第10話 旅は続いた
旅は続いた。
王国内にあるダンジョンをしらみ潰しに踏破し、そのいくつかで転移門の存在を確認した。
複雑に絡み合った魔法陣を見つけては破壊していくうち、私たちは転移門の番人をつとめる四天王と遭遇した。
それは熊と虎の獣人の兄妹だった。
一撃でなにもかも押し潰す剛性の攻撃と、柔軟な動きと鋭利な爪で切り裂いてくる弾性の攻撃による連携に私たちは苦しめられた。
決着は悲惨なものだった。
切り刻んでくる爪を無視して強引に虎の獣人を組み伏せた私が、漆黒の炎で燃え上がらせた。
生きたまま火炙りにされる妹の絶叫を耳にして、熊の獣人が半狂乱の態をなして突っ込んでくる。
重い打撃によって吹き飛ばされた私には目もくれず、熊の獣人はなんとかして妹の火を消そうと、懸命な努力を続けていた。
そこをうしろから駆けてきた剣の勇者によって、首を落とされた。
自身の身体の痛みと兄を殺された悲しみから泣き叫ぶ虎獣人の頭に向けて、女神が手にしたメイスを振りおろした。
森林地帯を抜けたのちに向かったのは、大陸を二分する山脈だった。
そこには古来より龍の谷と呼ばれるドラゴンの生息地があった。
各地のダンジョンに設置されていた転移門は、そのすべてが大地の奥深くを血管のように巡る龍脈の結合地点に繋がっていた。
それらを調査して判明したのは、龍脈の淀みが地上の瘴気溜まりを活性化させ、魔物を凶暴化させている事実だった。
たどりついた龍脈の大規模噴出地点である龍の谷では、四天王の一角をなす巨大なドラゴンが、自らの腹を切り裂き、呪われた血を龍脈に流し込んでいた。
「孫ふたりを手がけたのはきさまらか。どうせ老い先短い命、孫への
その身を流れる血液の大部分を失っても、ドラゴンの力は圧倒的だった。
三日三晩の死闘の末、私は全身にまとわりつかせた蛇でドラゴンの腹の傷をこじ開け、内蔵を喰らい尽くすことで巨大な肉体の動きを止めることができた。
断末魔をあげて倒れた巨体に、勇者が襲いかかった。
両腕を失っていた彼は、口にくわえた聖剣をドラゴンの首の付根に突き刺し、左右に
とどめの一撃は女神がさした。
急速に意識が失われ、白濁していくドラゴンの眼球。
その眉間めがけ、メイスを振りおろした。
ドラゴンが息の根を止めるのと時を同じくして、山脈全体が蠢動をはじめた。
細かな縦揺れが足元に伝わってきたと思うと、一転して突き上げるような衝撃が襲いかかり、その場にいた全員を宙に跳ね上げた。
私はとっさに蛇をしならせ、女神と剣の勇者を引き寄せた。
間髪入れずに女神が防御魔法による障壁で三人を包み込む。
龍脈の噴出孔奥深くから、爆発的な勢いでせりあがってくる炎の塊が見えた。
「噴火しますわっ。衝撃にそなえて!」
巨大な火柱が山腹から噴きあがるのと同時に、岸壁に亀裂が広がり、崩れた岩塊が勢いのままに空高く弾け飛んでいく。
噴火の直撃を受けた私たちは、球形の障壁に包まれたまま山頂をはるかに越える上空に打ち上げられた。
一拍遅れて噴煙が迫ってくる。
視界が暗転する寸前、これまで大山脈に遮られて確認することのできなかった大地の彼方に、天をつく巨大な塔が
「地下ダンジョン、山脈ときて、次は塔かよ。まさしく大冒険だな!」
剣の勇者が無邪気に叫んだ直後、噴煙に包まれ周囲が闇に染まった。
噴火からほどなくして、雨が降りはじめた。
灰の混じった雨はいつまでたっても降りやむことがなく、目に映る世界はまたたく間に黒く塗りつぶされていった。
そんななか、行く先に見える塔だけが白銀に輝いていた。
その先端は低く垂れ込めた暗褐色の雨雲を突き抜け、仰ぎ見ることができなかった。
近づくにつれ、塔が目に突き刺さるほどの白い色彩を保っていられる、その原因がわかった。
天空の高みにある先端からどす黒い煙が吹き出し、ゆっくりと下降しながら全周に拡散して雨雲を生成していた。
この塔は、大地から太陽を奪い去り、あらゆるものを洗い流すための煙突だった。
女神によれば、塔そのものが大規模な気象魔法の発生装置として建造されているということだった。
