扉の向こう側

@rabao

第1話 扉の向こう側

「え・・・?」

「刺されたの??」

「旦那だよ!、俺は??」


意識を取り戻した俺は声を上げていた。

よく声の響く空間だった。

『おれは・・・、レハ・・・』

こだまが聞こえていた。


「あははは〜!」

「そうですよ!あなたは今、刺されたんですよ〜!」

「いや〜、よかったですねぇ。喉を刺されましたからね。大動脈が破れて、頭の血液があっという間に抜けたんですよ。」

「痛くもなかったのではないですか?」

「ほんの一瞬、いや〜、あなたは本当に運が良かった。奥様に感謝しなくてはいけませんね。」

「あっという間に極楽まで転移ですよ!」

「なかなかあるものじゃない。」


不意に声を掛けられて反射的に叫んでいた。

「何言ってんだ、お前は!」

「俺は刺されたんだよ!」


空間に響く自分の声で、若干冷静になった。

「いいじゃん、ちょっと遊んだって。」

「お金も払ってんだし、全然浮気とかじゃないよ。」

「ちゃんと避妊もしてるし、何が問題なんだよ。」

「あいつだって、他の男と笑ったりしてたじゃん!」


自分の声が自分に語りかけているように感じた。

「えっ!?、それで俺が邪魔になったとか?」

興奮してまくし立てる相手は、風船のような形でゆらゆらと浮かんでいた。

俺の答えの圧力に気圧されるように後ろに漂っていたが、黙るとふわふわと俺の方に寄ってきた。


「でも、あなたは本当にラッキーですよ。」

「 通常は死ぬまでの長い間、さっきみたいな嫌なことばかりが連続で続き、ようやくご褒美で死ぬことができるのですよ。」

「そして、ようやく極楽へとたどり着ける。」


「あなたの奥さんは、あなたの分の業まですべて引き受けて、一生懸命に死を賜るまで生き続けてくれるのです。」

「多分本当に辛い人生を、長〜く生き続けてくれると思いますよ。」


「でも、あなたはどうだ!」

「あの世界での過酷な懺悔を、その年でショートカットできた。」

「まるで最強の戦士だ。」


「・・・?」

「ここに来るために、あの世界で懺悔をしているのか?」


「そうです。あそこは言うなれば、生まれる前の贖罪の精算場所のようなところです。」

「聞いたことあるでしょう?天国とか極楽とか地獄とか?」

「そして、ここは天国とか極楽のそういった入り口になるところです。」

「そこにある大きな扉の向こうに、あなたの未来が広がっているのです。」


「それじゃあ、自殺すればいいじゃね?」


「あなたは、ここに来るまであの世界が全てだとは思っていませんでしたか?」

「死後の世界や転生なんて、おとぎ話の作り物だと思っていませんでしたか?」

「他に世界があるなんて思っていましたか?」


「・・・。」

「みんなそうです。あの世界で精一杯に生き物として生きているのです。」

「それでも自殺だけはダメです。」

「地獄行きですね。」

「記憶は消えますが、もう一度、いや何度でもあの世界に生まれ変わります。」

「それでも、どんなに結果が悪くても、100回ぐらい繰り返すと、普通に死ぬことができるものです。」


「とにかくおめでとう。」

「あなたは、あなたの業を引き継いでまであなたに未来をくれた、あの世界の奥様に感謝しないといけませんね。」



「これからの世界は、あなたの思うがままですよ。」

「素敵な未来を思い描いてから、その扉を開けてください。」


俺は、自分の背丈の5倍ほどもある扉の、重厚な取っ手に手を掛けた。

キュィ〜ッ!

軽い金属音を立てる扉を、俺は押し開いていった。


開いた扉の向こうには、出会った頃と同じ姿の彼女があの場所にいた。

俺もあの頃のままであった。


一目で恋に落ちた。

あの頃と同じように、二人はお互いから視線を離すことができなかった。


「あの・・・。」

初めて出会った二人は、同時に控えめに、お互いに声を掛けていた。

『絶対浮気はしない。こいつだけを幸せにしてみせる!』


記憶はないが、あの頃と同じ感情が湧き上がっていた。



「せっかく極楽まで行けたのに、なんでかな〜?」

「どうせ同じ結果になるっていうのが分かってないのかな?」

「 熱い人間は、どうにも やりにくいよ。」

手に持った大きな鎌で、頭に繋がった細い紐を切ると、天使はふわふわと天界へと昇っていった。


彼が出会った女性と立ち去るのを見送るように、地獄へと開いた大きな扉がゆっくりと音もなくしまっていく。


ゴァゥンッ・・・。

観音開きの扉がぶつかる音だけが、審判の間にこだましていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

扉の向こう側 @rabao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画