act3 決意と真実

第6話

やがてご主人様のため息がひとつ聞こえてからふわりと空気が動いた。


「──おまえは馬鹿だ」

「!」


徐に顔を上げさせられ、目の前には不機嫌な表情を浮かべたご主人様の顔があった。


「逃がしてやると言っているのに」

「……」

「俺みたいな男に若い盛りを散らされることなく、平凡でもそこそこの幸せを掴ませてやろうと思っていたのに」

「……」

「おまえはあえて欲と業にまみれた男の傍にいたいというのか」

「……はい、いたいです」

「最初で最後のチャンスだぞ」

「……」

「この機会を逃したらおまえはもう一生、他の男を知ることは許されないのだぞ」

「……」

「俺が死ぬまでおまえは俺から離れられない。メイドという名の奴隷になるのだ。──それでもいいというのか」

「はい、それが私の望みです」

「……」


とっくに気持ちは決まっていた。だから旦那様から告げられるどの言葉にも私の決心は揺らがなかった。



長くて短い沈黙がしばらく続いた。


そして静寂を破るように深く息を吐いたのはご主人様だった。


「──はぁ……全く」

「……あの、ご主人様」

「おまえはかおりと──死んだ妻と同じことを言う」

「!」


(死んだ妻──って)


ご主人様の意外な言葉に驚いた。

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