第4話:寝込みに種付けしてくるお嬢様は好きですか?
「うーん、どうもきな臭いのよねぇ」
時刻はリオがさらわれる、わずか数分前。白雪家の大きな屋敷、その客間のひとつで。
椅子に腰かけたレンカが顎に手を添え、頭を捻っていた。
向かい合うように座るソラエは、来客用の紅茶を
なお今回は公な捜査の依頼であるため、戦闘も考慮して、両者共に服装は〈学園〉製の赤黒いブレザーである。
「レンカ、なにか気になることがあるの? ボクにも教えてくれる?」
「気になるっていうか、見落としがある気がするのよ」
屋敷中の人間に対して聞き込みが行われ、死亡推定時刻のアリバイは有ったり無かったりと半々だった。
このアリバイも、鵜呑みにしていいものか迷う。
「全員怪しいと言えば怪しいし、全員怪しくないと言えば怪しくないわ」
「ええと、この屋敷の使用人は〈端末人間〉について知ってるんだっけ?」
「正しくは一部ね。白雪家の現当主であるセファラのご両親、この屋敷に長く仕える高齢の使用人だけ」
「あれ、セファラさん本人は知ってるんだっけ?」
「知らないから、別荘に隔離してるんじゃないの?」
ソラエは「それもそうだね」と、照れくさそうに頭を掻いた。
「──それだわ! お手柄よ、ソラエ!」
突然、椅子から勢いよく立ち上がったレンカが、大声を出す。
驚いたソラエが、ゴホゴホと飲みかけの紅茶で
「あっ、ごめん」
レンカはハンカチを取り出して、ソラエの学生服を拭く。
「いや、そんなに濡れてないから、すぐ乾くよ。それより何が分かったの?」
ハンカチを仕舞った彼女は『名探偵』のように、こう告げた。
「あたしたちは見落としていたのよ──セファラ自身が〈端末人間〉の可能性に」
この場合、最も危険な状況なのは、護衛に付いている
ふたりの意見が一致する。
「すぐに連絡しようっ」
ソラエが、定時連絡用の通信機に電話をかける。
簡単には
しかし、何度コールを待っても、返答はない。
これ以上は無駄だろう、とソラエは首を横に振る。
「大変、リオが! どうしよう!」
レンカが悲痛な声で叫ぶ。
「落ち着いてっ、さっき定時連絡が来たばかりだよ。まだ助かる」
ソラエは冷静に、慌てふためく彼女をなだめる。
念のため、屋敷の警護は他の生徒に引き継いでもらって、ふたりはその場をあとにした。
(リオ、無事でいて──)
友人の身を案じながら、レンカは街灯の照らす夜道を駆けた。
◆
「どこだ……ここは……」
目覚めたリオは、辺りを見渡す。全身に眠気とは別の
無機質な天井には蛍光灯が、窓のない壁には鉄板が打ちつけてあり、四方を人工物で囲まれている。
屋内のようだが、それなりの広さだ。
壁に沿って、いくつか並んでいる寝台の最奥に、リオは寝かされていた。
並べられた器具や、各寝台に付いた照明の形状からして、手術台を想起させる。
「冗談じゃない」
起き上がろうとしたリオの左胸に、激痛が走った。
「ぐっ、うう……なんだ?」
キャミソールを捲りあげれば、胸部に包帯が巻かれている。
そして、身に着けていたはずの〈インストーラー〉が、一本も見当たらなかった。
「お探しのものはこれですの?」
先ほどは気づかなかったが、グレーのワンピースに、ベージュのコートを羽織ったセファラが立っている。
細い指で金属棒を一本摘まみ、ちゅっと口づけをした。
近くの台には、奪われた残りの〈インストーラー〉と通信機がある。
「返せ! ぐっ……」
胸の痛みに加えて、体を起こすだけで、重度の疲労感に襲われた。
「大声はお体に障りますわよ」
「そうだ体……私の体に何をした!」
すでに取り返しのつかない事態になっている、嫌な予感がした。
口では問い詰めながらも、返事は聞きたくなかった。
「リオ様のお体に、簡単な手術を施しましたの。切開した痕は綺麗に塞がりますので、どうかお気になさらず」
セファラは日常会話の延長線のように、からっと言う。
リオはその先を聞きたくなくて、反射的に耳を塞いでいた。
「ああっ、ぐ……」
突如、心臓がドクンと脈打ち、咄嗟に胸を押さえる。不安による動機ではない、もっと肉体的な異常だ。
「リオ様の身に何が起きてるか、教えてさしあげましょうか?」
ゆらりと手術台に近付いてきたセファラが、耳元で
耳を塞ごうにも、両手は尋常じゃなく脈動する心臓から離せない。
「セファラ……私は一体、『何に』された?」
ぽつりと、言葉が口をついた。
「わたくしの情報習得は【フラワリングプラント】──
もったいぶるように、彼女は一から説明を始める。
寝室の花もこいつの仕業かと思ったが、それはもはやどうでもよい。
「──リオ様の胸に『種』を植え込みましたの。もうあちこちの血管や骨に根を張った頃ですので、再手術しても取り除けませんわ」
「何の……『種』なんだ」
リオの頬を、冷や汗が伝っていく。
セファラは怯える愛玩動物でも相手取るように、にっこりとほほ笑んだ。
「植えた相手を、後天的に〈端末人間〉に変える種ですわ」
この世界に生きる人間は、多かれ少なかれ、〈端末人間〉の血を引く
ほとんどの人間は影響を受けずに生活しているが、セファラの行った改造手術は、血中に含まれる〈端末人間〉因子を活性化させる。
リオの体は今まさに、変容しつつある途中であった。
「くそっ!」
衝動的に立ち上がろうとする。
