第4話 はじめて出会ったときの彼らの印象


 はじめて出会ったときの彼らの印象は、未成熟で挙動不審というものだった。


 感情の起伏が激しく、気をたかぶらせては魔力を暴走させていた。

 躁状態のときは暴力に酔いしれ、鬱状態のときは自分たちの持つ強大な力に恐れおののいていた。


 そう。たしかに彼らの持つ力はずば抜けていた。


 聖剣持ちだった一人は、軽く剣を振りおろすだけで大地をうがち、刃に輝きをまとわせて振りまわせば、まばゆい光の奔流が周囲にあるものすべてを切り裂いた。


 攻撃魔法を使いこなすという一人は、杖をかざすだけで巨大な火柱を吹き上げ、天空を睨みつけては自由自在に雷槌いかづちを落とし、腕を振れば暴風が吹き荒れて四方を蹂躙した。


 圧巻だったのは、神聖魔法であらゆる傷を回復してのける娘だった。

 皮膚や肉のみならず、折れた骨まで短時間で継ぎなおしてみせ、身体を精査しては外見からは見えない内臓の病まで治癒してみせた。

 そのうえ、恐ろしいほどの怪力だった。

 人の頭ほどの鉄球のついたメイスを軽々と振りまわし、見上げるほど大きな岩の塊を、あっという間に粉々に砕いてみせた。


 そして三人とも、しきりに目の前の虚空を覗き込んでは、スキルがどうこう、ステータスが云々、レベルアップまであとどれくらいなどと、意味のわからないことを呟いていた。


 問題は、彼ら全員が戦うことに対してひどく消極的だったことだ。

 生きているものを傷つける行為に、生理的嫌悪感を抱いているようだった。

 さらには己が傷つくことに、過剰なまでの恐怖心を示した。


 回復役の娘など、流れる血を見るのも嫌なようだった。

 王城内の戦闘訓練に参加した際、落馬し、後続の馬に踏みつけられた兵が腕から骨を飛び出させ、全身を血まみれにした姿で運び込まれてくると、悲鳴を上げて卒倒した。


 かわいそうな兵士は、彼女が意識を取り戻すまで手当てもなくその場に放置され、ようやく目覚めた彼女に治癒されるも、頭から吐瀉物を浴びる羽目になった。


 突然王都に呼び出されてから四カ月後、私を含めた四人パーティは、ようやく魔王討伐の遠征に旅立った。


 出発までにそれだけの時間がかかったのは、レベルアップして勝てるという保証がない限り、絶対に魔王との戦いには旅立たないと彼らが言い張ったからだ。


 国内ではモンスターのスタンピードが頻発し、日増しに魔物たちは凶暴化していた。


 山脈を越える峰の向こうから、海を隔てた大陸から、統率力を備えた様々な魔物の群れが軍団となって襲いかかり、被害は拡大する一方だった。


 間違いなく、王国は魔王という未知の存在との戦争状況下にあった。


 全国民が命の危機にさらされているなか、王前にて開かれた貴族議会であいも変わらず命の保証がない限り戦わないと言い放った勇者たちに、臨席していた貴族たちはあっけにとられた。

 特に最前線で魔王軍の猛攻をしのいでいる辺境伯たちなどは、失笑を浮かべて王を睨みつけるほどだった。


 それでも勇者たち三人に目立った批判の声が上がらなかったのは、王座よりも一段上に設けられた御簾みすのなかで、泰然と構える女神の存在があったからにほかならない。


 この世界の造物主たるその御方は、そもそも魔王復活の宣託を授け、勇者召喚の儀において異世界より勇者たち三人を連れてご降臨あそばされた至尊の存在だった。


 その前に出ればすべての者がひれ伏さずにはいられない神聖な力を身にまとう御柱みはしらが、静謐な表情を崩さずに頷くのであれば、たとえ胸のうちにどのような反感があろうと異論をはさむことは許されない。

 それが今この場所にいる女神という存在だった。


 突然、王が立ち上がると女神に向かって片膝をついた。

 そして女神に対して頭を下げると、あからさまにホッとした表情を浮かべて貴族たちに向かい合った。


「皆も知ってのとおり、魔王は我ら人類では倒せない。この世界とはまったく異なることわりで働く力を有した者でなければ、消滅させることはできないからだ。その異世界の力を持つ勇者殿たち御三方は、魔物を倒せば倒すほど段階を踏んで強くなる特殊な能力を有しておる。たった今、余は至高たる女神様よりお言葉をたまわった。勇者殿たち御三方のレベルアップは近い。おそらくは一両日中には成るはずだ。そして次のレベルに達すれば、神聖魔法の奥義である蘇生を使えるようになるであろう」


 参列していた貴族たちが声もなくざわめいた。

 それを見て、王が重々しく頷く。


「そうだ。この蘇生の魔法こそが、勇者殿たちのいう命の保証だ。この魔法さえあれば、彼らは何度死すとも立ち上がり、魔王へと立ち向かってゆくだろう。今日、このときまで、魔王軍によっていくつの民の命が奪われたことか。それを思うと、余は慚愧ざんきに堪えない。だが、いま我々は神から授けられた勇者の力を手に入れた。死んでいった国民たちの数だけ、彼らは何度でも蘇り、必ず魔王を倒すのだ。皆、心して聞け。我々はなんとしても魔王から国を守る。一人でも多くの民を、一瞬でも長く生き延びさせよ。その一瞬の積み重ねこそが、我々の勝利への道だ。勇者一行が魔王討伐の旅に出発するときから、我々の勝利がはじまると思え」


 爆発したように一斉に応の声が轟いた。

 貴族たちのみならず、控えていた文官、衛兵たちまでもが叫んでいた。

 その誰もが、自分たちの勝利を確信しているように見えた。


 勇者たち三人は、声も上げず、ただ引きつった顔をうつむかせていた。

 死を前提として、だが死ぬことすら許されず、必ずや勝利をもたらせなければいけない重責に、いま気づいたようだった。


 私が場を見渡すと、女神の姿はどこにもなかった。

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