第2話 共鳴する日
「麻衣さん、これ、見てください」
高野誠の声に、麻衣は実験データから目を上げた。深夜の研究所。彼らだけが残る実験室で、異常な波形がホログラムに浮かび上がっていた。
「これは...」
麻衣は思わず身を乗り出す。二つの波形が、不可思議な共鳴を示していた。
「被験者Aと被験者Bの意識パターンです。別々の実験なのに、どういうわけか...」
「同期している」
麻衣が言葉を継ぐ。それは単なる偶然とは思えない一致だった。
「まるで...」
「量子もつれのように?」
二人は顔を見合わせた。研究所に来て半年。彼らは既に、言葉を交わさなくても分かり合える関係になっていた。
「渡辺先生には?」
「まだ報告していません」
誠の声には、わずかな躊躇いが混じっていた。麻衣にも、その理由が分かる。この発見は、あまりにも突飛すぎた。
人間の意識が、量子もつれのような状態になる。それは、従来の脳科学の常識を覆すような可能性を示唆していた。
「でも、これが本当なら...」
麻衣は、実験チャンバーに目を向けた。
「人間の意識は、私たちが考えていた以上に...」
その時だった。実験室の光が、不自然にちらついた。
「また...」
最近、麻衣はこのような異常に度々遭遇していた。光のちらつき、空間の歪み、そして時々聞こえる、誰もいないはずの足音。
「麻衣さん?」
「ううん、なんでもない」
しかし、その瞬間。モニターに映し出された波形が、激しく乱れ始めた。
「これは...!」
保管されていた過去の実験データが、突如として変動を始めたのだ。
「ありえない。保存データのはずなのに」
誠が慌ててキーボードを叩く。しかし、波形の乱れは収まらない。
そして、麻衣の視界に、見覚えのある歪みが現れた。今度は、はっきりと見えた。
実験室の向こう側—物理的にはありえない空間に、別の実験室が見えた。そこには...。
「誠さん!」
麻衣が声を上げた時、全ての異常は唐突に消えた。データは元の状態に戻り、空間の歪みも消失した。
しかし、確かに何かが起きた。そして麻衣は、その「何か」の意味を直感的に理解していた。
「麻衣さん、大丈夫ですか?」
「ええ...ただ...」
言葉を探す。しかし、どう説明すればいいのか分からない。
「明日、渡辺先生に報告しましょう」
誠がそう言った時、麻衣は背筋が凍る思いがした。
「待って」
「え?」
「その前に...もう少し確認したいことがあります」
麻衣は、自分でも理解できない不安を感じていた。渡辺教授。彼の研究への情熱は本物だ。しかし、時折見せる表情の奥に、何か別の意図を感じることがある。
「分かりました」
誠は頷いた。彼もまた、何かを感じ取っているのかもしれない。
その夜、麻衣は研究所に残って、過去の全実験データを確認することにした。そして、驚くべき事実を発見する。
似たような異常は、何度も起きていた。ただし、全て記録から抹消されていた。誰かが、意図的に...。
暗い実験室で、ホログラムの青い光が麻衣の表情を照らす。彼女はまだ知らなかった。自分が見てしまった真実が、どれほど危険なものなのかを。
そして、その発見が自分を、どこへ導くことになるのかも。
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