地下深くから汚染された龍脈の
濃厚な瘴気の霧とちがい、浴びたところで即人体に影響が出るというわけではないが、長期的な視野で見れば深刻な大気と土壌の汚染を引き起こすことは免れなかった。
それでなくとも、日光が遮断されるということは農作物の収穫に甚大な影響を及ぼす。
目に見える影響が出るまえに、迅速な処置が必要だった。
内部は完全にダンジョン化していた。
各階に設置された管制室を無力化していきながら頂上までたどり着いたとき、そこにはシスター服を身に着けた四天王の魔女が待ち受けていた。
「この装置が作動したにも関わらず、あなた方がやってきたということは、夫は死にましたか」
やってきた私たちに背を向けて、膝をつき一心不乱に祈りを捧げていたシスターが、こちらに目を向けることなく声をあげた。
「ドラゴンなら退治した。敵ながら見事というほかない最期だったよ」
「前世では理不尽な死を遂げ、わけもわからずに飛ばされたこちらの世界では
剣の勇者が発した言葉に返答することなく、魔女は言葉を続けた。
それは独語に近かった。
言葉を口にするたび、魔女は己の精神の奥深くへと沈み込んでいくようだった。
「父と子と精霊の
胸の前で組んでいた魔女の手から、なにかの砕ける音が響いた。
握りしめられた拳の骨が折れる音だった。
それが、肘、肩、頸骨、背骨へと伝わっていく。
骨の砕けるたび、魔女の肉体が膨らんでいった。
圧倒的な力で内側から押し出されるように、魔女は巨大化していった。
食いしばられた口から大量の血と唾液が溢れ、口蓋が突き出し、唇を突き破って牙が生えてくる。
背中にその身を包み隠すほど大きなカラスの如き黒い翼。
こめかみを突き破って伸びた捻じくれた一対の角からは、まだ赤黒い血が滴っている。
異形と化し、いまや見上げるほどの巨躯を擁するにいたった魔女が、絶叫をあげた。
内奥深く肉体を圧していた怒りが、精神の表面張力を破って炸裂した破裂音のような咆哮だった。
やり場のない力を解放するように、巨大な拳が床を乱打する。
そのたび、衝撃波と電撃が周囲に飛び散った。
振りまわされる両腕をかいくぐって、勇者が聖剣を叩きつけた。
切り裂かれた脇腹から飛んだ血が、白い毛皮を朱に染めた。
痛みに
至近距離から電撃の直撃を浴びた勇者が、痙攣するように棒立ちになった。
そこに跳び上がった魔女が、全体重をかけて踏みつける。
横倒しに転がって避けようとした勇者の腰から下が潰れていた。
強く圧迫されたことで、血と肉片の染みとなって床に張りつけられていた。
魔女がその頭を掴んで持ち上げた。
ぶちぶちと音を立てて上半身だけが千切れ、鎧の下から残った腸がぼたぼたと流れ落ちた。
魔女は勇者の身体を高々と掲げ持つと、勢いをつけてこめかみから突き出した角に突き刺した。
驚いたことに、勇者はまだ生きていた。
その手に剣を握り、闘う意思を失っていなかった。
串刺しにされたまま逆手に剣を握り、角の根元に突き立てた。
そのまま
痛みに
振り落とされまいと必死にしがみつき、手にした短剣で翼を切り落とそうとしている。
魔女がひと声叫んで翼をはためかせた。
その羽根が逆立ち、黒い濡羽のひとつひとつが鋭利な刃物となって女神の身体を刺し貫いた。
全身ヤスリをかけられたようにずたずたに切り刻まれてなお、女神は短剣を振るい続けた。
突き刺した傷に両手をかけ、押し広げることを何度も繰り返した。
やがて、背中の皮ごと剥がれるようにして魔女の翼が落ちた。
その頃には肉体を蘇生させた剣の勇者が魔女の全身を
痛みに暴れまわる魔女の足元から、染み出すようにして影が広がった。
ゆっくりと底なし沼に飲み込まれるように、魔女の身体が影に沈み込んでいく。
影は全身の血肉を蛇に変えた私だった。
体内でもがく魔女の悲鳴を聞きながら、私はそのアストラル体を消化していった。
魔女を倒すと、塔から湧き出していた雲が清冽な純白に色を変えた。
汚染されたエーテルを洗い流すためにも、もうしばらく雨を降らせる必要があると女神は言った。
