6
「じゃあ、行ってきます。みつるも学校、気を付けて行くんだぞ」
大きな手で頭を撫でられ、ぼくは気恥ずかしさと嬉しさで、うつむいた。
「……行ってらっしゃい、お父さん」
収穫してから一週間。お父さんはすでに働きに出ていた。ママが「穀潰しなんて置いとけない。働きなさいよ」と辛辣に言い放ったからだ。
無茶だ。収穫したてなのに――と思ったのだが、お父さんはすぐに仕事を見つけてきた。
しかも大手の銀行である。履歴書には嘘八百並べたらしいのだが、インストール時に人格だけでなく、社会人としての経験、さらには銀行業務の知識やセールストークまでも一緒にダウンロードされたらしく、配属された営業部ではいくつもの契約をとり、バリバリ業績を上げているらしい。
それだけでなく、ご近所さんへの人当たりもよく、いつも穏やかに微笑んでいて、ぼくにもほんとうに優しい。朝のゴミ出しもしてくれるし食事も作ってくれるから、ぼくは家事負担がすごく楽になって本当にありがたかった。
ただ――猫を見ると目が尋常じゃなくなるのだった。
食事だってぼくたちと同じものを食べているのに。やっぱり収穫前に与えられていたヌッコリョッケの毛が忘れられないのだろうか。
授業参観の日になった。
隣の席のあやかちゃんは、教室の後ろに並ぶママとお父さんをチラ見しながらこっそりと囁いてきた。
「あれが例のお父さん? 俳優さんみたい。まじでかっこいいね」
ぼくはすごく誇らしかった。
「お父さん、お仕事何してんの?」
勤め始めた銀行名を言うと、あやかちゃんは「すごっ」と目を見開いた。ぼくはますます誇らしい気持ちになった。
――その翌日。
あやかちゃんはむっつりと不機嫌そうにぼくに言った。
「ママが今度うちにご家族で遊びにおいでって」
「え? なんで?」
「さあ、知らない」
と、ぷいっとそっぽを向く。
いぶかしげげなぼくの眼差しに、あやかちゃんは渋々といった感じで答えた。
「……遊びにおいでっていうのは建前で、ほんとうはお金の相談したいのよ。パパ、会社の資金繰りがヤバイって言ってたから。昨日、ママにさ。みつるくんのパパの話したらさ。目の色変えちゃってさ」
子供をダシに使うなんてマジで最低、とあやかちゃんは言い捨てた。
「ダシに使うってどうゆうこと?」
「みつるくんて本当にものを知らないよね」
あやかちゃんは蔑む目でぼくを見ると、もう一度ぷいっとそっぽを向いた。
「ひとんちの旦那に色目使ってんじゃねえよクソ女が」
あやかちゃんからのお誘いを両親に伝えるやいなや、ママはさも忌々しそうに吐き捨てた。
「みつるのお友達のご両親からお誘いを受けるなんて嬉しいじゃないか。なあ」
「黙んなさいよ人間もどきが。ちょっと稼ぎがいいと思って発言権があると思うなよ。てめえなんて家族じゃねえんだからな」
ママはお父さんのことが気に食わないようだった。お父さんの前ではものすごく口が悪くなる。
だがお父さんはどんな暴言を受けてもにこにこ笑っていた。人間もどきだから傷つかないのだろうか。
「みつるだって行きたいだろう?」
行きたくなかった。
でも――行かないと言ったらあやかちゃんはどう思うだろう。あやかちゃんは喜ぶかもしれない。でも、おうちの人は困らないだろうか。
ぼくが黙りこんでいると、お父さんが顔を覗き込んできた。
「じゃあ、お父さんと二人で行くかい?」
「冗談じゃねえよ!!」
ママはちゃぶ台にばんと手をついた。
「みつるの親はあたしなんだ! あたしが行く!!」
――なんだかんだで家族三人であやかちゃんちに行くことになってしまった。
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