第2話 冒険者たちの反感はかなりあった
もちろん、成人したての若造が指導教官につくことに対する冒険者たちの反感はかなりあった。
きちんとした教育機関を卒業したのち、家督を継ぐことなく冒険者を目指す者。
職にあぶれ、日々に食い詰めてしかたなく冒険者に身をやつす者。
新人冒険者とひと括りにまとめても、そこにいたる境遇は千差万別であり、必然的に年齢層は高くなる。
成人前から冒険者として登録するのはスラムから抜け出そうとする孤児か、武勲を
だからこそ、ギルドは高額な初心者講習をさだめた。
カネのある貴族が護衛もつけずにクエストに出発するはずはないし、身を守る術も持たない子供はそもそも街の外に出るべきではない。
最初のうちは侮られることばかりだった。
ギルドの
どうにかなだめすかしてクエストに同行しても、大半の者は私を荷物持ちのポーター程度としか認識していなかった。
先頭に立って冒険者の心得などを吹聴しようものなら、これみよがしに舌打ちを返してくる。
何度か落胆を繰り返したのち、私はおとなしく荷物持ちの役割に甘んじ、要所要所で適切なアドバイスを与えるだけのスタイルに切りかえた。
まずは最低限の知識と、自分の身を守る技術を身につけてもらうこと。
安全に対する意識の低い者は、身の危険を味わううちに冒険者から脱落していく。
それが見極められるようになると、自然、指導の方法もわかるようになってきた。
手本を示し、疑問には誠実に答える。
あとは彼らが不慮の事故で命を落とすことがないよう、注意しておけばいい。
一年がすぎる頃には、クエスト達成率の向上を新人たちが身をもって知るようになった。
効率のよい採取方法と魔物への対応の仕方を覚えれば、同じ労力でも明確に実入りが増えるのだ。
報酬の少ない低ランククエストでも、食事に料理が一品増える、エールをもう一杯多く飲めるというだけで、明日への希望につながるだろう。
なにより、彼ら新人たちの生存率が目に見えて改善されたことが、私には嬉しかった。
ギルド登録後一年間における新人冒険者の死亡、もしくは行方不明による未生還率は四割近くに昇る。
この割合は、負傷や毒物の後遺症などで登録を抹消される者を含めても五割を越えることはない。
つまり、新人冒険者におけるクエストの失敗とは、高い確率で死を意味する。
たったの一年間で、三人に一人は確実に死んでいく。
それが冒険者という職業だった。
街周辺での低ランククエストにも馴れ、魔物の領域たる奥深い森や見通しの暗い洞窟内での採取クエストにも手を伸ばそうという駆け出したちの犠牲が最も多かった。
彼らはモンスターや野獣の脅威を過小評価し、己の力に慢心した結果、ろくな準備もないままに戦いに挑み、たいていは帰らぬ者となる。
はぐれゴブリンの討伐やエサを求めて人里にまで入り込んできた鹿や猪を駆除するのと、地の利を得た魔物の群れと相対するのでは、同じ戦闘といえどもその意味合いはまったく異なる。
モンスターにとって、我々は狩りの獲物なのだ。
ギルドに住み込みながら修行に励んでいた時代、私にはじめて剣の扱いを教えてくれた経験豊富な冒険者のことを思い出す。
岩のような肉体を持つ盾持ちと、縦横無尽に魔法を駆使する妖艶な魔法使いを仲間に三人パーティーを組んでいた彼は、各地を旅しながらかつては狂暴な竜をも討伐したことのあるドラゴンスレイヤーの称号持ちだった。
あるとき、街から馬車で八日の場所にあるミスリル鉱山にてバジリスク退治の依頼を受けた彼らは、一刻も早い採掘業務の再開を望む領主から強要され、未開発の森林をショートカットする強行軍を決行することにした。
森林を抜ける際、護衛として領兵二個分隊計八人を護衛として派遣することを条件に依頼を受けた彼らは、しかし五日後、目的とする鉱山にたどり着くことなく変わり果てた姿となって街に帰還した。
生還したのは領兵側の分隊長ら三人のみ。
冒険者パーティの三人は、タンク役の男が持っていた大型の盾のみが回収されたものの、持ち帰ったそれを検分すると、どういうわけか盾のグリップにはタンクではなく剣士だった冒険者の手首だけが残されていた。
のちの聞き取り調査で判明したところでは、道中の警戒にあたっていた領兵の
痛ましい事件ではあるものの、同じような例は枚挙にいとまがない。
たとえワイバーンを単独で倒すほどの実力を持った熟練冒険者であろうと、なんの準備もないままに不意をつかれ、数を頼みに襲いかかられればゴブリン相手にあっけなく命を落とす。
冒険者の現実がそこにはあった。