塔の頂上は雲を突き抜けた先にある。
頭上に目をやれば、どこまでも冴え渡る青い空があった。
地表で行われる醜い争いなどとは関係なく輝き続ける太陽が、目に眩しかった。
足元に広がる白い雲海。
その地平線に異様な影があった。
山の山頂部分を切り落とし、逆さまに浮かべたような浮島に、遠目にも人工のものとわかる建築物が載っている。
剣の勇者が口笛をひとつ吹いた。
「天空城かよ。いよいよラストバトルって感じだな」
「そのまえに、どうやってあそこにたどり着くかが問題ですわ。いまの私たちには、空を飛ぶ手段がありませんから」
解決法は向こうからやってきた。
視界の先、雲海の一画が爆発したように弾け、その下から巨大な魚の姿が射放たれた弓矢のように飛び出した。
「トビクジラ!」
女神が驚きの声をあげた。
鼻面を天に向けたクジラの巨影は、放物線を描きながら伸び上がり、中天の太陽の輝きを光背に戴いて頂点に達した。
まばゆい光を放つクジラから、さらに高く飛び立つ、小さな人影が見えた。
その手に長大な槍を持ち、全身を限界まで引き絞られた弓のように反らせながら落下してこようとしていた。
槍が陽光を反射してギラリと輝いた。
その光が、そのまま閃光の尾を引いて到達した。
胸に、細身の剣で突かれたような衝撃を感じた。
ただそれだけで、胸から腹にかけて開いたてのひらを入れられるほど大きな穴がくり貫かれていた。
同様の攻撃が勇者と女神に立て続けに着弾した。
勇者は左肩から脇腹の肉をごっそりと削り取られ、女神は頭部が破裂した。
宙に浮かんでいたトビクジラが、雲海に腹を叩きつけて着水した。
押しのけられた雲の塊が、津波のように押し寄せてくる。
周囲一面が霧の
霧が晴れたとき、私たちのいる塔の頂上に油断なく身構える人影があった。
頭頂部でひと括りに結わえた長い銀髪。
濃い褐色の肌と、左右に突き出た長く尖った耳。
肌に張りついたような細身の衣装に身を包んでいるが、黒光りする革の上からでも、鍛え上げられた筋肉の陰影と豊かな双丘がうかがえた。
四天王の最後の一人であるダークエルフだった。
いまは槍ではなく、身の丈ほどの両刃のバトルアックスを構えている。
胸に大穴が空いた私と頭部の失われた女神。
左上半身を失った勇者だけが、息も絶え絶えな様子で身体をよじっていた。
ダークエルフは無造作に勇者に歩み寄ると、躊躇なくその頭にバトルアックスを振りおろした。
左側頭部から上顎まで潜り込んだ刃が引き抜かれると、勇者は言葉にならない悲鳴を上げ、動かなくなった。
「起きろ、化け物ども。おまえたちがこの程度で死ぬはずがないことはわかっている。義父と義母を殺し、愛する子供まで奪ったおまえたちが楽に死ねると思うな。手足を切り落とし、塩漬けにして未来永劫地獄の責め苦を味あわせてやる。生まれてきたことを後悔しろ」
剣の勇者に向かって宣告するダークエルフの背に向かって、私は低い姿勢で体当たりをかけた。
胸に空いた風穴はすでに蛇で修復済みだった。
膝裏を抱え込んで相手の重心を崩したところで、走り込んだ勢いを殺さず立ち上がった。
後頭部から大地に叩きつけられると思われたダークエルフが、両足の甲を私の脇の下に差し込んだ。
倒れざま、両手を床について体勢を立て直し、足を振り上げる力を利用して、私の身体を宙に放り投げる。
落下を待つことなく、神速の勢いで石突が突き込まれた。
身を捻って柄を掴み、床に背が触れると同時、
まだ宙にあるその腹に向け、半身にした肩をぶつけるようにして肘を叩き込んだ。
吹き飛ぶ相手を上まわる速度で突進し、今度は真下から飛び膝蹴りを顔面に食い込ませる。
風車のように空中で一回転したダークエルフの頭を掴み、床に叩きつけた。
投げ出されていたバトルアックスが落ちてきた。
私はそれを受け止めると、びくびくと痙攣するダークエルフの首めがけて振りおろした。
トビクジラに乗って天空に浮かぶ浮島に向かう間にも、魔物による襲撃は絶え間なく続いた。
