第7話

「あいつが死んだはずがない。あいつは生きているんだ」

 角島から帰る道中、僕は何度も呟いていた。夜空は徐々に白んでいき、やがて朝陽が姿を現した。何事も無かったかのような、いつもの夏の朝空に、僕は強くハンドルを握り締めた。

 目的地に着いたのは、朝の六時だった。工場の敷地内に車を停め、地面に降りると、まめ柘植つげの茂みに向かった。

 夢の墓標は、記憶通りの場所にあった。僕はしゃがみ込み、ペインティングナイフを抜き取ると、素手で穴を掘り始めた。

「無い……無い!」

 僕は茫然ぼうぜんとしながらつぶやいた。かつて埋めたはずの、あの美しい獣の躯は影も形も無かった。

 チチチ、という声がして、慌てて空を仰いだ。晴れ渡った夏の朝の空を、あの白い小鳥が横切っていった。

 目頭が熱くなり、視界がぼやけた。頬に熱い液体が垂れてくる感触をおぼえてはじめて、自身の涙に気づいた。僕はゆっくりと立ち上がり、その小さな後姿を見つめ続けた。


 急なポカ休みをしたことでしこたま叱られてから、いつも通り仕事を終えた。だが心はまったく沈んではいなかった。買い物を終えて帰宅すると、しまい込んでいたイーゼルとカンバスを引っ張り出して設置し、その前に座って目を閉じた。

「僕はまだ飛べる、そうだろ、浅川」

 目を開くと、白いカンバスが目の前に広がっていた。僕は絵筆を持ち、画布の上に走らせ始めた。

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