


 まだ寝ぼけているのか、とろんとした表情で尋ねる先輩。


「ぼ、僕は通りすがりの一年生です。それより先輩、もう昼休み終わっちゃいますよ!」

「ふぇ?」


 先輩はまるで慌てることもなく、ゆっくりとスマホを手に取って、画面を見た。


「ほんとだぁ」

「先輩。こんなところで、なにしてたんですか?」

「なにって、お昼寝だよぉ」


 やっぱり、ただ眠ってただけなんかい。


「早く行かないと授業に遅れますよ!」

「そうだねぇ」


 ゆるふわな雰囲気を漂わせながら、にへらと笑う先輩。

 なんなんだ、この悠長さは。この人に構ってたら、こっちまで遅れてしまう!


「ああもう! 僕は行きますからね!」


 たまらず、先輩を残して屋上を後にした。階段を降りる直前に振り返って見ると、先輩はまだ上半身だけを起こした状態で、こちらをぼーっと見つめていた。

 あの様子じゃ、確実に遅刻するな。……むうぅ、気になるけど、自分まで遅刻するわけにはいかない。

 僕はダッシュで教室に戻り、なんとか授業の開始に間に合わせたのだった。


 それにしても、ずいぶんかわいい人だったなぁ……。

 午後の授業にはまったく集中できなかった。あの先輩のことで頭が一杯だったからだ。


  *


 翌日の昼休み、僕はまた屋上に行ってみることにした。今度は昼食をとる前に。また先輩に会えるかもという期待を込めて。

 果たして屋上に出ると、案の定、先輩の姿がそこにあった。菓子パンを手にしている。やっぱり、先輩はいつもここで食事をしているんだろう。


「あれぇ? きみは」


 こちらに気づいた先輩に、僕は手にしていた弁当箱を掲げて見せる。


「よかったら、ご一緒してもいいですか?」

「うん、いいよぉ」


 柔らかな笑顔で頷いてくれた先輩の正面に、僕は腰を下ろした。

 彼女の傍らには今日もスマホがあり、Wicの曲が流れている。


「先輩、名前をお伺いしても?」

小丸こまる ふゆり だよぉ」


 小丸 ふゆり先輩かぁ……。すごくかわいらしくて、彼女に似合ってる名前だな。


「きみの名前は?」

「僕は、角谷すみや 航希こうきです」

「こうきくんかぁ。じゃあ、こーくんって呼ぶね」


 いきなり、そんな親し気な呼び方で? なんだか、胸の奥がむずむずするな……。

 僕らはしばらく、無言で食事をとった。気まずくはなかった。先輩のスマホから流れるWicの楽曲が心地よかったからだ。

 二人とも食べ終わったところで、僕は口を開く。


「あの、小丸先輩は」

「『ふゆり』でいいよぉ、こーくん」


 し、下の名前……。照れるけど、先輩だって僕のことを『こーくん』って呼んでるわけだしな……。


「ふ、ふゆり先輩は、Wicが好きなんですか?」

「そうだよぉ。きみも?」

「そ、そうなんです。僕、うれしくて! 今までWicが好きな人と会ったたことなかったから!」

「わたしもだよぉ」


 Wicは、幻想的な世界観の楽曲と、繊細なウィスパーボイスが特徴的な新鋭歌手だ。コアな音楽ファンのあいだではその実力は知られており、じわじわと人気を伸ばしているとはいえ、まだまだ一般的な知名度は高くない。


