どぶさらい 召喚された勇者がダメな人だったので冒険者ギルド職員が世界を救う旅に出た
@fgg
第1話 村を出て、もう半世紀が過ぎ去ろうとしている
村を出て、もう半世紀が過ぎ去ろうとしている。
街に入る際に徴収された通行税が銅貨二十枚。
門前通りに漂う匂いにつられて屋台で食べた串焼きが銅貨八十枚。
私は店で金を払ってものを食うのは、それがはじめてだった。
そしてギルドで冒険者として登録するのに請求された銀貨が五枚。
長いあいだ焦がれていた冒険者になれたはずなのに、無一文になったという事実のほうが、当時の私には重く感じられた。
発行されたギルドカードを見つめながら呆けたように立ち尽くす私に、ギルドの受付嬢は無慈悲に宣告した。
十五歳の成人前に冒険者登録した者には、初心者講習の受講が義務づけられており、その受講料が銀貨三枚。
講習に合格しない限り、最もランクの低い薬草採取の依頼すら受理することはできない。
今ならば、それがギルドの数少ない良心のあらわれだったことが理解できる。
みずから望んで危険に飛び込んでいく冒険者の命は、決して尊重されているとはいえない。
世の中からあぶれ、その日暮らしにまで追いつめられたロートルの荒くれ者ならまだしも、ケツの青いガキを死地に追いやって知らん顔を決め込めるほど、お偉方連中のツラの皮は厚くなかったということだろう。
木賃宿に泊まる金すらなく途方に暮れる私に同情したのか、受付嬢は手元のザラ紙になにかを書き込むと、それを私に握らせ、ぞんざいな口調でギルド裏にある解体小屋へ行くように言った。
それ以降、解体小屋の物置が私のねぐらになった。
屈強な男たちの合間を縫って解体の際に出た肉片や血、汚物の清掃をし、街のドブさらいに精を出し、持ち込まれた魔物を捌く解体用の刃物をひたすらに研ぐ毎日だった。
親方だったドワーフはミスをするたびに容赦なく私を小突きまわし、一日の終わりにはくせえくせえと怒鳴り散らしながら私の体に水をぶっかけ、湯船に放り込んだ。
私を解体部署の
孤児として村の教会で育てられた私は、かろうじて読み書き程度の教育は受けていた。
乱雑に積み重ねられて混沌とした蔵書を一冊一冊内容を吟味し、用途ごとに振り分け、閲覧者の利用に適したかたちで書架に挿してゆく。
気の遠くなるような作業だった。
夜明け前から起き出して紙束を整理していると、いつの間にやら職員たちの出勤時間が来ており、受付嬢が確認のためにやってくる。
日々接していくうち、私より四歳年上の彼女が元貴族の出身であることを知った。
十年ほど前に辺境で発生したスタンピードに巻き込まれて没落した男爵家の遺児で、当時冒険者として名を馳せていたギルドマスターに一族のなか唯一助けられ、現在はその後見のもとギルド職員として暮らしているらしかった。
私は彼女が持参してくれる朝食のためだけに、作業を続けた。
三年余の月日が過ぎ、晴れて成人を迎えたとき、私は教官待遇でギルド付きの契約冒険者となった。
経験の浅い新人冒険者の面倒を見ながら、薬草採取や街周辺に出没する低ランクモンスターの駆除といった常設依頼をこなすギルド付き冒険者には、広範な知識と多様な依頼にも単独で対応することができる熟達した技術が必要になる。
ギルド内に住み込んで日々モンスターの解体作業に接していた私は、小はスライムから大はドラゴンまでその肉体の構造を熟知していたし、刃物や鈍器の扱いにも精通するようになっていた。
資料庫の蔵書を精査した経験から、薬草にモンスターの素材、茸や鉱石の知識を有するようにもなっていたし、後には各種ポーションの作成も実地に経験するようになった。
ようするに、私は街の便利屋になることを選んだのだ。
世界を旅して誰も見たことのない景色を目の当たりにし、人智を越えた魔獣を相手に死力を尽くす。そんな英雄物語に憧れがなかったといえば嘘になる。
ある者は言う。
冒険者とは、一攫千金を獲て豪奢な生活に浸ることを夢見てやまない人種の業のようなものだ。
またある者は言う。
金や地位ではない。己の命を賭金に限界まで危険に肉薄し、それをねじ伏せたときに味わう高揚感こそが冒険者の醍醐味だと。
だが大多数の冒険者はこう答えるだろう。
これ以外に身を立てる術がないからしょうがなくやっているのだと。
将来の見えない
しかし、なによりも大きかったのは、村を飛び出して以来、世話になったギルドへの恩義だ。
いつもしかめつらをして、冒険者などというあこぎな商売はやめろと言い続けていたギルドマスターは、私が成人の儀を終えた日、オーガの皮にアダマンタイトで縁取りをし、ミスリルの粉末でエンチャントを施したスライムゲルを裏張りに使ったハーフメイルを贈ってくれた。
ギルドに併設された酒場の調理人たちは、ワイバーンのフィレ肉を分厚く焼いたステーキやドラゴンテールのスープなど見たこともないようなご馳走を用意してくれ、挙句の果てにはやってくる客のすべてにエールを浴びせていた。
ドワーフの親方は、相変わらず私を湯船にぶち込むと自分も飛び込んできて、めでてえめでてえと言いながら熱い湯を何度も顔にこすりつけていた。
私は生まれてはじめて得た、彼ら仲間とのつながりを失いたくなかった。
胸湧くような冒険のなかに身を置くよりも、彼らの日常が少しでも安全なものになるよう尽力し、穏やかな笑顔を守りたかったのだ。
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