CASE 1 田中 裕太

―12月25日 18時頃―


「はぁ…来てしまったか、クリスマス」


「はい!楽しみっスね先輩!」


「私は心配だ。」

「いいか?今から私は良い子の元に向かう、余計な事はするなよ?」


「うす!」


そう言うと吹谷ふきたには小さく敬礼し、先輩サンタの不安をあおった。


吹谷ふきたに君、わかってるとは思うけど、くれぐれもは渡しちゃいけないよ?」


「はい!」


「返事だけは良いんだよなぁ…。それじゃ、行ってくるよ!」


「はいっ!行ってらっしゃーい!」


サンタクロースがそりに座ると、瞬く間に空へとトナカイ達が走り出す。

夜の月にはサンタの影が映り、皆に今日が何日かを思い出させる。


「さてと、僕も行くとするかな」


吹谷ふきたには『見習いサンタ』だ。

故にそりも小さく、トナカイも一匹のみ。

まぁ、でも飛行速度が落ちるくらいで何ら問題はない。


「よし行くぞ、走れぇー!」


トナカイは渋々体に付いた雪を落とし、そりの上にちんまりと座る吹谷ふきたにの姿を確認してからゆっくりと前に歩き始めた。


長い長いクリスマスの始まりである。





―12月25日 18時30分頃―


吹谷ふきたには街の上空をゆったりと歩くトナカイの背中を見つめながら、先輩の言葉を思い出していた。



「いいか?お前はいつも考えすぎだ。よく子供達の事を観て、最初に思いついたプレゼントを渡せ」


「え?でも―」


「なんでもだ。子供たちのリストを渡しておくから、ちゃんと見ておけ」


「…うす」



「たしかこんなこと言ってたんだよな」

「う〜ん、大丈夫だと思うんだけどな〜」


…念の為、子供たちの詳細を確認しておくことにした。念の為だ。

先輩の言葉で不安になった訳では無い。


「なになに?今年最初の子供は小学3年生、9歳 男の子…田中たなか 裕太ゆうた君」

「9歳か、難しいな…」


(う〜ん、とりあえずゲーム機とか?)

(でも、もしかしたら―)



「最初に思いついたプレゼントを渡せ」



「いや、うん、ゲーム機にしておこう」


そうこうしている内に目的地が見えてきた。

少し階段が錆びついたアパート、ここの二階に裕太ゆうた君がいる。


「よし、今年初仕事だ…頑張るぞ!」





―12月25日 19時頃―


(おじゃまします)


ぬるりと窓から侵入すると、川の字で寝る家族から身を潜め、裕太ゆうた君の枕元へとたどり着く。


(えと、そう!ゲーム機だな)

(……?ゲーム機ってどのゲーム機あげればいいんだ?)


今だとSwitchかPS5等が主流だろうか。


かのサンタクロースであれば

「小学生ならSwitchの方が皆と遊びやすくて良いのではないだろか?」

と考え適当なソフトとSwitchをプレゼントしただろう。


だが、吹谷ふきたにの"ゲーム"に対する認識はゲームボーイアドバンス辺りで止まっていた。


(今のゲーム機、えぇっと、先輩何か言ってたっけな〜?)



「ゲームボーイ?私もやったことあるよ」


「マジすか!何遊んでました?」


「やっぱ私はルビーかな」


「おお!僕サファイアやってましたよ!今度交換しましょう」


「おぉ、いいぞ!ケーブルどこ置いたっけ…?」



(…とりあえず、ゲーム機本体と通信ケーブルを置いて行こう)


そそくさと袋からゲーム機とケーブルを取り出し、包装をすると、靴下の中へと箱を押し込む。


(朝起きて…うん、きっと喜んでくれるぞ〜!)


驕り高ぶったまま、吹谷ふきたにはその場をあとにした。


「え〜っと?次の子供は―」



冬の夜は長い、クリスマスはまだまだ続く。

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