第6話(前編):どこまでも星に伸ばす腕

 セファラとレンカの決着がつく数分前──。

 ソラエはロティを、圧倒していた。


 戦槌が〈洞角どうかく〉の鎧を砕き、的確に体力を削っていく。

 しかし、ロティは焦りを感じていなかった。


(下策だねえ、〈端末人間〉に持久戦を挑むとは)

(って考えてるんだろうね)


 半永久的な持続力こそが、ソラエ・リーザ・クロスエーデンの真骨頂。

 スタミナが人並外れているわけではない。


 卓越してるのは──『力の再配分アウスヴェーレン』とも呼ぶべき要素である。


 槌を振った際の遠心力。

 衝突の反動。運動に伴う慣性。

 息継ぎのタイミング。重心の移動。


 巧みな体捌きによって、運動エネルギーを操り、次の行動に転化する。

 得意技の〈不可避の槍〉も、この技術を応用したものであった。


 先天的に備わっていた、天賦てんぷの才。


 まるで踊り子のごとく、金色の髪を揺らして、ソラエは戦場を舞う。

 有形の型で構成される武術とは異なる、無形の極致。


(なんだあ、こいつ……動きまわってるくせに、全然息を切らしてねえ)


 ほどなくして、ロティが違和感に気づいた。

 ソラエの戦闘舞踊は、極めて繊細なバランスで成立している。

 ならば、そのリズムを崩せばいい。


「てめえ! ちょこまかしてんじゃねえ!」


 イライラしているフリをして、乱暴に拳を振り回す。

 わざと隙を晒して、釣り出す。


 痛みに怯まず、カウンターを仕掛ければ、反撃は可能。

 一撃の重さ比べは、フィジカルで勝る〈端末人間〉に分がある。


(誘ってるね。粗暴そぼうを演じて、刺すような冷たい殺気を隠してる)


 それを承知の上で、ソラエは相手の思惑に乗った。


「ごっは……!」

 あごに直撃した鉄槌が、ロティの意識を吹き飛ばす。


 カウンターは、攻撃をしのぐのが大前提だ。

 そこで脳を揺らしてしまえば、反撃のリスクごと封殺できる。


「悪いね、このまま押しきらせてもらうよ」


 顎の次は後頭部、側頭部と微妙にずらしながら、攻撃の手を休めない。

 だが、一向に手応えに変化がない。


 戦闘技能なのか〈端末人間〉の反射なのか、ロティは無意識に〈洞角〉の鎧を形成できるようだ。

 関係ない。ここで仕留める。


 ロティが耐えきれず、両膝から崩れたのが合図だった。


 片方の戦槌をひっくり返し、錨爪かぎづめ側を向ける。

 とどめを刺せないと思ってる彼女に、終止符を打つ。


 膝をついたロティの心臓に、錨爪を向けたほう突き刺し、もう一方の槌で止まったところを叩き、鋭利な錨爪を深く捻じ込んだ。


情報習得ダウンロード【エレクト──なんだっ?」


 ソラエを下がらせたのは、本能的な直感と、経験則に基づく直観。

 直後、セファラの【スクリーム】が、基地内部までつんざいた。


「あっ──」


 ソラエの右腕が、急伸長した〈洞角〉によって、肘の手前から先が切断された。

 ごとりと、持っていた武器が落ちる。


 早く止血を。残されたのは片腕。バランスが崩れた。もう継戦はできない。

 脳内を様々な絶望が駆け巡る。


 一体、何が起きたか──。

 豊富な実戦経験により、追い込まれたソラエは、状況判断を優先した。


「お嬢の【スクリーム】は徹底の合図だ。つまりオレらの負けってこと。でもなあ、ここでオレが逃げたら、お嬢が悲しむからよお」


 両膝をついて項垂れたうなだれたまま、ロティは呟いた。

 側頭部に一本ずつ角が形成され、鬼のようなシルエットになっている。


 伸びたのは〈洞角〉ではなく──左腕そのものだ。

 手のひらから腕が生え、またその先に腕が生え、数珠繋ぎの末端にある腕が〈洞角〉で覆われている。


 過剰再生の代償で、自壊した関節が血を吹き、だらりとぶら下がっていた。

 続けて、左胸の抉れた穴が、ボコボコと肉が膨れて再生する。


「ロティ、キミは一体……」


 時間を稼ぐつもりはなく、単純に疑問が口をついていた。


「……オレは〈端末人間〉になる前からクズでよお。こんな体になってからは、クズに輪をかけてクズだったぜ」


 戦いを中断し、ロティは語り始める。ソラエが武器を置き、片手で止血剤を打つ行為も見逃してくれた。


「喧嘩は日常茶飯事だったぜ。ある日、路地裏でくすぶってたオレは、金持ちそうなお嬢様が絡まれてるのを見つけてよお。別に助けたかったわけじゃねえ、なんなら、お嬢ごと喰っちまおうと思って、正体を見せたのさ」