「Wicの曲を聞きながら、ぽかぽかな中で目を閉じてると、気持ちよく眠れるんだぁ」

「ふゆり先輩は、いつもここで昼寝を?」

「そうだよぉ」


 そう言ってふゆり先輩は、横たわって目を閉じる。十秒もすると、規則的な寝息を立ててしまった。

 目を閉じる先輩の顔を眺める。あらためて見ても、やはり極上の美少女だった。

 僕はその場に座ったまま、昼休みのひと時を過ごした。五月の穏やかな陽気が気持ちいい。先輩の美しい寝顔とWicの楽曲のおかげで、退屈はしなかった。


 やがて、昼休み終了の予鈴が大音量で響く。僕はまた飛び跳ねるほどに驚いたけど、先輩は今日も目覚める気配を見せない。

 仕方なく、彼女の肩を揺すった。


「先輩、先輩。起きてください」

「うぅん……」


 まぶたを半分だけ開け、緩慢に上半身を起こす先輩。


「もうチャイム鳴りましたよ。聞こえなかったんですか?」

「うーん、チャイムってなんか、聞こえないんだよねぇ……」

「じゃあ、いつもはどうやって起きてるんですか?」

「起きれないよぉ」

「ダメじゃないですか! それで授業に間に合うんですか?」

「いつも遅刻しちゃうよぉ。起きたらもう放課後だった時もあったし」

「完全にサボりじゃないですか! ダメですよそんなの!」

「ダメなんだよねぇ……。そのせいで成績もダメダメだし……。あ、そうだ」


 先輩は胸の前でポンと手を叩いた。


「これから、こーくんがわたしのこと起こしてよぉ」

「え? 僕が?」

「うん。だってほら、昨日も今日も、こーくんの声で目が覚めたじゃない。こーくんの声には、なにか不思議な力があるんだよぉ」

「そ、そうですかね……?」

「どうかなぁ?」

「えっと……ふゆり先輩がそれでいいなら」

「じゃあ、よろしくねぇ」

「よ、よろしくお願いします!」


 そんな会話をしていたら、もう授業が始まる直前で、僕は慌てて教室に向かった。しかし廊下を走ってる途中で無情にもチャイムが鳴り、遅れて教室に入った僕はみんなの笑いものになったのだった。


  *


 こうして、僕とふゆり先輩の関係が始まった。

 昼休みに屋上で会い、二人でWicの曲を聞きながら昼食をとる。食べ終わるとふゆり先輩は昼寝をする。チャイムが鳴ったら、僕が先輩を起こす。そんな毎日だ。

 ちなみに、ふゆり先輩によると昼寝はマストなんだとか。

「お昼寝しないと、午後の授業中に眠っちゃうんだよねぇ」とのこと。


 食事中は雑談にも花が咲いた。話題は主にWicのことだ。先輩のゆっくりとした話し方は聞いていて心地よく、癒された。


 梅雨入りすると、場所を屋上から図書室に移した。雨の心配がなくなるし、冷房も効いていて快適だ。図書室で本の話題になると、好きな漫画が似ていることもわかり、僕らはますます仲を深めた。


 いつしか学校生活の中で、昼休みが一番の楽しみになっていた。最初は一人になれる場所を探して屋上に行ったのに、今はふゆり先輩に会うのが楽しみで仕方ない。


 七月も中旬に入り、夏休みを間近に控えたある日のこと。

 いつもどおり図書室で昼食を食べていると、ふゆり先輩が言った。


「ねえ聞いて、こーくん。この前の期末テスト、いつもより点数がよかったんだぁ」

「そうなんですか。よかったですね」

「うん。いつもこーくんが起こしてくれて、午後の授業に間に合ってるからだよ。こーくん、ありがとうねぇ」

「ははは。起こすくらいなら、いつでも任せてください」

「こーくんの声って、優しくて、聞き心地がいいんだよねぇ。朝、お母さんに起こしてもらう時はすぐ起きれるんだけど、こーくんの声もおんなじだね」


 お母さんと比較されるのは男としてどうなんだろうと思うけど、誉めてくれているのは間違いないと思うので、「ありがとうございます」と言っておいた。

 さて……。

 僕はズボンのポケットに手を入れ、ある物を取り出す。

 数日前から言おうと思って、言い出せなかったことがあった。だけど、そそろそ覚悟を決めなくちゃ。


「ふ、ふゆり先輩。は、話があるんです」

「なぁに?」


 手に持っていた一枚の紙を、ふゆり先輩の前に差し出す。


「じ、実は八月四日にある、Wicのライブチケットを二枚取ってるんです! よ、よかったら僕と一緒に、観に行きませんか?」


 ふゆり先輩はきょとんとした後、ひまわりのような笑顔を咲かせた。


「いいよぉ」


 心の中で、全僕がガッツポーズした。


  *


 やがて夏休みに入り、あっという間に八月四日、ライブ当日になった。

 その日の昼すぎ、先輩と地元の駅前で待ち合わせをした。

 僕は前日服屋で購入した服を身に着けていた。オシャレになんて自信はなかったけど、ファッション雑誌を何冊か買って勉強した。今時の流行りを取り入れつつ、あまり派手すぎない無難な服装にしたつもりだ。