私自身、野営が必要なほど森の奥深くに立ち入る際には、知らぬ者が見ればなにもそこまでと呆れるほど入念に準備を重ねた。
そして瘴気が濃厚に立ち込める魔素溜まりの周辺では、徹底して戦闘を避けた。
瘴気に満ちた森のなかで血の匂いをまき散らせば、すぐさま狼がやってくる。
狼の動向はゴブリンやオークを呼び寄せ、低位モンスターの騒ぎはトロールやオーガに伝播する。
下手に交戦しようものならば、果てるともしれない魔物の群れを相手にせざるを得なくなる。
うまく逃げ出すことができたとしても、彼らはその身が動く限り、地の果てまで追いかけてくる。
手負いとなった魔物は、人に対する憎しみを決して忘れることはない。
エルフやドワーフ、獣人の区別なく、目につく限りの人類に襲いかかり、無惨に喰らい尽くす。
私は新人たちに指導するにあたって、魔物に対する限り、卑怯という言葉は忘れ去れと教えた。
一度戦闘状態に入ったならば、手段を問わず、躊躇なく殺すことを実践してみせた。
罠を張り、可能であれば一体に対して複数の人数で取り囲んで確実に仕留めることを教え込み、逃がすおそれがあるときは最初から手を出すなと言った。
一度、王都の騎士学園から研修名目でやってきた貴族の若者たちに同行したことがある。
街道の周辺警戒とは名ばかりの森の実地見学だったが、彼らは私の指示を無視して奥深く繁った森へと分け入ってゆき、ゴブリンの小集団を発見した。
捕まえた野うさぎとおぼしき獣を、皮を剥ぎもせず一心不乱に食い散らかしている姿を見つけた彼らは、制止する私の声を無視して不用意に弓を放った。
優雅な追い込み猟でもするつもりだったのか、矢は致命傷を与えることもなく、一匹の背中に浅く突き刺さっただけだった。
驚いたゴブリンたちは私たちの姿を見つけると、ぎゃあぎゃあと薄汚い声をあげつつもすぐさま反転して逃げ去った。
統率の取れたその様子に、私は間違いなく巣持ちの集団が存在することを確信した。
手応えはあったなどとヘラヘラと笑う貴族を尻目に、私はためらうことなく追跡の準備に取り掛かった。
原因となった貴族たちにも一緒に来るよう命じると、危機感のない彼らは街のどぶさらいごときがなにを偉そうにと居丈高に言い放った。
その瞬間、彼らが連れていた護衛隊の隊長が貴族を張り倒した。
隊長は丁重に私に頭を下げると、護衛から二人を伝令として街に走らせ、ゴブリン討伐に協力させてほしいと願い出た。
丸一昼夜をかけてゴブリンたちが棲家とする洞窟を見つけ出し、夜明けまえの薄明を待って掃討をかけた。
まずは精鋭を見繕って洞窟内部に潜入し、連れ去られた被害者の有無を確認した。
深追いすることなく退却したあと、煙で
弓矢で貫かれ、欠損した四肢を狂ったように振りまわしながら転げまわる肉体を足で踏みつけ、容赦なく剣を突き立てていく。
血しぶきを上げて死んでいくゴブリンたちのさまを前にして、貴族の青年たちは蒼白な顔をこわばらせたまま剣を抜くことすらできなかった。
残念ながら、洞窟内からは二人の女性の
いずれも苗床としてさんざんにもてあそばれ、衰弱死したものと思われた。
もう一日、発見が早ければ、命だけは助けられたかもしれない。
遺体の周囲には、生まれたばかりのゴブリンの幼生体が、瀕死の体で這いずっていた。
私がナイフを手にとどめを刺そうと近づくと、護衛隊長がさえぎった。
そして離れたところで呆然と立ち尽くす貴族たちに近寄ると、そのなかの一人に声をかけた。
低く、ボソボソとした声だったが、私の耳にもはっきりと聞こえた。
「王子、これが
そう言って剣を握らせた。
よろよろとゴブリンに近づいた青年は、震える手で剣を逆手に握りしめると、悲鳴のような叫びをあげて突きおろした。
うずくまる青年の姿に、周囲で見守っていた護衛たちが一斉に
その後、貴族たちは周辺村落の危機を退けた武名を喧伝し、王都へと帰還していった。
豪壮な馬車のなかで、あの青年がどんな表情をしていたのかはわからない。
私は被害にあった村を見つけ出し、回収した遺品を納めるため、街を出ていた。
訪ねた開拓村は貧しく、ゴブリンによる被害は把握していたが、ギルドへ相談しようにも依頼料を考えて手をこまねいている最中だったという。
そんな悲劇を時にはさみつつ、私の日常は過ぎていった。
折しも国内に大規模なミスリル鉱床が発見され、王都へと繋がる中継地点に位置していた街は、交易の地として多くの物資が集まるようになった。
街道整備とそれにともなう森林開発の促進により、魔物による侵食を食い止めるための
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