第5話(前編):怪牛勿(かいぶつ)

「よお、オマエさんがオレの相手かい?」


 基地に突入してすぐの廊下で、見知らぬ女性が壁に背中を預けていた。


 ショッキングピンクのベリーショートに、緑色の瞳、全身はパンクファッション。

 多種多様なピアスでびっしりと両耳を飾り、鼻にも輪っかのピアスがある。


「違うって言ったら、そこを通してくれたりする?」

「おいおい、つれないこと言うなよ。お嬢に誰も通すなって言われててな」

「だよね」


 人質を抱えながら相手するのは、もっと大変なので、ソラエは逆に安心した。


 得物は、槍の形状を維持したまま。

 天然の洞窟を再利用しているため、廊下は十分な広さがある。


「その足運び、腰の入り方。さっきの奴と違って、楽しませてくれそうだ」


 女性が血の滲んだ布切れを、見せつけるように落とす。

 よく見れば、金の刺繍ししゅうがある、〈学園〉制服の校章部分であった。


「殺したんだね」

「夜中に小腹が空いちまってなあ」


 セファラの別荘と裏山の基地は、地下道で繋がっている。

 移動中を見つかる危険は低かったが、異変に気づいた応援と合流される前に、予め始末しておいたらしい。


「どうして……」


 ソラエは隙が出来るのも承知のうえで、制服の切れ端を拾い上げた。

 仲間の遺品を、上着の内ポケットに仕舞う。


 任務での殉職は珍しくはない。

 遺体も大抵食べられてしまうので、そのほとんどが帰ってこない。


 親族を亡くした生徒も多く、葬式は〈学園〉内々で行われる。


「ああん、どうしてだあ? 〈端末人間〉が人を殺すのは本能だぜ。そうでなくってもよお、〈学園〉の生徒とオレたちが殺し合うのは、至極当然の流れだろうがよ」

「そっか……」


 これまで何人も返り討ちにしてきた、そんな台詞を言外に語っている。

 好戦的な彼女に、ソラエは対話を諦め、内に秘めていた闘気を剥き出しにした。


 殺気を感じ取った女性は、にたりと笑う。


「おっ、やる気になったみてえだな」


「ボクの名前は、ソラエ・リーザ・クロスエーデン。リーザはミドルネームだよ」

「そうかい、オマエさんが『最強』とやらか。オレは如月ロティだぜ」


 戦闘に入ってしまう前に、名乗りを済ませた。

 全力で殺すと決めた相手への、ソラエの最低限の『礼』である。


「ロティ、キミの言い分は間違ってないよ。ボクも殺した相手の数はもう、数えてないから」

「寂しいねえ、オレは殺した相手のことは覚えてるぜえ。へへへ、その碧い瞳をよお、飴ちゃんみたいに舌で転がして、味わってやるよお」


 ロティが、じゅるりと舌なめずりする。

 ソラエの冷たい視線はもう、彼女を人間だと思ってはいなかった。


「──情報習得ダウンロード【エレクトリック】」

「──情報習得ダウンロード【レイジングブル】」


 高温で膨張する細胞と、放電を纏う槍。

 会話しながら、それとなく詰めていた間合い。


 そこから放たれる、二段構えの〈不可避の槍〉。

 ロティの肉体が変化し、前腕筋から上腕筋がマッシブに盛り上がった。


 が、槍の切っ先は、すでに心臓を捉えている。


導火箭ロケット・ブースター──!」

「あせんなよ」


 実際に言葉を交わす時間はなかったのだが、ロティの視線がそう語っていた。


 パキン、と金属の壊れる音がした。

 槍の切っ先が根本から折れ、宙を舞っている。


「厄介だね……人の味を覚えた『怪物』は」


 本能的に、〈端末人間〉は電撃を恐れる。あの距離では、委縮した体に槍は必中するのが自明。


 しかし、ロティは恐れも焦りもしなかった。


 避けられない槍を、左フックでへし折ることで、『』のだ。

 感電しないよう、切っ先に触れずに。


「まさかこれで、終わりじゃあねえよなあ!」


 ロティが反撃の拳を繰り出す。