ゴブリンが騎兵をつとめるワイバーンの群れ。
おそらくは、これら魔物を統率指揮していたのがダークエルフだったのだろう。
天空城に手が届こうかという頃には、トビクジラの体積は三分の一ほどにまで食い荒らされていた。
トビクジラの脳に突き刺した蛇を触覚がわりに、中枢神経を操ってここまでやってきたが、これ以上、継続して飛行を続けることは難しい。
そう判断したとき、私はトビクジラの巨体に残された最後の力を振りしぼって、一気に高度を上げた。
垂直に近い上昇を終えたあとは、自然の揚力にまかせて滑空し、城のどこかに激突する以外、たどり着くすべはなかった。
「最後の最後でダイナミック入店かよ。ついでに爆発とかあると派手に盛り上がるんだけどな」
「いっそのこと、そのまま魔王が潰れてくれると楽でいいのですわ」
好き勝手に騒ぐ二人の相手をしている暇はなかった。
複雑に交差する気流の網目を縫い、風を読む。
失速せずに前進するだけでもひと苦労だった。
城の正面に位置した。
城門が眼下に見える。
しかし、突入するには仰角が浅すぎた。
一度、城の上空を通過し、浮島周辺の上昇気流を利用して高度を稼ぎながら向きを変えた。
完全に回頭を終えたところで、風を失った。
一瞬の停滞ののち、重力の引かれるままに落下をはじめる。
城の屋上に設置された防衛拠点には、大小様々な魔物の姿があった。
人型、四足の獣型、羽を持つ鳥型、形容しがたい形状をしたなにか。
呆然と上を見上げていたそれらの生き物が、私たちの意図を察して散り散りに逃げはじめた。
女神の周囲に、無数の光球が生み出された。
細い指を持ち上げ、我々がこれから向かう先を指差す。
「ファイア」
光球が一斉に放たれた。
真円を描いていたそれが、一瞬錐状に歪んだかと思うと、赤熱した鋼に水滴を垂らしたような甲高い音を響かせて視界から消え、着弾地点で爆煙を呼び起こす。
瞬きをする間にも、次から次へと光球は生み出され、途切れることなく発射された。
連続する発射音が蜂の羽音のように耳を打った。
トビクジラの巨体が激突するのを待つことなく、城に巨大な穴が穿たれた。
すでに内部で火がまわっているらしく、黒煙のはざまに赤い舌のような炎がひらめいているのが見えた。
私たちは吸い込まれるようにして、城のなかに墜落した。
激突と同時に発生した衝撃が、周囲を覆っていた煙を追いやった。
そこは謁見の間だった。
見上げるほど巨大な扉、はるか頭上からひた垂れる豪奢なカーテン、そして左右の壁際に佇立する重厚なフルプレートの鎧の列。
すべてが業火になめ尽くされ、燃え上がっていた。
いまも黒煙が渦巻いて視界から遮られている天井から、
そのなかにあって、素朴ともいえる造作をした玉座だけが、暴れ狂う炎をはねのけて鎮座していた。
背後にそびえる巨大な十字架が、紅蓮の炎に苛まれる殉教者のように見えた。
それはいっそ荘厳といってもいい光景だった。
玉座に気怠げに腰掛けていた男が声を上げた。
「
「それが未練というものですわ。潔く、この戦争の敗北を認めなさい」
女神が静かに問いかけた。
「戦争だって? おまえたちはそんな陳腐な行為をするために、ここまでやってきたのか?」
魔王が鼻で笑った。
「戦争とは、お互いが異なる正義を掲げて相手の正義を屈服させる行為をいう。そして正義とは、己自身が持つ人間としての尊厳を誇り高く見せるための方便にすぎない。人間であることをやめたものに、正義などという戯言が通用すると思っているのなら、とんだお笑い草だ。私も、そしておまえたちも、人であるまえに一匹の獣だ。我々が行ってきたことは戦争などではない。たんなる生存競争だよ」
「つまり、どちらかが絶滅するまで、戦いをやめる気はないということか。もし本気でそんなことを言っているのなら、それこそ狂気の沙汰だ」
剣の勇者が全身を使って叫んだ。
それはたしかに、彼の持つ正義を体現させた堂々とした威容だったが、だからこそ、魔王になんら感銘を与えることはなかった。
