第13話 メルトはあたりまえのような顔をしてあとをついてきた


 メルトはあたりまえのような顔をして、あとをついてきた。


 さすらいのSランク冒険者の伝説に私を巻き込むのは、正直勘弁してほしい。

 そう考えていると、私の困惑を見透かしたように、彼女は口を開いた。


「地上に降臨したとはいっても、これまでは癒やしの勇者の身代わりとして活動してきましたから。まずはわたくし自身の身分をはっきりさせませんことには、Sランク冒険者への道ははじまりませんわ。それにあなた、ギルドつきの教導官でしょう。ならば新人冒険者であるわたくしの面倒を見るのは当然ではなくて?」


 ぐうの音も出なかった。


「もちろん、タダでこき使おうとは思っていませんわ。いまのあなたの肉体を維持するためには、わたくしの持つ聖属性の魔力を継続して浸透させることが不可欠なはずです。元の姿を完全に取り戻すことは難しいかもしれませんが、人としての形状を固着させるだけならば、時間をかければ可能だと思いますわ。いずれは別々の道を歩んでいくにしても、しばらくのあいだは一蓮托生だとは思いませんこと」


 一蓮托生。

 悪くない言葉だと思った。


「それでは、契約成立ということで」


 そう言って差し出してきたメルトの手を、私は握り返した。


「うわっ、なんかブヨっとした。きも!」


 すぐに手を離したメルトがなにか呟いていたが、おそらくは空耳だろうと思うことにした。

 なぜなら、私には耳がないからだ。


「それにしても、やっぱり会話ができないというのは不便ですわね。女神としての職制にいていたときには、あなたとわたくしのあいだにバイパスが開いていましたからある程度の感情は伝わってきましたが、職を辞して権能を返納して以来、意思の疎通が面倒くさくてたまりませんわ」


 メルトはしばらく顎に手を添えたあと、解決策を挙げた。


「いまは外見だけを人に似せていますが、今後は体内器官もなるべく人に模した造りに近づけていきましょう。まずは発声に必要な口腔と声帯、気管に肺まであれば、最低限の音だけは出せるはずですわ」


 狩りの獲物を解体してきた経験を思い出し、体内に意識を集中した。

 ゴブリンやオークなどの人型の魔物の内臓は、臓器の大きさに違いがあるだけで構造的な差異はほとんどなかった。

 ならば人間も同じような仕組みをしているのだろう。


「ぐ、グげ……。ごボる……、グぶ、ブフッ」


「ひいぃぃっ、なんなんですの、その声。こわいこわいこわいこわいこわい!」


「ごぽゥ、ぐピュん。ぬぷブるぅ……、ぐぱァ」


「やめてぇぇ! なんか泡立ってるっ、泡立っちゃってるからぁ!」


 メルトの正気に不安を感じはじめたあたりで実験を終えた。

 声といえるかどうかはわからないが、とりあえず、音は出た。

 ならば訓練あるのみだった。


「あなた、カラダんなかに底なし沼でも飼ってるんですの。もう今後声を出すのは禁止! 次やったら問答無用で昇天させますことよっ」


 涙目を隠そうとしたのか、メルトがドスドスと足音も荒く荒野に足を踏み出した。


 しばらく後ろ姿を眺めていると、ついて来ない私をいぶかしんだのか、眉根を寄せた顔で振り返った。


 目指すべき目的地は、まったく別の方角に位置している。

 私が正しい方向を指さすと、彼女の肩がブルブルと震えるのが見えた。


「わかってるなら声くらいかけなさいよ! ぶゎあーかっ!」


 声をあげれば昇天、沈黙には罵倒を。

 神というのは、かくも理不尽な存在だ。




 街道に出たあたりから、人の姿を見るようになった。


 多くは冒険者を護衛につけた商人とおぼしき人間たちだったが、ときおり、どこかの貴族領の正規兵と見られる早馬が土煙を巻き上げながら駆け抜けていった。

 おそらくは伝令兵だ。


「なにやら、きな臭いですわね」


 道のりを進めるにつれ、人々の姿は増えていった。

 最初の頃に見かけた旅装をまとった商人たちの姿に代わり、いまでは老人から子どもまで、男女五、六人で構成された集団が主だった。

 いくつかの集団がまとまって隊列を組み、先頭と後尾に造作だけは立派な鎧を着こんだ貴族兵たちが、緊張からか疲れた顔に目つきばかりをギラギラと光らせながら護衛をつとめていた。


 彼らが家族ぐるみで移動している集団だということは容易に想像できた。

 粗末な身なりから、農民や職人といった平民の者たちだとうかがい知ることができる。

 駄馬に引かせた荷車には、わずかばかりの家財道具が幾家族分も積まれていた。

 それは一家総出で代々暮らしてきた土地を離れようとしている、避難民の群れだった。


 そして、その避難民たちを誘導し護衛しているのが、冒険者ではなく、本来ならば領地を守るべき貴族兵である理由にも、思いいたった。


 彼らの帰属する領地は、すでに落とされている。


 最初の頃に見かけた商人たちは、目敏めざとく危険を察知した者たちだったのだろう。

 金に飽かせて冒険者たちを雇い、いち早く戦線を脱したことが予想できた。


 一帯を統治していた爵位持ちの貴族は領地に殉じたのか、それともいまだ健在で前線にとどまっているのか。


 散見される貴族兵たちの装備を見れば、明らかに高位と見られる豪華な徽章きしようを身につけた鎧が混じっていた。

 そういう者に限って、行軍に用いる頑丈な輜重車しちようしやを帯同していた。

 おそらく、内部には軍需物資や仕えていた貴族家が所蔵していた財宝が満載されているのだろう。

 もしかすると、貴族家に縁なす者が内部に匿われているのかもしれない。


 いずれにせよ、私たちが進む先にはまちがいなく大規模な難民集落があるはずだった。

 そして、その先には戦場が。


 私と同じ考えを抱いたのか、メルトが固い声をあげた。


「急いだ方がいいかもしれませんわね」


 私はひとつだけ違和感があった。

 国内を蹂躙していた魔物の襲撃はおおむね沈静化しつつある。

 王軍と長い期間共闘していたことから、これほどまでに多大な被害を与える魔王軍の残党は、ほぼ掃討したという報告も耳にしていた。


 そして一番の懸念は、これから行く先が、私が所属していたギルドの存在する村だということだった。


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どぶさらい 召喚された勇者がダメな人だったので冒険者ギルド職員が世界を救う旅に出た @fgg

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