根を張った種子は、すでに摘出できないと言われたが、〈学園〉の医療技術なら、なんとかなるかもしれない。
しかし、腕に力が入らず、ベッドから落ちそうになった。
強引な造り替えと、手術の後遺症で、身体機能の大部分は麻痺している。
「リオ様、しばらく横になっていてくださいまし」
皮肉にも、リオの体を支えたのは、セファラであった。
「セファラ……お前は何が目的でこんなことを!」
弱った腕にできる限りの力を籠めて、セファラの胸ぐらを掴む。
激情のままに、張本人に怒りをぶつける。
「リオ様、誤解がないよう断っておくと、別に嫌がらせではありませんわ」
「だったら、どうして、こんな……」
自身の行く末を
そんな彼女に、セファラは優しくコートを掛けてあげる。
「リオ様に──仲間になっていただきたかったのです」
「この流れで……なるわけないだろ!」
弱々しい力を振り絞って、コートを払いのける。
拒絶されたセファラは、寂しそうにそれを拾い上げた。
「お前が……なんでお前がそんな表情をできるんだ! 勝手に私の人生をめちゃくちゃにしたのは、お前だろうが!」
「わたくし、リオ様が来てくれて、本当に嬉しかったのですわ」
嘘偽りない、本心からの告白であった。
それはリオにも伝わり、怒りのやり場を失ってしまう。
むしろ、これは『報い』にさえ思えた。
「レンカ、助けてくれ……」
痛む胸を押さえて、リオはうずくまる。
見兼ねて、セファラは名残惜しそうに部屋を立ち去った。
奪われた〈インストーラー〉は、立って数歩の場所に置かれたままだったが、今のリオには、夜空の星ほど遠くに見えた。
◆
「通信機に表示された座標によると、この扉の向こうね」
白雪家の別荘裏手にある山林に、人工物で出来た鋼鉄の扉が鎮座していた。
月明かりがあるとはいえ、夜の山道は薄暗い。
にも関わらず、迷わずたどり着けたのは、〈インストーラー〉に
元々はオーバーテクノロジーの塊である武器の紛失、盗難防止の機能である。
そうと知らずに自陣に持ち込んだのか、あるいは。
「罠の可能性もあるけど、どうする?」
「こうしてる間にも、リオが何されてるか分からないのよ。増援を呼ぶ時間もないわ」
そもそも、〈学園〉にこれ以上、増援を寄越す余裕があるか怪しい。
ソラエとレンカの二名で強襲するのが、最善だろうと思索する。
「分厚い扉だね。〈インストーラー〉でぶち破ろっか?」
「賛成よ。音でこっちに気付かれるでしょうけど、他に入口も見当たらないし、なにより今は一刻も時間が惜しいわ」
ふたりは槍に変形させた武器を携え、扉の両脇に待機する。
「ボクが【ヒート】で扉を焼き切るよ。レンカは不意打ちに備えてて」
「待って、誰か出てくるわ」
ソラエが情報習得を行う寸前で、機械的な音を立てて扉が開いた。
「ごきげんよう、リオ様のお友達の皆さん」
セファラは優雅に、ワンピースの裾を摘まんでお辞儀をする。
突き付けられた刃先など、まるで意に介していない。
「リオは無事なんでしょうね!」
言葉に怒気を籠めて、レンカが威圧する。
「無事の定義にもよりますけれど、命に別状はありませんわ」
殺してしまえば人質の意味がない、当然と言えば当然である。
だが、実際に安否を確認するまでは、真実を話している保証がない。
「あたしが時間を稼ぐから、ソラエはリオをお願い」
レンカはそっと、ソラエに耳打ちした。
逆に人質さえ確保できれば、この場は逃走して仕切り直せる。
「こっちを見なさい──情報習得【エレクトリック】!」
発電器官を備え、槍の切っ先がスパークする。
「まあ! 〈端末人間〉の弱点となる電撃、怖いですわー」
わざとらしく、セファラがおどけてみせる。
高圧電流を前にした場合、本能的に体が
セファラは電気が弱点と知っていて、なお動じなかった。
つまり、〈端末人間〉または〈学園〉その両方に、一定の知識を有している。
誘拐が計画的な犯行であったと、レンカとソラエは互いに頷く。
「ソラエ、先に行って!」
それでも、友人を見捨てる理由にはならなかった。
扉の前からセファラを追い払うように、槍を振り回して火花を散らす。
「レンカも気を付けてねっ!」
存外あっさりと、ソラエは入口を潜った。
というより、セファラが素通りさせたように見える。
「あんた、どういうつもり?」
「わたくし、用心棒を雇っておりますの」
単独犯ではなかった。
だとすると、レンカに別の疑問が生じる。
「じゃあ、なんであんたが先に出てきたのよ」
護衛より前に、護衛される側が現れたのが不思議だった。
「わたくしの能力は、舗装されてない地面のほうが戦いやすくって、それに──」
セファラは両手を合わせ、怪しく微笑む。
「──リオ様の一番のお友達と、お手合わせしたかったのですわ」
(第4話・了、つづく)
【次回予告──】
「オレはボクサーなんだぜ」
「ロティ、キミの言い分は間違ってないよ」
「夜中に小腹が空いちまってなあ」
「厄介だね……人の味を覚えた『怪物』は」
基地に突入したソラエは用心棒のロティと激突していた。
戦い慣れた彼女に苦戦するソラエは、とある“秘策”を披露する……。
「この武器さ、滅多に使わないんだよね」
次回、『怪牛勿』
【──毎日夕方18時00分更新!】
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