 ロティは「なのに──」と目を伏せる。


「──すっげえ、キラキラした目で見つめてくるんだよなあ。白馬に乗った王子様に憧れる、お姫様みたいによお。思わず、こっちから頼み込んでたぜ。オマエさんのボディガードにしてくれってな」


 食欲が失せたことで、勘違いした。

 覚醒した〈端末人間〉同士は、本能的に共食いしないことを、ロティは知らない。


「お嬢はさあ、『星』なんだよ。クズがどんなに手を伸ばしても、星には手が届かねえけどよお。星はクズにも平等に、輝いて見えるんだよなあ。お嬢のためなら、どんな過酷な実験にも耐えられたぜ」


 もう使い物にならなくなった数珠繋ぎの腕を、元の左腕だけ残し、ぶちぶちと引き千切る。


「平等だと思ってたのは、オレの勘違いだったけどよお」


 ロティが立ち上がり、ひりつく殺気が戻ってくる。

 いいや、これは先刻までとは別種の──哀しみ。


「セファラに、裏切られたのかい?」


 気づけば、ソラエは口を挟んでいた。


「お嬢は裏切ってねえ! オレが勝手に憧れただけだ! さっきだって、オレに逃げろと言ってくれた!」


 途端に声を荒げ、踏みしめた床がヒビ割れる。


「おっと……アツくなっちまったなあ。今のは忘れてくれ。これは星に恋焦がれた、太陽に近づきすぎて身を焦がした、よくある話さ」


「見逃すわけじゃないけど、今夜はリオを返してくれたら、深追いはしない」


 その境遇に、同情したのではない。

 どうも急激に再生してから、ロティの様子がおかしい。


 まるで、命の残り火を燃やし尽くしているような。


「そいつはできない相談さねえ。あいつはお嬢の見つけた星だ。星を奪われる苦しみは、オレが一番よく知ってるんでなあ」


「ボクだって、友達を奪われるわけにはいかない」

「友達ねえ……」


 ロティは意味深に微笑し、それ以上、何も言わなかった。


「さあ、お互い十分休んだろ、戦闘再開と行こうや」


 ソラエは頷き、腰を落とした。

 利き腕と反対の感触を確かめるように、槌の持ち手をくるりと回す。


(片手じゃ、鎧の表層が砕けるだけ。顎を狙っても、多分もう通用しない。狙うなら、治りきっていない左胸。おそらく、無理な再生をしたんだろう)


 この距離なら、〈不可避〉で貫ける。

 武器は片手で扱えるものがいい。


「──情報習得ダウンロード【レイピア】」


 刺突剣に変わるや否や、ソラエは踏み込んだ。

 ロティはその場から動かず、冷徹な表情を浮かべた。


「──情報転送トランスファー【ブラッドベゼル】」


 千切れた腕が急膨張し、廊下中に血しぶきを撒き散らす。

 正面から突っ込んだソラエは、もろに血を被った。


「うわっ」

「言ったろ、オレはクズだぜ。ボクサーである前に、ストリートファイトが本来のスタイルさあ!」


 さきほど、繰り出そうとしたバックブローは、ボクシングでは禁じ手である。


 ソラエの顔面を鷲掴わしづかみにして、壁に叩きつける。

 洞窟の壁に打ちっぱなしにされた鉄板が、大きくひしゃげた。


 後頭部を強打したソラエは、失神してしまう。


「過剰再生と超速再生は体力を使うんでなあ。悪いがオマエさんの肉、食わせていただくぜ」


 手を離し、壁にもたれかかったソラエの喉笛に、〈洞角〉の切っ先を向ける。

 話を聞いてくれたお礼に、せめて、苦しまないように。


「やめろ……ッ!」


 ロティが振り返ると、息を荒げた赤髪の少女が、裸足はだしで立っていた。


(第6話前編・了、つづく)



【次回予告──】


「おーおー、お目覚めかい、『王子様』」

「ソラエは友達だ……食べ物じゃない!」

「あ、あたしは平気だけど、あんたが……」

「いいのかよお。能力使っちまって、仲間が見てるぜ」


 仲間の窮地に、駆けつけたリオ。

 しかし、彼女の体はすでに人間ではなくなっていて……。


「──情報習得ダウンロード【エルク】」


次回、『グレゴール・ザムザ』


【──毎日夕方18時00分更新!】

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