第5話(後編):異形の花々
「──
セファラのコートの袖を破いて、イバラのムチが左右の腕に形成される。
彼女はそれらを振り被ると、レンカに向け、大きく薙ぎ払った。
夜の山林に、パァン、と空気の破裂音が響く。
これは先端速度が、音速を超えたことによって生じるソニックブーム現象である。
(これがあいつの能力……もらえば、痛いでは済まされないわね。〈端末人間〉の
「最初からトップギアでいきますわよ!」
セファラはミッドレンジを保ったまま、しなるムチの速度を次第に上げていく。
点でも線でもなく──『面』で圧倒される。
「咲き誇れ────
「っ……
鋭い痛みに頬に手をやると、皮膚が裂け、血が流れていた。
攻撃の軌道がまるで見えない。避けきれない。受け止めるなど論外だ。
「──
セファラの猛攻に堪らず、レンカは林に逃げ込む。
リーチの差が意味をなさなくなり、邪魔になるだけの槍は、短剣に変えた。
ムチが直撃した薙ぎ倒された幹が、メキメキと倒れる。断面は摩擦熱で焼け焦げ、煙が燻っている。
(威力やっば……でも、初速を潰せば大して怖くない)
事実、先ほどからムチの嵐は止んでいた。
樹木の入り組んだこの場所では、振り回せない。
レンカの企みは上手くいった。
「あんた、さっき戦いやすいって言ってたけど、森はあたしに味方してるみたいね」
基地から、じわじわと着実に引き離す。
セファラが自身を無視して引き返さないよう、挑発も交えながら。
「わたくし、ユーフォーキャッチャーを初めてやったのですけれど、どうも苦手でして」
「……は? 何の話してんのよ」
「どうにも、距離感の把握が苦手なんですの。そこで、妙案を思い付きましたわ
──『目を増やせばいい』と」
セファラが
狙いはレンカを逸れて、その手前の地面を抉る。
「どこ狙ってんのよ?」
リーチはあるが、ムチの殴打より威力は低い。やり過ごせる。
次々と弾かれた何かは、大雑把にあちこちの地面に着弾して、森に静寂が訪れた。
「──
セファラの声に呼応して、大地が赤く染まる。
一斉に芽吹いたのは、花弁中心に、宝石のように赤い瞳を据えた異形の花々。
「なんなのよ、これ……!」
「わたくし、種子を撒いておりましたの」
「だからって、こうはならないでしょ!」
目のような模様でなく、目そのものである。そんな植物は聞いたことがない。
しかも、よく見れば、セファラの瞳にそっくりな。
「これらは、いわば人体の
「〈学園〉でも把握してない能力を、なんであんたが知ってるのよ!」
「そこまで答える義理はありませんわね」
近くの眼球が、ぎょろりとレンカの姿を捉えている。
増やした目から得た情報は整理統合され、セファラにフィードバックされる。
この状況はやばい、そう悟ったレンカは付近の眼球を足で踏み潰す。
ぐしゃぐしゃ、と不快な音がして、盛大に血が飛び散った。
潰れた花が血溜まりの中で
「嘘でしょ! この花、ひとつひとつが〈端末人間〉並みの再生力……?」
逃れようにも、包囲網は既に展開されている。
仮に森から逃げ出せば、ソラエが挟み撃ちになってしまう。
「あっ、ぐっ……」
突如、頭上から降ってきたツタが、レンカの首に絡みついた。
枝のひとつを経由して引っ張り、彼女を首吊りにする。
「うふふっ、初キャッチ成功ですわ」
セファラが無邪気に喜び、ゆっくりと景品に近づいていく。
足音の度にツタが
「ぐ、うう……」
「苦しいかしら? 状況を打開しようにも、声を出せなければ、〈インストーラー〉は起動しませんわ」
セファラはすでに、自身の勝利を確信していた。
「ねえ、レンカさん。最期にもうひとつだけ、教えてさしあげます。リオ様はね、貴方の名前を呼んだのですわ──」
足音はもう、間近に迫っていた。
眼球の群れが、レンカの死に様を見届けようと、そちらを凝視する。
「──貴方なのでしょう? リオ様の一番のお友達は」
首を吊る木、一本分を挟んで、レンカは苦しげな表情のまま、かすかに笑った。
ピンッ、ワイヤーが引っ掛かり、繋がれた【クロスボウ】が反応する。
発射された矢が、セファラの脇腹に命中した。
眼球の種子をばら撒かれる前に、背の低い草むらに仕込んでおいたものだ。
「くっ、ただの矢如きでやられませんわよ」
「げほっ──
千載一遇。
中距離戦が得意なセファラが、この距離まで接近してくれた。
脱いだ制服の上着を持ち手に巻き付け、電流を帯びた短剣を構えて突貫する。
「させませんわ!」
セファラは短く伸ばしたツタを素早く振るい、短剣を弾き飛ばそうとするが。
密着した間合いでツタは使いにくいのか、自分に当たって「いたっ」と言っている。
ヘロヘロの攻撃を易々と避けながら、レンカはぐるりと彼女の周囲を一周する。
花が潰れ、気づけば、ふたりの足元に大きな血溜まりが出来ていた。
「これで終わりよ!」
ダメ押しに、摘んでおいた眼球を握り潰し、セファラに鮮血を浴びせる。
「貴方も感電しますわよ!」
「お生憎様、この制服は耐電性なのよ!」
レンカは勝利宣言の代わりに、放電を続ける刃を塗れた地面に突き立てた。
導線を得た電流が、一気にスパークする。
「きゃあああああああああ!」
「く、ううううううう!」
黒のタイツが地面からの通電をカットする。
が、完全ではない。
ここからは、女の意地による根競べだ。
「リオ様の一番は、わたくしですわあああああ!」
「あたしのほうがリオと付き合い、長いんだからあああああああ!」
やがて、内部電力を使い果たした【ダガー】の放電が収まる。
息をぜいぜいと荒げた少女がふたり、その場に立っていた。
レンカのタイツは絶縁効果を失い、ところどころ破け、素足が丸出しになっている。
高圧電流のダメージは、全身にも及んでいた。
セファラはと言うと、血を浴びたことで電気の通り道となったワンピースの一部が燃焼し、雪のように白い素肌が露出している。
再生のおかげで無傷にも見えるが、ダメージは内部に蓄積していた。
余波を受け、眼球の花々が
しかし、直接刺したわけではないため、セファラを殺めるには至らなかった。
「はあ、はあ、この場は……勝ちを譲ってさしあげますわ。
──
セファラの袖から零れた一粒の種が、血を吸って急成長し、今度は喉と口のある花が咲く。
警戒して半歩下がったところで、花は唐突に「ギャーーーッ」と絶叫した。
「うるさっ……ったく、厄介な相手に逃げられたわね」
反射的に耳を塞いだ隙に、セファラはどこかへ消えていたのだった。
(第5話後編・了、つづく)
【次回予告──】
「リオを返してくれたら、深追いはしない」
「でもなあ、ここでオレが逃げたら、お嬢が悲しむからよお」
「セファラに、裏切られたのかい?」
「ボクサーである前に、ストリートファイトが本来のスタイルさあ!」
ソラエとロティの戦いもまた、佳境を迎える。
セファラへの心酔を語り終えた彼女は、闘牛から牛鬼へと“変貌”を遂げる……。
「星はクズにも平等に、輝いて見えるんだよなあ」
次回、『どこまでも星に伸ばす腕』
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