第4話

 キズナは倒れ込み気を失っている悪漢を、マンションの壁際に移動させる。

「これでオウマ君とゆっくり話す時間くらいはできたわね」

 言ってキズナは掌の狙いを、オウマの待っている屋上へ定めた。

「キズナ!」

 そのときマンションの中から、オウマの声が聞こえた。

「あら、オウマ君。迎えに行く手間が省けたわ、ありがとう」

 どうやらこのマンションの階段は屋上フロアにも繋がっていたらしい。キズナが能力の綱を使うより前に、自分で階段を駆け下りてきた。

「ならもう、ドームも必要なさそうね。『解除』」

 キズナの声に合わせて、空が元の青色に戻っていく。

「大丈夫? 怪我とかはない?」

「ええはい。俺はなんともないです。それよりキズナの方は大丈夫なんですか」

「正義の味方だからね。こういう荒事も想定の範囲内よ。それより、なんともないなら付いてきてちょうだい。私達の本部に一緒に来てもらいたいの。さっきの返事はそこで聞くわ」

「わ、かりました」

 そうして、キズナとオウマは少し距離を空けながら歩き出す。

 マンションの集中していた住宅街を抜けてため池沿いの道までの、最初の数十分間はてきとうな雑談を二人は交わした。そうすることで少しでもオウマのキズナへの警戒をほぐす。

 とりあえずキズナは、オウマが朝に強いという情報を入手することができた。

「オウマ君、今は一人暮らしなんでしょ。立派じゃない」

「そんなこともないよ。料理や洗濯も母から教わったことをそのままやっているだけだし。それに、家賃だってほとんど出して貰ってるんですから」

「ふーん、家賃ねぇ。ま、その点については朗報があるわ。さっき言った正義の味方を引き受けてくれるなら、そこそこのお給金が出るの。それこそ学生が借りるアパート代くらいなら、普通にお釣りが出るくらいのね。親孝行にもなるんじゃないかしら」

 キズナはここぞとばかりにアピールポイントを推した。一人暮らしの学生ならば年中金銭に困っていても、なんら不思議ではない。

「……その、さっきからキズナが言ってる正義の味方ってのは、一体何なんですか?」

「あー、そうね。そういえば後で教えてあげるって言ったのにまだだったわね」

 問われてキズナは、一拍間を空ける。そして、オウマに向けて右手の指を二本立てた。

「じゃあ今から教えてあげるわ。私達がどういう立ち位置の人間なのか。……オウマ君は、さっきみたいなドームを他のところでみたことはある?」

「いや。キズナのドームがはじめてです」

 オウマは間髪入れずに答えた。

「そうよね。じゃあどうしてこれまで見たことなかったんだと思う? みんな隠していたから? 極々一部の人しか使えなかったから? 違うわ。最近になって使える人が現れ始めたからなの」

 そこでキズナはファスナー付きポケットからスマホを取り出す。

「これを見て」

 キズナのスマホの画面には、上から下までびっしりと誰かの名前で埋められたリストが表示されていた。

 岸タカユキ、ゴージャス=ルーティン、レター・バックラー、シュシュユル カオル。誰一人としてオウマの知る人物はいなかったので、オウマはキズナに疑問で返す。

「これが、どうしたんですか」

「ここには私達が把握している、二七三人のドームを出せる人の名前が書いてあるの」

「そ、そんなにいるんですか」

「そんでもって、ここに書いてある全員が半年前まではドームなんて全く知らない一般人だったのよ」

「……この全員が、ですか」

「そうよ。ついでに言うと私もね。私は五ヶ月前の十二月から。この現象は、他のどの島でも観測されていない、この島だけで起きている問題なの。その理由は今、政府が調べてるようだけど……」

 キズナは言葉の最後を濁した。濁さざるをえなかった。

「原因はまだほとんど何もわかってない、ということですか」

 キズナが言えなかった言葉を、オウマが察し口に出す。

「不甲斐ないけど、そういうことね。そして当然だけど、こんな摩訶不思議で奇妙奇天烈、だけどとっても便利な力が手に入っちゃうと、どうしても色々問題が起きるの」

 キズナは顔を俯かせる。それに伴い、キズナの言葉が重く暗いものに変わった。

 それはまるで過去の自分の過ちを吐露するかのような、取り返しのつかない絶望と対峙している声色だ。

「去年の十二月二十五日。F区でドームを使った通り魔事件があったの。容疑者の名前は日光ホリスケ。手を叩くことで辺りの物を破裂させることのできるドームを、彼は人を害するために使ったの」

 キズナは一つの事件とその容疑者の名前を口に出す。

 年明け直前に起こった大事件としてその名前は、様々なニュースメディアを騒がせていた。

「その名前はニュースで聞いたことがある。た、確か自分の技術を披露したかったとかいってませんでしたっけ。……てっきり爆弾魔だとばかり思っていました」

「その事件のことであってるわ。幸いなことにこの事件で死人はでなかった。……だけど、一人の男性が右腕に治療不可能なほどの重傷を負ったの」

「ヒドい……! 許せないです。でも、……確か犯人は捕まっていませんでしたか?」

「ええ、そうね。その通りね」

 そこでキズナは「でも」と付け足す。

「オウマ君なら彼、日光ホリスケにどんな罪を問う?」

「どんなって……」

 そこでオウマは考える。

 法律についてそこまで詳しくはないのだが、火薬を使用しているならば放火罪は問われるだろう。建物を破壊しているならば建造物破壊に関するような罪にも問われるかもしれない。もしかしたら知らないだけで爆弾破裂罪なんてものもあるのかも。それに人を故意に傷つけたことにも罪はあったはずだ。この場合傷害罪か殺人未遂なのかはわからないが、実害が出ている以上無罪放免はありえない。

「そりゃあ物を爆発させた罪と殺人未遂、とかですかね」

 実際は激発物破裂罪や爆発物取締罰則、殺意の有無によって傷害罪や殺人未遂などが適用される。

「そう思うわよね。でも実際事件のときの日光ホリスケは、ただ手を叩いただけなのよ」

「……あ」

「手を叩くと物が破裂する。言うのは簡単だけど、ここに科学的な根拠はない。根拠をつけるとするなら、そういうドームだから。彼が、手を叩いたことと物が破裂したことに因果関係はないはずだと主張したら、みんな黙って頷くしかなくなる」

「で、でもそんなおかしくないですか! ドームだから罪にならないなんて、道理になっていません!」

 オウマは激しく感情をあらわにする。それはもどかしさであり、苛立ちであり、同時にどうしようもない怒りの感情だ。

「ええ、そうね。おかしいわ。……そしてだからこそ! ドームを使った悪事を防ぎ裁くために政府は私達、正義の味方を作ったの」

 いつの間にか二人はため池沿いの道を過ぎ、車が行き交う交差点前へ着いていた。

 キズナは広い道路に面して聳える、大きなビルの前で立ち止まり叫ぶ。

「ドームを使ってドームを制す。みんながドームを正しく使えるように、新たなルールを作り日々治安を維持に奮闘しているのがここなの! 『センター』よ! ようこそ、オウマ君」

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