「周囲に及ぼす影響を一顧だにせず、ただひたすらに生き延びようと足掻くことを狂気と呼ぶのなら、おまえの言うように我々は狂気に染まっていたのだろう。もっとも、死ぬとわかっていながらきさまらに立ち向かった時点で、狂気の呪縛からは解き放たれていたのかもしれんな。こちらの世界で転生して以来、なりふりかまわず生き抜いてきたが、もはや残されたのは私一人。ならば私も、一個の人間に立ち返ることが許されるだろう。夫として、親として、そして息子として、復讐は為されなければならない。この身の全霊を賭してでもきさまらを道連れにしなければ、冥土で待つ家族に会わせる顔がない」
凝然と座していた魔王が立ち上がった。
それだけで、周囲の空気が一変した。
諦観と倦怠に満ちていた印象が消え去り、溢れ出る憤激が私たちを包んだ。
かたわらを一陣の突風が吹き抜けた。
予備動作なしに疾駆した剣の勇者が、低い軌道を描いて跳び、魔王をかすめてその背後に着地した。
いつ振り抜いたのか、地についたときには、その手に聖剣が輝いていた。
魔王に身動きひとつ許さぬ早業だった。
「抜刀か。召喚者のなかに聖剣使いの勇者がいるとは聞いていたが、まさか聖剣が日本刀とはな。さすがの切れ味だ」
言ってニヤリと笑った魔王の頭が、片頬を上げた表情のままごろりと落ちた。
首から上を失いながらも血を流すこともなく
「死なずの勇者と死ねない魔王の千日手だ。さあ、どう出る?」
首を小脇に抱えた魔王が言った。
私たちの死闘がはじまった。
それは文字通り、幾度なく死と再生を繰り返す、凄惨極まる戦いだった。
誰もが、防御のことなど考えていなかった。
攻撃が即玉砕に直結する。
剣を振るう勇者は一太刀を浴びせるたびに肉体のどこかを欠損し、味方のサポートを放棄した女神が攻性魔法を放てば、それを倍する魔法攻撃が殺到した。
二人が攻撃を担うとすれば、私の役割は檻だった。
私は身体の血肉を蛇と化し、肉体がなくなれば地を這う影となり、光に照らされ影がなくなれば空中を漂う黒い霧となった。
いま、私はわだかまる一個の闇として存在していた。
闇に包まれ、敵を見失った魔王をめがけて、勇者と女神が攻撃を放つ。
勇者の刃は魔王を切り刻み、いくつもの細片に切断した。
女神の魔法は魔王を燃焼し、溶解し、凝固させ、粉砕した。
いくたびも破壊されては再生を繰り返す魔王の姿を、私は淡々と見つめていた。
それは魔王自身が言い放った、ただひたすらに生き延びようと足掻く、愚直なまでの生命の姿そのものだった。
「まだだ。まだ死ねん。皆の恨みを晴らさねば」
死なせはしない。
「痛い。苦しい。息ができない」
大丈夫だ。
もうじき終わる。
「なぜだ。なぜこんなことになった。なぜ子どもたちが死ななければならなかったんだ。どうして助けられなかったんだ」
すまない。
私にはどうにもならない。
「頼む。家族を返してくれ。もういやだ。生きているのはうんざりだ」
安心して逝け。
皆が待っている。
魔王の魔力が消費されていくのに合わせ、その身の再生速度も鈍っていった。
折れた骨が強引に接続され、切断された筋肉が盛り上がり、破けた皮膚が癒着する痛みに、魔王は苦悶の声をあげた。
長い時間をかけ、魔王の肉体は再生を遂げた。
その頃には、私は魔王のアストラル体の解析を済ませ、不死性をもたらす因子を特定し改変を完了していた。
魔王を包んでいた闇が晴れたとき、そこにはもはや魔力は枯渇し、魔法を放つこともできず、身体強化をすることもできない、傷つければ血を流して死んでいくしかない人間の姿があった。
「もういい。殺してくれ。家族のもとへ連れて行ってくれ」
「お望みのままに」
進み出た女神が言った。
ひざまずき顔を上げた魔王が目を閉じた。
その顔には安堵感から来る、かすかな笑顔が浮かんでいるように思えた。
「安らぎあれ」
ゆっくりとメイスを掲げた女神が、振り下ろす瞬間だけは目を閉じた。
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