第2話「魔力を帯びた食材」

「おい、新人!その人参の皮むきが終わったら、キノコの下処理を頼む」


「はい、店主さん」


入店して3日目。一郎は慣れた手つきで人参の皮をむいていた。前世での技術は、少なくともこういうところでは役に立つ。


ふと、手の中の人参が微かに脈打つような感触。目を凝らすと、オレンジ色の表皮から淡い光が漏れているのが見えた。


(これは...魔力?)


一郎は包丁の動きを止めた。前世でも目にしたことのない現象に、料理人としての好奇心が刺激される。


「あら、光ってる」


背後から覗き込んできたのは、店主の娘エマだった。赤毛のポニーテールを揺らし、興味津々な様子で一郎の手元を見つめている。


「この野菜、普通の切り方じゃ魔力が逃げちゃうのに、上手く閉じ込めてるね」


「魔力が...逃げる?」


「うん。野菜に宿った魔力は切ると抜けちゃうから、料理ギルドの技術書には『素早く切断し、即座に調理を始めること』って書いてあるの」


なるほど。一郎は無意識のうちに、前世で研究していた伝統野菜の切り方を応用していたようだ。野菜の細胞を壊さないよう、包丁を走らせる角度と力加減を調整する技術。


試しに、普通の切り方と自分の切り方を比べてみる。確かに、乱暴に切ると野菜から漏れ出る光が強くなり、やがて消えていく。一方、丁寧に切った断面からは、まるで蜜のような光る液体がゆっくりと滲み出るだけだ。


「へぇ、面白い包丁さばきだね」店主が近づいてきた。「どこで習ったんだ?」


「これは...」一瞬言葉に詰まる。異世界転生の説明は避けたほうがよさそうだ。「以前、野菜の研究をしていた時に学びました」


「研究?」店主が興味を示す。


「はい。野菜の持ち味を最大限に活かす切り方を...」


話しているうちに、厨房には他の従業員も集まってきた。皆、一郎の包丁さばきに見入っている。


「なぁ」店主が声をかけた。「他にも何か知ってるか?」


これは、自分を認めてもらうチャンスかもしれない。一郎は深く息を吸った。


「お時間をいただけるなら、この魔力を活かした調理法を考えてみたいのですが」


「面白い」店主が頷く。「今日の営業が終わってからでいいぞ。店の食材を使って好きなだけ試してみろ」


エマが嬉しそうに手を叩く。「私も見学していい?」


「ああ」一郎は笑顔で答えた。「もしよければ、一緒に研究しませんか?」


そうして夜の実験会が決まった。一郎の胸は期待で高鳴る。この世界でしか見られない、魔力を帯びた食材。その可能性を追求できる環境が、ついに整ったのだ。

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