第5話 城下屋敷に戻ると、女神がいた
パーティが訓練拠点としていた城下屋敷に戻ると、女神がいた。
議会広間で見せた神秘的で威厳に満ちた雰囲気はどこへ行ったのか、ひどくはすっぱな態度でキセルをくわえ、私たちを見ると舌打ちをし、鼻から煙を吐いて迎えてくれた。
「ちょっと、女神ちゃんっ。わたし、蘇生の魔法が使えるようになるとか聞いてないんだけど!」
「なんか、あの場の勢いで明日から魔王討伐の旅に出発することに決まっちゃったんだけど、俺また死ぬのなんか絶対ごめんだぞ」
「僕、パブのマロンちゃんと昼から同伴の予定入ってるんですけど。一カ月も通いつめてやっと店の外連れ出せたんですけど」
帰りの馬車のなか、早くも顔に死相を浮かべて黙り込んでいた勇者たちが、女神の姿を見るなり騒ぎ出した。
四カ月間、寝食をともにしていれば、いい加減わかってくる。
彼らはこの世界のために命をかける気など、さらさらなかった。
女神はくわえていたキセルを優雅に
その甲高い音に、やかましく詰め寄っていた勇者たちが気圧されたように黙り込む。
女神は回復役の娘に
「あなた、妊娠してるわよ。五週目だから、そろそろつわりなんかが出てくる頃ね」
その雁首を今度は剣士の青年に向け、にっこりと笑う。
「おめでとう。これであなたもパパさんね。二人目のお子さんになるのかしら。今度は刺されないようにね」
最後に魔法使いの青年に向けた。
「淋病。安い
私は溜息しか出なかった。
三人の来歴はおよそ把握していた。
全員が、別の世界で死亡した後、その世界の神によって適正を選別されてこちらの世界に託されたということは、女神から聞かされていた。
回復役の娘は、先天性の病からその生涯のほとんどを寝たきりで過ごし、十八歳で病没した後、こちらの世界からの召喚に応じたということだった。
生まれてこの方、自分の足で歩くことすらままならなかったから、こっちで生き返って健康な体で動きまわれて嬉しいと笑う彼女に、健康すぎて猿のように盛るのはいかがなものだろうかと、私は言うことができなかった。
あれだけ人体の構造に詳しいのだ。
避妊の魔法くらいは知っているだろうと高をくくっていた部分もある。
剣士の青年は、刃物で襲われている女性をかばって身代わりに刺し殺されたと自分で言っていた。
あとになって、女神からは、浮気の現場に踏み込んできた交際相手が激情に駆られて刃物を振りまわしたという真実を聞いた。
しかも、直接の死因は刺殺ではなく、逃げる際に階段から転げ落ち、頭を打って死んだらしい。
ちなみに召喚後の勇者たちが早々に王城を追い出された理由は、城詰めのメイドたちを片っ端から口説いてまわった彼の行動によるものが大きかったと聞く。
魔法使いの青年は、トラックというモンスターに体当たりされて死んだところを、こちらの世界に送り込まれたらしい。
ヒキコモリのニートが久しぶりに外出たらトラックショーカンとか、ネットショーセツのテンプレまんまなんですけど、など、とかく彼の発言には意味不明な単語が多かった。
はじめて私の前に女神が姿を見せたとき、あっちの女神はなんでこんなのばっかり選んできたのかと、頭を抱えていたのを思い出す。
私も同様の気分だった。
「とにかく、妊娠初期は流産する危険性が高いですわ。母体が安定するまで、激しい運動は禁止。厳しい戦闘が続く旅なんてもってのほかですわよ。あなたの身柄は神界で預かります」
女神がそう言うと、回復役の娘はもう戦う必要はないのだと知って喜色を浮かべた。
「ちょっと待ってくれよ。それじゃ、今後回復はどうするんだよ。俺の光魔法じゃ、大怪我なんて治せないぞ」
「僕、痛いの絶対ヤなんですけど」
また騒ぎ出した他の二人に、女神は舌打ちをすると頭を振った。
「わたくしが同行します。安心しなさい。何回死んでも、傷ひとつないまっさらな身体で蘇らせてあげますから。出産には立ち会ってもらいますからね。それまでには魔王を倒しますわよ」
「あの、僕の病気、いますぐ治してもらいたいんですけど」
おずおずと申し出た魔法使いの青年を、女神は一刀両断のもと切り捨てた。
「寄んなや、汚らわしい。さっさと死ねばいいんだ」
