異世界グルメ王~失意のシェフ、魔法の料理で再起を考える~

ソコニ

第1話「転生と下働き」

「ダメだ...完全に詰んだな...」


佐藤一郎(28)は、暗い路地裏で目を覚ました。記憶の最後は、全日本若手料理人コンテストでの惨敗。伝統野菜を使った新しい調理法が理解されず、審査員からは「斬新すぎて料理の基本が疎かになっている」と酷評された。その足で借金取りから逃げるように帰宅途中、車に跳ねられたところまでは覚えている。


「やっぱり、死んだのか...」


立ち上がると、体が若返っているのを感じた。服は粗末な麻の布。頭上には見慣れない二つの月。どうやら典型的な異世界転生というやつらしい。


一郎は壁に寄りかかり、深いため息をついた。幼い頃から料理一筋で生きてきた。伝統野菜の新しい可能性を追求し、独自の調理法を研究し続けた。しかし、保守的なレストラン業界では理解されず、研究費の借金だけが膨らんでいった。


「結局、前世でも失敗者だったんだ...」


自虐的な笑みを浮かべた一郎の鼻をくすぐったのは、魅惑的な香り。思わず足が動く。路地の奥から漂ってくる、肉の脂と香辛料が織りなす芳醇な香り。


小さな食堂の裏口。太った店主が生ゴミを捨てているところだった。


「おや?」店主が一郎に気付く。「見ない顔だね。この辺りの住人か?」


「いえ...」


「仕事探してるのか?」


突然の問いに、一郎は無意識に頷いていた。


「そうか。うちで皿洗いでもやるか?まかないついてるぞ」


店主の声は意外なほど優しい。一郎は迷った。前世では一流レストランのシェフだった。皿洗いからのやり直しか。でも...。


「お願いします」


少なくとも、料理の近くにいられる。それに、この香り。この世界の料理にも、きっと新しい可能性が眠っているはずだ。


「よし、決まりだ。おい、エマ!新しい皿洗いさんだぞ!」


店内から「はーい!」という明るい返事。


一郎の異世界での再出発は、こうして始まった。たとえ皿洗いからでも、いつか必ず...。握りしめた拳に、不思議な温もりを感じる。この世界で、自分の料理の道を、もう一度探してみよう。


次の日から一郎は、早朝から夜遅くまで働いた。皿を洗い、床を磨き、食材の下処理を手伝う。時々、包丁を持つ手が疼く。でも、まだその時ではない。今は、この世界の料理を、じっくりと観察する時なのだ。

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