第7話
真っ白でただただ広い空間の中央にオウマは立つ。
キズナ先生のドーム授業・実践編は既に開始されていた。
「嫌いな物、嫌いな人、とにかく自分に近づいてほしくないものを思い浮かべて!」
キズナはそんなオウマを離れたところから指導する。
オウマのドームが暴発した際、なるべく巻き込まれないようにするためである。
「そしてその嫌いな物たちから自分を守るバリアを広げるイメージよ!」
「ぐッ! ううぅぉお……はぁぁああ」
オウマは全身に力を込める。バリアのイメージが上手くできなかったから、とにかく己を守るものをいっぱいに押し広げようと力む。
「全身で力まないで! 力を入れるんならお腹、胃のちょっと上辺りだけ!」
「い、胃の上ですか!? そんなところ、どう力を込めればいいのか」
腹筋でも胸筋でもない中途半端な位置。これまでそんなピンポイントな箇所に力を溜めることなんてなかったオウマは、戸惑いの力も相まって全身の余計な強ばりが抜けていく。
「そう! その調子よ! あとはそこから溢れる力で嫌いな物を吹き飛ばすように! ほら、ドーン!」
キズナは両腕を広げて爆発を表現する。オウマもそれに釣られて、勢いよく両腕を広げた。
「ど、ドーン!」
瞬間、青い半球がオウマを中心にして膨れ上がった。
「…………うおぉ」
それは深い湖のような青いドーム。このときはじめて孵った、オウマの能力。
本能として先の見えない暗さに恐怖する反面、まるで揺りかごに揺られているときのようにぐっすりと眠ることができるような心地よい安心感をオウマは覚えていた。
「パーフェクトね、オウマ君! 凄いじゃない! おめでと!」
遠くからキズナが歩み寄る。
深い青が外部の光を遮断しているが、ドーム内は不思議と明度を保っている。
「私の説明が一番わかりにくいって言われてるのにできちゃうなんて、オウマ君もドームの才能を持ってたみたいね」
「これが、俺のドー、ム……おわっ」
オウマが全方位四方八方を囲うドームの天井を見ようと、首を動かした拍子に尻餅をつく。
「あ、あはは。なんか締まらないな」
「仕方ないわ。誰だって最初はびっくりするものよ。でも、今日からこれはあなたの一部になったの。道具にするのも凶器にするのもあなた次第。ゆっくり向き合っていけばいいわ」
「凶器だなんてそんな……。それにまだ俺はこのドームの特徴を知りませんし」
オウマは周囲を見回す。といっても、あるのは己のドームだけ。まるでどこまでも先へ続いているかのような青は、オウマの平衡感覚を狂わせて軽い目眩を覚えさせる。
いつかの過去の妄想で、もしも自分が超能力を使えたら、なんて考えなかったわけじゃない。
想像の中の自分はもっとカッコよくチカラを使いこなしていたハズなのになと考えて、オウマは現在尻餅をついている自分と比較して小さく苦笑を溢した。
「そうね……。じゃあ最初はそれから確かめていきましょうか! このドームはオウマ君のものなんだし、すぐに見つかるわ」
そうしてキズナはおもむろに何もない空を見上げる。
「ってわけだから! ぼこぼこキューブ一つ出してくれる?」
キズナの要望に応じて、遠くの床が開いて格納されていた立方体がせりあがった。
大牧さん命名、通称ぼこぼこキューブ。一辺が三メートルである以外、見た目には何の特徴も無い白い立方。この少し大きめの立方体は重量およそ七十キログラムと見かけよりも軽い。しかしそれでも、用途の都合上頑丈に作られており、理論上は大気圏からの落下にも耐えられる。そしてその肝心の使用方法はただ一つ。サンドバックのように攻撃の標的とすること。
「それじゃあオウマ君。あれに向かって何かやってみて」
キズナはぼこぼこキューブを指さして言う。
「何かってだけ言われても。具体的な説明はないんですか」
「ないわ。さっきも言ったけれど、チカラはあなたの一部。だからこそ、使い方も使うコツも私よりオウマ君の方が知ってるの。今確認したいのは遠くの物に作用するタイプなのか体に作用するような近距離のタイプか知りたいだけだから、てきとうでいいわ」
「てきとうって言われても」
潰す、透かす、切り裂く、弾く、燃やす、鳴らす、溶かす、沈める、変化させる、消す、飛ばす、移動させる、凍らせる、固定する、増やす、減らす、減らす。
選択肢、言い換えれば、夢が多すぎて思考を絞れない。
「そうね。ならまずは、あのキューブを思いっきり打ち上げてみるとかどう?」
キズナはどーんと効果音を付けながら頭上へ抜けるアッパーで伝える。