 大振りではなく、ジャブをコンパクトに刻んでいく。


 身体能力の彼我差ひがさかんがみれば、小振りでも当たれば重傷を負う。


「戦い慣れてるんだね、不意打ちだけかと思ったよ」

「オレはボクサーだぜ」


 連続のジャブを、ソラエは先端の折れた槍の柄でガードした。

 漏電ろうでん防止のため、発電機関は破損した際、機能を停止する。


「オラ、オラ、オラァ!」


 ロティはジャブのラッシュを緩めない。

 ボクサーのパンチは、しばし凶器に揶揄やゆされるが、威力はまるでマシンガンだ。


 金属の棒が受け止める度に、少しずつ、ひしゃげていく。


(妙だね、ただ強化された拳じゃない)


 衝突音が

 拳のめり込む鈍い音ではなく、硬い物同士がぶつかる音がする。


 目を凝らせば、両腕がうっすらと白い。


 そこまで考えて、ソラエはロティの攻撃が小休止していることに、はっとした。

 腰を入れた、渾身のストレートを放ってくる。


「──レイジング・インパクトォ!」


 ロティの右手が伸びた。構えを手刀──貫手ぬきてに変えたから。

 否、伸びたのは手ではなく『角手』。文字通り、ウシの『角』であった。


 前腕を覆っていたタンパク質の鎧を延長し、鋭利な〈洞角どうかく〉を形成したのだ。

 耐久力の限界を迎えた柄が、中心から真っ二つに折れる。


 なおも止まらない刺突を、ソラエは大きく仰け反ってマトリックス回避した。


「レイジング・フィンガーッ!」


 ロティの五本の指、それぞれが白く尖り、床を抉ってくる。

 ソラエは咄嗟に手を付き、バック転で躱す。


情報習得ダウンロード【スタングレネード】」

「うおっまぶし!」


 さらなる追撃を、強烈な光と音ホーリー・スパークが遮った。


 二本に割れた〈インストーラー〉を、バック転の直前に、ロティの足元に投げ込んだのだ。


 内部バッテリーを全消費するため、一度限りの使い捨てだが、折れた槍をコストとすることで、無駄のない展開であった。


(仕切り直されたかよお。だがなあ、もう槍は刺さらねえぜ)


 視覚と聴覚が麻痺したロティは、関節を除く全身を、〈洞角〉の鎧で覆っていた。

 命中の衝撃を合図に、カウンターを放つ。


 今度は槍を折らず、切っ先は〈洞角〉鎧の表面を滑らせ、体勢の崩れた上半身をバックブローで打ち抜く。


 視力はまだ戻っていないため、照準は正確ではないが、胸でも顔でも、当たりさえすれば決定打となる。


(アンタは凄腕の狩人だろう。だからこそ、この好機を逃さねえ)


 ある種の信頼。あるいは妄信。

 待ち構えるロティの体を、強烈な一撃が揺らした。


「ごっ、は……」


 また槍の一撃が来る、そう思い込んだ誤算。

 腹部を覆う〈洞角〉は砕け、内臓に伝わった衝撃が、吐血を誘発させる。


「この武器さ、滅多に使わないんだよね」


 回復した視力が、ソラエを映し出す。

 彼女の両手には、二振りの【ウォーハンマー】が握られていた。


 変幻自在。千変万化。行雲流水こううんりゅうすい


 多彩な能力を持つ〈端末人間〉に対する解答。

 携帯武器〈インストーラー〉はその機能を、相手に応じて、自在に変える。


(第5話前編・了、つづく)




【次回予告──】


「妙案を思い付きましたわ、『目を増やせばいい』と」

「だからって、こうはならないでしょ!」

「うふふっ、初キャッチ成功ですわ」

「あたしのほうがリオと付き合い、長いんだからあああああああ!」


 夜の森で、セファラと対決するレンカだったが。

 彼女の恐るべき“情報転送トランスファー”が、次第にレンカを追い詰めていく……。


「お生憎様、この制服は耐電性なのよ!」


次回、『異形の花々』


【──毎日夕方18時00分更新!】

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