第2話(後編):不可避の槍
屋内運動場。そのテニスコートほどの広さを、ラインテープで区切られた一画。
センターラインを挟んだ対岸で、リオはソラエと向かい合っていた。
「ねえ、リオ。確認するけどさ、本当に全力を出していいんだよね?」
「ああ、集中して気を紛らわせたいからな」
「そういうことなら、ボクから目を離せなくしてあげるよっ」
容姿端麗なソラエに、初めは誰もが
ただし、彼女は物理的な意味で言っている。
「「──
両者が手にする金属棒の先端の赤いランプが点滅し、訓練用の〈インストーラー〉が、二振りの槍に変形する。
どんな武器を扱うかは原則自由だが、とどめを刺す際の電流で感電しないよう、槍の扱いだけは義務付けられていた。
互いに得物を構えたまま、二人はじりじりと間合いを測る。
ソラエは、やにわに足を止めたかと思うと、にかっと笑みを見せた。
(──あれが来る!)
「行くよっ──
攻撃宣言を済ませ、ソラエが突っ込んでくる。
事前に技名を叫ぶのは、演習ゆえの手心で、実戦ではもっとぎりぎりで言う。
攻撃宣言を済ませ、ソラエが突っ込んでくる。ちなみに事前に技名を叫ぶのは演習ゆえの手加減で、実際はもっとぎりぎりで言う。
間合いに入るために踏み込む一段階目の加速と、間合いに入ってから槍を突き出す二段階の加速からなる、本気時にのみ使う得意技。
その突きは──不可避の一撃、必中の槍としばし揶揄される。
ただ速いだけではない、加速を二段に分けることで、切っ先が追尾してくるのだ。
それも、ソラエの卓越した技巧により、二段目の突きは一段目の勢いを殺すことなく、威力は加算される。
正面から受けた場合、吹き飛ばされて、壁際の緩衝材にぶつかるまで止まらない。
(だが、逆に当たると分かってるなら──)
「外したっ! いやっ、いなされた?」
ぎりぎりまで引き付けてから、リオは槍の長柄で
勢いを逆に利用して、ソラエの体勢を崩す。
「そこだ!」
リオが素早く槍を
訓練用の槍は全体が特殊なゴム素材で、致命傷を負わせないようになっている。
しかし、強打すれば痛みは伴うし、打撲も負う。
ひりつく緊張感がアドレナリンを分泌させ、理性のブレーキをぶち壊す。ここでアクセル全開。
一瞬でリオの視界から、ソラエが消えた。
「にひひっ──
声のした方を見やると、彼女は体を縮めて屈み、横薙ぎを躱していた。
攻撃後の硬直を狙って、低い姿勢から繰り出される突き。
それを避けきれず、腹部に命中し、リオはえずいてうずくまる。
「あっ、だいじょぶ?」
「ぐ……問題ない、続けてくれ」
「だよねっ、直前でバックステップしたもんね」
ソラエが「手応えがなかったもの」と槍を片手でくるくる回す。
「分かってて聞いたのか。
「怖いならやめる? 続ける?」
「もちろん、コンテニューしてでも一本取る」
「じゃっ、遠慮しないよ」
ソラエが通常の突きを連打する、手加減ではない。
リオが彼女の得意技を撃たせないよう、一定の間合いをキープしているためだ。
(この速さならぎりぎり対応できる。捌くのに手一杯で、こちらからも攻撃できないが、防御に徹して機会を待つ)
軽い突きは柄で受け止め、重たい突きは受けずに避ける。
どちらが来るかは、ソラエの構えが浅いか、深いかで瞬時に判断している。
「ボクはこのまま続けてもいいんだけど、それじゃリオの訓練にならないよね」
ソラエが後ずさり、距離を取った。
この時を待っていたと、今度はリオが攻め手に転じる。
槍の穂先は、またしても空を切った。
ソラエの姿が再び消えたのだ。また屈んだのかと、反射的に下を見るが──。
「こっちだよっ!」
突然、背中に衝撃を受け、リオは前のめりに床に叩きつけられた。事前警告してくれたおかげで、なんとか受け身は取れたが。
立ち上がりつつ顔を向けると、跳び上がったソラエが着地するところだった。
「さっき屈んだのを、フェイントに使ったな?」
「えっへん、どうだい」