「じゃ、じゃあそれでいきます」
オウマはキューブを真っ直ぐに見つめて意識を集中させる。自分の体ではない分抽象的にはなるが、とりあえずキューブの下あたりに意識を集中させる。
すると不思議なもので、本当にキューブの下にエネルギーが溜まっているような、例えるなら七輪に置いた餅が膨らみもうすぐ破裂すると直感で理解できるような、そんな気配をオウマは感じていた。
「ど、……どーんっ!」
オウマはキズナのアドバイス通りに、アッパーの動作を付けながらぼこぼこキューブの下のエネルギーを爆発させた。爆発するよう強く念じた。
直後、パァン! とまるで水面に張り手を打ち付けたような音と共に、キューブが空を舞う。
およそオウマの腰ほどの高さ、一メートルもない程度の高さまで。キューブは確かに浮かび上がった。
「はわ」
「パーフェクト!」
しかし感動も束の間、すぐにキューブは重力を思い出しゴドンと床を響かせ落下した。
「見た!? 見たわよね! 浮いたじゃない」
キズナはエキサイトした様子で、キューブを指さす。
「ほんとは、想像の十分の一も飛んでないんだけど。…………は、はは。あんなことができるんだ」
オウマはアッパーのときから握ったままの拳を見つめる。
「俺のチカラがやったんだ」
そこから先ははやかった。オウマはキズナ付き添いのもと、時間をかけて自身のドームの特性への理解を深めていった。
わかったことは、オウマのチカラはキューブの側面には作用せず底面、それも地面と接しているときにしか効果が発揮されなかったこと。空に持ち上げた力の正体は何らかの衝撃であることなど。
「普通に殺傷力高い部類のドームだし、日常生活では当分の間使うのは無理そうね」
キズナはオウマから離れた場所で呟く。
「見てくれキズナ! 今度こそ一メートルの壁を突破したと思います!」
「ええ! 見てたわよ! そろそろコツも掴めてきたってことかしら!」
「このまま次は二メートルを目標に頑張ります」
「頑張って! って言いたいところなんだけど」
キズナはオウマに待ったをかけて様子を確認した。
「どうしたんですか?」
彼の表情はさらりとしており、平時と変わらず異変は窺えない。が、体の方は正直だ。額から流れた汗が頬を伝い顎から落ちている。頭では理解できていないようだが体の方はサインを発していた。
「さっきから結構な量の汗がでてる。倒れる前に今回は区切りましょう」
キズナは蒸れはじめてきた長袖を捲って、入り口を指す。キズナもオウマの成長を期待している。少し名残惜しいと感じたが、無理による成長まで期待はしない。
「い、いやでも。ようやくコツがわかってきたんだ。もう少しだけやらせてくれませんか」
「駄目。もうおしまいよ。……もし仮にここで私が続行を許しちゃったら、そのもう少しが終わった後ももう少しもう少しって際限がなくなる。終わり時を見失うわ」
「そんなことないです。どこかで必ず区切れます」
「だったら今でも終われるはずじゃない」
オウマはそこで歯噛みする。それでも大丈夫だから、安心してくれとキズナに言い返せる根拠が思い浮かばない。
正直なところオウマ自身、これまでの練習による痛みや疲労はほとんど感じていない。今からでも五十メートルを全力疾走することもできるし、山盛りの唐揚げを平らげることも余裕だった。
それでも理解に反して、体からは今なおの汗が流れ出続けている。乾くときの冷気を想像しただけで身震いしてしまうほどに。
「な、なら、ですよ」
だからもうオウマは論理に頼るのを止めることにした。
「さっきこの部屋で闘っていた二人のように、俺と闘ってください。俺が負けたら、今日はもう中断します」
ドームというチカラに触れて得たハリボテの全能感に身を任せることにした。
流れる汗という明確な警鐘を振り払いオウマはキズナに宣戦布告する。
「受けてくれますよね」
「受けるわけない。一応だけどこっちはプロなんだから」
「だったら俺はテコでも動く気はありません」
キリリと目尻を上げるオウマの言葉にはひどく芯がこもっていた。
その芯を叩き折らねば、彼は納得しないだろう。
何が彼をそこまで意固地にするのかキズナには測れない。しかし同時に一つ納得のいく部分もある。
「…………そう、そうよね。包丁でもライターでも、一度指を怪我してみないと正しくその恐ろしさを認識できないものね。……わかった。受けてあげる」
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