肩を落とす二人を二階の寝室へと送り出し、旅の荷物の点検をしようと居間に戻ってみると、女神はまだそこにいた。
なんでこんなことにとぶつぶつ呟きながら、しきりにキセルを吹かしていた。
私が黙ってお茶を淹れると、彼女はありがとうと言いながら口をつけた。
「あなた、ギルド付きの指導教官なんてやめて、わたくしの補佐にならない? いまなら眷属として優遇しますわよ」
私は肩をすくめるに留めた。
「そうですわね。まずは魔王を倒さないと」
女神の苦笑する様子を横目で見つつ、私は勇者たちの装備品の点検からはじめた。
彼らはアイテムボックスという、荷物を別次元に収納しておける特殊能力を有しているため、通常の冒険者では考えられない物資量を誇る。
むしろ、これがなければまともな後方支援もない四人パーティで世界中を旅し、短期間で敵の首魁にアタックをかけるなど到底不可能だっただろう。
とはいえ、あの勇者たちには管理能力というものが決定的に欠けていた。
当然、旅に用意しなければならない野営道具や食料、戦闘を補佐するアイテムなどわかるはずもなく、私が一括して管理し、彼らのアイテムボックスに保管して出発する段取りになっていた。
「あなたには、最後まで苦労をかけてしまいそうですわね。本来ならば、出発までにサバイバルと戦闘の技術を徹底的に教え込んで、魔王討伐には三人だけで向かってもらうはずだったんですが」
初耳だった。
だがどうだろう。
管理能力以上に、彼らに欠けているものがあるとすれば、サバイバルや戦闘といった生存能力なのではないだろうか。
「あれは欠けているのではなく、そもそも覚える気がないだけですわ。最初についた指導案内役が下手に優秀で、なにからなにまでお膳立てしてくれるのを見て、甘えてしまっているんですわね」
それは私も自覚していた。
しかし、聞いてみれば、彼らがそれまで生きてきた世界では、自分以外の生き物と戦うどころか、森や湖といった自然に足を踏み入れることすら生涯を通じてほとんどない世界だったという。
スイッチひとつで点く灯り、ノブをひねれば飲み水が溢れ出し、ボタンを押せば
どれもこちらの世界でも魔道具で再現できることだが、彼らの世界には魔力の源たるエーテルが一切存在しなかったというだから、一体どういう仕組みで街が作られているのか、想像することすら私には難しかった。
結局、私は私でなにも聞いてこない彼らに甘えていたのだろう。
指導教官としては失格もいいところだが、正直、彼らは私の手に余る。
なにもかもこっちで
それは選択肢としても有効な手段ではないのだろうか。
そう考えながら生活してきた四カ月間だった。
「あなたはそれでいいのかしら? 率直に言って、彼ら、あてになりませんわよ。最近じゃ、戦闘すらあなたにまかせきりで、遠距離攻撃で最後にとどめを刺すだけだけじゃないですか。わたくしの権能でパーティ登録していますから、あなたが戦闘したぶんの経験値も彼らに行き渡ってレベルアップこそできていますけど、もしあなたがいなかったら、あの二人、まっさきにトンズラこきますわよ」
ありありと目に浮かぶ光景に、私は苦笑せざるを得なかった。
まあ、引きずってでも魔王のもとまでは連れていってみよう。
私が戦いを挑んで、彼らにとどめだけ刺してもらってもいい。
もっとも、私が挑んだところで返り討ちにあうだけだろうが、逃げられない状況さえ作り出してしまえば、彼らもやらざるを得なくなるだろう。
私がそう言うと、女神はじっと私の目を見つめた。
その瞳の奥底から発せられる
「わかりました。あなたにその覚悟があるのであれば、わたくしはあなたに恩寵を授けましょう」
頭に触れる指先の感触があった。
そこから神聖な力が注ぎ込まれ、私の全身に行き渡ってゆく。
自身の身体の内にある、血管の一本一本まで、知覚することができた。
やがて力は全身に満ち、今度は逆流するように額の一点へと突き抜けた。
猛烈な勢いで身体が作り変えられていくのがわかる。
骨と肉がバラバラに分解されていくような衝撃に、私は意識を失った。
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