ソラエは無垢な笑顔を浮かべ、片手でブイサインを作る。
「まいったよ。実戦なら死んでた」
そんな彼女に、リオはあっさりと負けを認めた。安いプライドより、鮮やかな
「それで、どうするっ? まだやるよね?」
「まだコインは残っているさ」
「ボクから一本でも取れたら、リオの勝ちでいいよっ」
「やれやれだな……」
どこまでも純粋無垢にはにかむ彼女に、肩をすくめるのだった。
◆
約四時間、水分補給以外ぶっ続けで、両者はスパーリングをこなした。
リオと同じか、もしくはそれ以上動いていたはずのソラエは、多少息こそ切らしているものの、まだまだ余力があるようで。
シャワーを浴びている間も、ぐいぐい話しかけてくる。
「今日のリオ、気合入ってたねっ」
「ああ、これが訓練でよかった。実戦なら何度死んだかわからん」
「実戦なら、一度死んだらお終いだよ?」
「揚げ足を取るな」
「もしかして──倒した相手のこと気にしてる?」
予期せぬ問いに、押し黙ってしまう。
麻痺していた打撲の痛みが、じんわりと込み上げてくる。
「ソラエは、戦うときに何を考えてるんだ?」
質問文に質問文で返すテストなら零点の回答で、強引に沈黙を破った。
「──勝つこと以外にある?」
即答であった。
「そうか、それもそう、だよな……」
「リオってさ。考えすぎな」
「すまん、ソラエ。先に上がらせてもらう」
話半ばの彼女を置いて浴室を出たリオは、ご自由にお使いください、と書かれたカゴからバスタオルを拝借する。
最低限の水気を拭くと、学生服を着て、逃げるように更衣室をあとにした。
髪は生乾き気味だったが、とてもドライヤーを使う余裕はなかった。
◆
保健室の簡易ベッドで目覚めたリオは、まず現在時刻を確認した。
時計の針はすでに午後九時を回っている。食堂はもう、閉まっている時間だ。
「いっつつ……」
全身の鈍い痛みは、鋭い痛みに変わっていた。
残っていてくれた保険医に会釈して、寮の自室に戻ることにする。
「ちょ、リオ、あんた大丈夫なの?」
ふらつくリオを発見したレンカが駆け寄り、肩を貸してあげた。
なんとか自室まで運び終えると、二段にベッドの下段に、そっと横たわらせる。
「何も食べてないんでしょう? 食堂で見かけなかったもの。
外出許可をもらって、近くのコンビニで、おにぎりでも買ってきてあげようか?」
レンカが「シャケがいい? イクラがいい?」と尋ねる。
「いや……食べると吐きそうだから、ちくしょう」
もう寝る、と薄手のシーツを被ったが、彼女はなおも語りかけてくる。
「服がしわになっちゃう。ほら、着替えさせたげるから」
「ああ、ありがとう……」
上着を脱がせたリオの肌を見て、レンカはぎょっとした。痛々しく、体中が貼り付けられたガーゼで真っ白だったのだ。
「ちょっとボロボロじゃない、どんだけ無茶したのよ!」
「……コインが余っていてな」
「なにわかんないこと言ってんのよ!」
傷痕には触れずに、気をつけながら寝巻きを着せる。
糸が切れた
よもや死んでしまったのでは、と心配になるレンカだったが、耳を澄ませると、しっかり寝息を立てていた。
「ごめん。あたしが余計なこと、言っちゃたせいよね?」
不器用にもほどがある友人の頭を、レンカは優しく撫でつける。
この日、彼女は一晩中、リオに寄り添ってあげたのだった。
(第2話・了、つづく)
【次回予告──】
「セファラお嬢様、紅茶が入りました」
「わたくし、行ってみたい場所がありますの!」
「カードは使えませんよ」
「では、わたくしが歌わせていただきますわ」
リオの次の任務は「お嬢様」の護衛であった。
自由奔放な彼女に、振り回されるリオであったが、やがて心を開いてゆき……。
「うふふ、口元にジャムが付いていますわ」
次回、『お嬢様の休日』
【初回は3話(4話)まで更新!】
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