 ふゆり先輩のほうは、水色のワンピースを着ていた。

 清楚で可憐で、このワンピースはふゆり先輩に着てもらうためにデザインされたのだろうと思うくらいに似合っていた。


「あ、こーくん、こんにちはぉ」

「こ、こんにちは、ふゆり先輩! そ、そのワンピース、めちゃくちゃ似合ってます!」

「ありがとぉ。こーくんも、かっこいいよぉ」


 ふゆり先輩に褒められて有頂天になり、しばらく足元がふわふわして、おぼつかなかった。

 二人で電車に乗り込み、ライブが開催される会場に向かった。

 Wicのライブは最高だった。圧巻のパフォーマンスと会場の熱気に包まれて、異世界に迷い込んだような非日常感があった。


「ライブ、よかったねぇ」

「はい、最高でした! 今までの人生で一番楽しかったです!」


 そう思えたのはきっと、ふゆり先輩が隣にいたからだ。

 帰りの電車の中、先輩は疲れたのか、僕の肩に頭を預けて眠ってしまった。僕のことを信頼してくれているのだろうと思うと、心からうれしかった。


  *


 夏休みが終わり、二学期が始まる。

 僕らの関係は相変わらずだった。十月に入ると、場所を再び屋上に移した。

 そんなある日のこと、いつものようにふゆり先輩の寝顔を眺めていると、その口から「こーくん……」という声がこぼれた。

 目を覚ましたのかな、と思ったけど、相変わらずまぶたを閉じたままだ。先輩はたまに寝言を発することがある。とはいえ、僕の名を呼ぶのは初めてだ。


「こーくん……」

「なんですか?」


 応答してみた。先輩は眠っているのだから、聞こえないだろうけど。


「こーくん、いつもありがとうねぇ……」

「どういたしまして」


 ふゆり先輩の頬が緩み、少し笑った、そんな気がした。


「……好き」

「え?」

「こーくん……好き」


 え?

 ええええええええっ!?

 なにこれ!? 告白!?

 いやいや落ち着け! あくまでも寝言だ、本心とは限らない! それに、「こーくん」と「好き」が繋がってるとは限らないだろ!


「大好きだよぉ……」


 先輩の寝言は続いている。

 これが告白なのかどうかはともかく、刺激的な言葉を耳にしてしまったせいで、自分の中に生まれた衝動を抑えきれなくなった。

 伝えたい。ふゆり先輩に、本当の気持ちを。


「ふゆり先輩、好きです!」


 うわあああああああああああ!

 言っちゃった……。

 ま、まあどうせ聞こえてないんだし……。

 実際の告白は、もうちょっと後、心の準備ができてからということで……。


 と、昼休み終了五分前のチャイムが響く。

 いつもどおり眠ったままの先輩の肩を揺すった。


「先輩、昼休み終わりますよ」

「んみゅぅ?」


 ゆっくりと上半身を起こす先輩。とろんとした目のまま、周囲をキョロキョロ見回した。まだちょっと寝ぼけてるのかな?


「あれぇ? ここは……?」

「学校の屋上ですよ。先輩、いつもの昼寝をしてたんです」

「お昼寝……そっかぁ。夢……。ざんねん……」


 シュンとうつむく先輩。よっぽど楽しい夢を見てたのかな。


「先輩、夢もいいですけど、現実も見ないと。早くしないと授業に遅れますよ」

「げんじつ……。そっかぁ、現実にしちゃえばいいんだ」


 ふゆり先輩は立ち上がり、僕に向かって天使の笑みを放った。


「こーくん、わたし、こーくんのことが好き!」


 ……え?

 これって、今度こそ本当に告白……?

 じゃあ、さっきの寝言は、やっぱり本心?


「さっき夢の中でね、わたしがこーくんのこと好きって言ったら、こーくんもわたしのこと好きって言ってくれたの」


 僕の言葉も、聞こえてたのか……?


「ねぇ、本物のこーくんは?」


 ……こうなったらもう、言うっきゃない!


「ぼ、僕もふゆり先輩のことが好きです!」

「こーくんっ!」


 先輩が抱き着いてきた。その勢いで僕は尻もちをつく。

 先輩の両腕が僕の背に回り、強く締め付ける。身体の柔らかさ、匂い、体温、息遣い。五感のすべてでふゆり先輩の存在を感じる。

 僕の心臓は急速に暴れ出し、その鼓動が先輩に伝わっているかもしれないと思うと、ちょっと恥ずかしい。


「こーくん。さっきの言葉、もう一回言ってほしいなぁ……」

「ふ、ふゆり先輩のことが好きです!」

「えへへ……。こーくんの声、好き」


 先輩の腕の力が強くなる。

 より密に体を寄せ合う僕らを警告するように、チャイムが鳴り響いた。


「先輩、昼休み終わっちゃいましたけど……」

「やだ。もっと二人でいたい」


 その気持ちは僕も一緒だった。


「サボっちゃおうよ。ダメ、かなぁ……?」


 僕も先輩の背に腕を回し、返事に代える。


 この日僕は、生まれて初めて授業をサボった。

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