第3話 私のやるべきことにたいした変わりはなかった
冒険者の数が増えたことでギルドの規模は拡張されたが、私のやるべきことにたいした変わりはなかった。
新人を指導するかたわらに危険性の低い塩漬け依頼をソロで片付け、それがないときは孤児たちを引率してあいかわらず街のどぶさらいに精を出した。
市街地の内部で唯一発生するモンスターであるスライムは、倒したところで魔核も取れず、また放置しても七日ほどで自然消滅してしまうことから、多くの冒険者たちは相手にもしない。
しかし一方で、適切な加工を施したスライムのゲル状物質は、多様な用途に用いることができる多目的素材として重用もされていた。
死んだスライムの粘液を、濃度の異なる灰の溶液に何度も浸け込んではそのたびに煮沸と天日干しを繰り返し行って作成するスライムゲルは、完成までに非常な手間と時間を要する。
そのうえ一匹を原料として生成できる量も微々たるものであるため、素材として必要を充たすためには何十匹、ときには百単位で採取しなければならず、設備の広さも求められた。
私は修行時代から街のどぶさらいでスライムを採取し、細々と少量のスライムゲルを自作していた。
単純に弾力に富んだだけのクッションやスポンジ、魔力などを遮蔽する梱包用といった低品位ゲルならば、スライムを養殖する専門商店の大量生成品にかなわないが、属性魔法をエンチャントできるほどの高品位ゲルの作成には、職人的な手作業が不可欠になる。
最初は魔物解体の汚れ落としに必要なブラシなどを作るだけだったが、錬金術の指南書を読みながら手慰みで工夫を重ね作成したものをギルドの売店に置いてみたところ、魔法使いたちから出先で採取した薬草などを使ってその場でポーションを作る媒体にできると買い求められ、いい小遣い稼ぎになった。
正規にギルドと契約を結んだ冒険者として活動するようになってからは、手間暇のかかるその作業をすべて孤児院の子供たちに行ってもらった。
もともとギルドの売店で販売するようになって需要が高まってからは、親しい孤児たちに手伝ってもらいながら作成していたので、ノウハウのすべては彼らも会得していた。
孤児院には作業を委託するのではなく、作成及び卸売まで含めた業務として譲渡することにした。
孤児院を運営するシスターは、私の提示する条件に、最初はかなり難色を示した。
あまりにも好条件にすぎるというのが、その理由だ。
律儀な人だった。
もちろん、私とて打算がなかったわけではない。
スライムゲルの作成にかける時間が取れなくなっていたのはたしかだったが、それ以外にも、利益供与をする代わり、孤児院に隣接する敷地の一部を安く貸与してもらおうという目論見があった。
可能であれば、将来的には自分でその土地を購入することも視野に入れていた。
成功した冒険者のなかには爵位を購入して貴族の仲間入りをし、豪邸に住まう者もいる。
長年に渡って身につけた魔法や武芸のスキルを利用して貴族家に仕官する者、各地を旅することで得た知己のコネをもとに商人となる者、酒場や宿屋を経営する者。
冒険者を引退したからといって、誰もがその後の人生に不自由しないだけの蓄えを得られるわけもなく、経験や人脈をよすがに生業を持つものが多かった。
ギルド付きとなったことで他の者たちに比べれば幾分は安定した立場を得たとはいえ、冒険者の仲間入りを果たしたばかりの私がそれほど先のことを考えていたわけではない。
いずれはどこかに小さな家でも買って、地に足の着いた生活が送れればいい。
そんなふうに思っていた。
孤児院の敷地にうってつけの場所がある。
そう話を持ってきたのは、エレノアだった。
ギルドの受付嬢だ。
はじめて出会ったときの冷たい印象とは裏腹に、彼女は生来の子供好きだった。
なにくれとなく孤児たちを気づかい、定期的に孤児院を訪れては端切れで繕った衣服を差し入れたり、炊き出しなどを手伝っていた。
その彼女によれば、以前は小さな畑を耕していた土地が、いまは使われずに空地になっているという話だった。
老境にさしかかったシスターに農作業は厳しく、また街の人口増加に比例して孤児たちの人数も増えたため、猫の額程度の大きさの畑から収穫できる野菜では、全員の腹をまかないきれないと放棄したらしかった。
二人でお金を出しあえば、あの土地に家を建てられる。
できれば別棟を作って、大きめのお風呂を作りたい。
遊びまわって泥だらけになった子供たちが、いつでも入ることができるように。
はにかみながらそう言って顔を赤らめる彼女は、とても美しかった。
三年後、私とエレノアは無事、孤児院の土地を購入し、家を建てることができた。
下手に借りる契約を結んでしまって毎月お金を払っていたら、いつまでたってもお金が貯まらないでしょうと言ったシスターは、私たちの準備が整うまで、黙って土地を遊ばせていた。
ギルドマスターは手塩にかけて育てた娘が住む家だからと、みずからエルダートレントを狩猟してきて、大黒柱にはこれを使えと言ってくれた。
ドワーフの親方は、小汚えおまえが入るんじゃ湯がすぐにどぶ臭くなっちまうと、大浴場で使うような魔石を押しつけてきた。
柱が立ったといっては皆で酒を飲み、屋根を棟上げしたといっては孤児院の子供たちも呼んで宴会をした。
しかし、そうして完成した家に、私が住むことはなかった。
突然の魔王の復活と、それに続く異世界から召喚された勇者たち。
私は勇者パーティーの案内役として、魔王討伐の旅に出ることを命じられた。
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